第二十三話 『特急呪物K・H・S』です その2

◇◇◇


「で……何があったんですか?」


 出勤すると大変珍しいことにシステム課の担当が謝罪に来ていた。説明を聞いてみるとシステム障害で印刷業者にデータ送付が遅れたとのこと。


「それで、印刷が間に合わなくて、社内便の締め時間に間に合わなかったんです」

「ハァ……」

「ですので……代わりに各工場に配送をお願いします」

「えっ、何で?」

「……副部長の指示です」

「……あっ、はい……」


 そんなやりとりがあったんですよ。魔王岳まおうがたけの指示に真っ向から逆らうなんて、とてもとても出来ません。八坂やさか師匠でも居れば別だけど、ひとりぼっちでは逆らえるわけもありません。


「すみません。四条さんにはウチの尻拭いばかりさせてしまって……」


 システム課にだって普通の精神構造の人も在籍しているらしい。大量の段ボール箱と共に社用車の白いバンに乗り込む俺。


「営業所二ヶ所と工場三ヶ所です。すみませんがお願いします」

「へいへい。いってきますね」


 下っ端に文句を言ったって溜飲は下がらない。素直に従って恩だけ売ると、大人しく配送屋になることにした。


◇◇◇


「実は営業所や工場行くの大好き〜」


 トラブル対応で出掛けるのは胃が痛くなるから大嫌い。偉い人を後ろに従えての復旧作業は寿命が縮むんです。反対に、こういうお届けとかは大好きだ。


「しかも責任は無いなんて最高ですよ〜っと。はい、帳票遅くなりました〜」

「あら、システム課の方ね。ご苦労様。お茶でも飲んでってください」

「はい、ありがとうございます」


 営業所はお客様が来ることを想定している場所だ。そして暇な時に来る他部署の人間はお客様扱いだ。

 つまりオヤツが出てくる。


「頂き物のクッキーで良ければ遠慮なく食べてってください」

「すみません。お手数をおかけします」


 こんな感じでのんびりできる場合が多い。打ち合わせコーナーで数分くつろぐ。


「ご馳走様です。まだ南営業所や西工場まで行かなきゃいけないんで」

「あら、大変。じゃあ、お気を付けて」

「はい、ありがとうございます」


 リフレッシュ完了!

 早速次の工場に向かった。


◇◇◇


「ラストの工場……流石に運転しっぱなしは辛い」


 もうすぐ昼休みを迎えようとしといる。サボっていたわけじゃなく、県内の東西南北に散らばる営業所や工場に行くとなると半日はかかる。


「そうだ! 配り終わったら一人ランチに行こっと」


 平日なら安くて美味い食堂がこの辺りにあった筈、と思い出してウキウキしてきた。そうと決まれば早速終わらせよう。

 工場に入ってすぐの事務所に顔だけ出して声掛け。


「ちわーっす。お届け物の帳票……って、莉子りこ?」


 一ヶ所に固まってる集団。その中央に腕を組んで仁王立ちする金髪の後ろ姿。


(これ、見たことある……)


 声に反応して振り向いた莉子。顎クイすると若い男子社員が数名走って向かってきた。


「あ、あの、お届け物――」

「――確保しろ」

「了解です、姉御!」


(アネゴって……熱中症予防の標語?)


「あ、アルコール、寝不足、ご飯抜き、かな?」

「うるさい四条。緊急事態だ、片付くまでウチのシマから抜けようなんて思うなよ」

「……」


 身柄を拘束されて、また、とあるパソコンの前に座らされた。


「四条は元システム課だよな?」

「えーーっ……」


(また他部の障害対応かよ……って、誰?)


 パリッとしたスーツに身を包んだ若者が横に座らされていた。こちらをじっと見つめている。


「あの……どちらさん?」

「保守会社エンペラーの桑原です」

「はぁ……」


 エンペラーは魔王岳肝入りのプロジェクトで採用されたベンダーと聞いた。やたら高額で、やたら高圧的だとか。イライラしながら机に手をついて若者を覗き込む莉子。

 迫力が凄い。要するにヤンキーだ。


「おい、少し詳しそうなヤツを隣に置いてやったぞ。早く出るようにしろよ!」

「そんなこと言っても……魔王岳さんを通してくださいよ!」

「ゴチャゴチャうるせー! 良いからやれよ!」

「そんな! 契約に無いシステムは――」

「――知らねーつってるだろ。金払ってんだからどうにかしろ!」


 相変わらず興奮すると口汚くなる。しかも荒れるほど美人が際立つんだから面白い。


(昔と変わんないなぁ……)


 少し眺めていると、急に困った顔をし始めた。すると、咳払いと共にこちらへ肩パンしてきた。


「見つめてんじゃねーよ……」


(酷い……虐待よ!)


 まるでボクサーのジャブのように伸びのある拳。

 それを指摘すると『私は遊んでると思ってた』が言い訳のいじめっ子みたいに純真な笑顔でエスカレートしていく。

 だから『痛い』と言わない。


「とりあえず……莉子、説明してくれよ」

「お、おぅっ! 竜星りゅうせい! 説明!」

「オスっ、では俺から説明させてもらいやす」


(任侠映画……)


 前口上でも始まると思ったが、目の前の古いパソコンを指差して説明を始めてくれた。


「こいつがカンバン発行システム、この会社風に言うと『特急呪物カンバン発行システム』です」

「また……」

「先月まで維持運用は西宮にしのみやさんにお任せだったんですが、システム課が強引に保守運用の刷新を進めたので……辞めちゃったんです」


 またもこの会社の良心と言うべき技術者が去ってしまっていた。西宮さんの噂は本社でも聞こえてきていた。西工場一筋で全てを取り仕切っていた。

 ここで桑原という男が自慢げに語り始めた。


「システム刷新と保守の一元化でコスト圧縮を図る素晴らしい経営方針です。魔王岳まおうがたけさんの先見性は――」

「うるせーからお喋りやめな」

「あっ……はい……」


(莉子、カッコいい。男前よ!)


 でも話し続けないと分かんない。


「で、このシステムの保守はどうなってるの?」


 桑原に問い掛けると、おずおずと話し始めた。


「き、旧システムは来期から新システムへの移行を我が社が担当します。クラウドに仮想サーバを建てて障害時は瞬時に復旧できるように――」

「――移行前は?」

「……」


 明るい未来のことしか話せない。黙りこくってしまう。それを横目で見ながら沈黙していると、ボソリとした後悔の言葉が聞こえてきた。


「魔王岳くん、既存システムの障害はシステム課が総力を結集して対応するって言ってたんだけどなぁ……」

「工場長……」


 見るからに憔悴しきっている。そりゃそうだろう。工場で生産を止めてしまうことほど怖いことはない。全く音のしない工場から溢れ出る悲哀。


「そりゃ、不具合のある製品を合口に出しちゃうよりはマシだけど……生産ストップは……ねぇ」


 重い。雰囲気が重い、重過ぎる。


「で、コイツがシステム課の総力?」


 莉子が呆れた口調で仁王立ちしている。昔気質で恩に報いるのを信条としているので、お世話になっている工場長が困っているのを見ていられないんだろう。


『私みたいなのを一端の製造工に育ててくれた』


 飲むといつも優しい顔になって言っていた。

 惚れてるのか? そう言ったら肩パン程度じゃ済まなくて、本気のボディーブローで体がに折れ曲がったのも良い思い出。


「……なわけない」


 ゲロを撒き散らしながら呻く俺を嘲笑う五人……は言い過ぎか。右往左往しながら全員狼狽うろたえて介抱してくれたし、その後で莉子は正座させられてたし。


「まぁ、百歩譲れば……今となっては……」

「何ブツブツ喋ってんだ? 四条、どうにかしろよ!」


 じっと莉子の顔を見る。不機嫌そうな表情でも美人は隠せない。長い睫毛に切長の瞳。ボリュームのある明るい髪の色はあたかも気立の良さを表現しているよう。

 作業着上下にも関わらず……いや、作業着上下だからこそスタイルの良さも際立つ。


(何ちゅう細いウエストだ……)


 まりん小春こはるとは違う魅力。つむぎにベクトルは近いが毛色が違う。


(我ながら、よくもまぁこんな美人達とお近づきになれたものだな)


 同じ大学というだけで――


「――おい! 何か言えよ!」


 顔を見つめたままボーッとしていたようだ。莉子は何故か顔を赤くして焦りながら大声を出している。そんな俺達を逆に皆さんが見つめて様子を伺っている。


「では……桑原さんだっけ。状況を教えて欲しい」


 急に莉子から視線を外して保守会社の若い担当の方を向く。何となく不機嫌そうになる莉子を感じる。


(よし、怖いから無視しよう)


 なるべく優しく声で質問開始。末端の作業者なんてただの被害者だ。何の対応もできないが、責任だけ取らされて異動でもさせられるんだろう。


「……」


 残念。保守対象外のシステムに関わる気は無いってことかな。ならば仕方ない。


「竜星くんだっけ? 状況教えて」

「う、うっす!」


 莉子の方を向いて指示待ち。犬っぽい。


「竜星、説明」

「あ、アネゴ、うっす! 本社からの指示データを受信すると、コイツを通してカンバンが横のプリンターに印刷されます」


 説明の通りに古臭いプリンターを皆で見つめる。もちろんピクリとも動いてはいない。


「電子カンバンも各ラインに設置されてますが、データ自体はこのシステムK・H・Sから来るので結局同じです。カンバンを見ることができません」

「システム課に言ってメール添付でデータを送ってもらったら?」


 若い二人に聞こえるように提案してみる。


「もうやってます。データをメールで貰ったんですが、このシステムに取り込む方法が分かりません……」


 申し訳なさそうな竜星に対して、桑原は大袈裟にため息を吐いて呆れたようなジェスチャーをしていた。


「だからクラウド化を進めるべきなんです。監視システムからシームレスにオートで対策を――」

「――うるせーつってんだろ!」


(莉子を逆撫でするセリフ吐かないで)


「で、桑原さんは障害対応としては何をしてるの?」

「何度も言ってますが、保守範囲外のシステムなんで何もしてませんよ!」


 逆に胸を張る始末だ。その態度にヘイトが溜まっていく。少し懲らしめた方が良いか。


「保守契約について上司に確認した? 現地で保守のシステムが故障した時の対応」


 少し悩む桑原。


「分かりましたよ。確認しますね」


 最新のスマホを取り出し颯爽と電話し始めた。何も言わずにスピーカーモードにしてくれている。


「もしもし、桑原です。先ほどの話ですが――」

「――早く直せ」


 この声色、この態度、この不快感……魔王岳まおうがたけ御大おんたいのご登場とは。取り囲む皆から思わず息を呑む音が聴こえてくる。


「いえ……あの、保守対象外のシステム――」

「――うるさい。高い金を払ってるんだ。お前がどうにかしろ」

「あの――」

「――システム課に恥をかかせるなよ!」


 ここで電話が切れてしまった。桑原がそっと周りを見回すと、全員腕を組んで睨み返している。


「えっと……」

「ほら、直せよ」


 ここで5センチのA4ファイルを桑原の膝の上に投げる莉子。


「西宮さんのマニュアルだ。ほら、よ」


 ファイルを手に取り中身をペラペラとめくるが暫くするとパタンと閉じてしまった。


「前のプロジェクトでLinuxリナックスなら画面から設定したことありますけど……こんな古いシステム触ったこと無いですよ!」

Solarisソラリスって知らない?」

「知りません!」


 別の意味で溜息を吐く。


(寂しい。CPUなんてIntelインテルしか知らないんだろうな。AlphaアルファPowerPCパワーピーシーに憧れて、M2エムツーRiseライズに未来を感じた時代が懐かしい……って俺、そのころまだ小学生だったよな)


 自分のショタ時代に思いを馳せる。そう、兄の影響で小中はドロドロのパソコンオタクだった。


「……懐かしいなぁ……トランスメタも萌えたなぁ」

「はぁ? 四条、戻ってこい! セイッ!」

「ぐはぁ!」


 思いっきり肩パン……いや、右ストレートを心臓に喰らった。


「ハートブレイクショットか……流石は莉子……」


 座ったままフラフラしていると、莉子は桑原の胸ぐらを掴んで立ち上がらせた。


「遊んでる暇はねーんだよ! 早くどうにかしろよ!」

「えっ……」


 美人に胸ぐらを掴まれて狼狽している。周りを見ても腕を組んだ大人達が取り囲んでいる。すると、急にメソメソ泣き出してしまった。


「酷い……ぐすっ……酷いよ、酷いよー!」

「えっ?」


 思わず手を離してしまう莉子。その瞬間、走って逃げ出す桑原。出口のところで振り返ると大声で叫んだ。


「もう帰ります! ウワーン……」


 泣き声が木霊するなか、その様を呆然と見つめる皆さん。全員の視線が莉子に集まる。


「な、何だよ! 私が悪いってのかよ?」

「あんなに詰め寄られて……ホント可哀想」


 呟く俺にまた右ストレートを喰らわす莉子。


「どうしようねぇ……あと二時間でカンバン出なかったら重大障害を申告しなきゃいかん。あぁ、俺のキャリアもここまでか……」

「工場長!」

「とりあえず昨日の計画で生産は継続しましょう!」

「そうですよ。どうにかなりますよ」


 工場長を皆で盛り上げるが、逆に顔は青くなっていく。


「住宅ローン……まだ残ってるしなぁ……」

「工場長……四条! !」


 莉子は両肩に手をやって不整脈の出始めた俺の身体を揺すりまくる。


「わ、わ、分かったって。す、すす少し見てみるから慌てるな」

「あ、うん……」


 そっと離れる莉子。急に素直になるの可愛い。

 しかし、邪念が過った瞬間、莉子の目が攻撃モードに変わる。

 慌ててファイルを開いて眺め始めることにする。


(ふー……怖い怖い。さて、復旧開始だな……)


 周りを取り囲む十人ほどの作業着の大人達。その真ん中で突然に始まるバトル。


(ホント……こんなんばっかりだな、最近)


 モニターのログイン画面を眺めてから、莉子の方を向く。


「もう一回、最後に何したか、どうなったか教えてくれる?」

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