パートタイマー降格から始まるハーレムライフ〜でも現実世界も異世界も非正規雇用って厳しくないですか〜【パリィと超必が俺の生活費と『おねショタ』を救う!】
第二十二話 『特急呪物K・H・S』です その1
第二十二話 『特急呪物K・H・S』です その1
「お見舞い……良いかしら?」
ここはシャホの治療院。ダンジョン管理事務所は倒壊の恐れあり、とのことで工事が終わるまでは立ち入り禁止となった。
「あっ、大丈夫です! もう身体も動くようになってきましたから」
上半身だけベッドの上で起こして腕を軽く回す。二日ほど目を覚まさず寝ていたらしく、皆心配しきりだったとか。昨日、やっと意識を取り戻したが、大事を取って今日まで入院となっていた。
「良かったわ。元気そうね〜」
「はい!」
ちなみに優しく声をかけてくれたのはメリッサさん。いつも神官服を着て旅立ちの前にダンスを見せてくれるセクシーお姉さん、その人だ。
「んふふ、大活躍だったらしいわね」
「へへへ」
頭を優しく撫でてくれる天使。
(これだよコレ! おねショタの日常パートにはオチも伏線も要らないのだよ。ただただ幸せなだけで良いのだ!)
ここでドアがバーンと勢いよく開いた。
「ライトくーん! あなたのマイハニーが登場よ〜!」
「あっ、マリアさん」
マリアさんがメリッサさんを恨めしそうに睨むと、大人の余裕でニコッと微笑むメリッサさん。窓際にある椅子に座るため歩いていく。それを確認すると小走りに駆け寄ってくる。
最近のマリアさんは大変可愛い。
「へへへー……ライトくーん」
付き合いたての恋人ムーブをかましてくる。
(まぁそんな経験無いんだけどね!)
クネクネと顔を赤らめて横で恥ずかしそうにしている。前の方が気楽に抱きついたりしてくれていた。だから、こちらも否応なく意識してしまう。
「ライトくーん……」
「は、はい」
そっと横に座ってくるマリアさん。ゼロ距離の威力は強い。体温と柔らかな腰の感触を感じる。
「ねぇ、どうしても欲しいバッグがあるんだけど〜」
「……」
(そうだよ! 守銭奴ぶりは健在だよ! ホントは完全にキャバ嬢ムーブだよ、ぐすん)
「マリアさん、労働で得た賃金の方が尊いですよ」
「そうね。ライトくんが稼いでくれた尊いお金だもんね!」
「えっ? あっ、違って――」
「――だから、大事に使うから!」
(ダメだ……これはダメだ。悲しくなってくる。こんなに魅力的な女性なのに、普通にしていたら本当に素敵で……あれ、『普通』を強要するのは何らかの差別だっけ?)
「ねぇー、ねぇー、昨日こっそり支払いだけしてくれた水着、可愛いんだよ。見にくる? ねぇ、私の部屋、くる?」
魅力的なお姉さまから露骨に誘われる。
(あぁ、こんなに響かない『私の部屋くる?』もあるんだ。知りたくなかったよ)
「ホント……不憫だな……」
「えっ……? ふ……ふ、び、ん?」
こちらをじっと見つめるマリアさん。
「マリアちゃん、不憫は悲しいってことですよ」
メリッサさんがニコニコしながら優しくマリアさんに教えている。
「えっ? 悲しい……なの?」
そうですよ。
貴女は魅力を武器に金銭を強奪するモンスター。
そうです。
『
理解していても貢いでしまう。あなたの浅ましさや見え透いた意図に気付いていても、それには逆らえない。
『だって、おねショタだってR18のシチュエーションはあるんですよ』
大事だからもう一度言います。
『R18おねショタラブラブが夢に決まってるだろ!』
だから、どれだけお金を貢がされても、幸せそうなイメージを鼻先にぶら下げられるだけで負けるんです。それが、とてつもなく悲しい。負け確定な人生を不憫に思うんです。
哀愁に塗れて黄昏ていると、突然立ち上がって怒り出すマリアさん。
「もーっ、だったら悲しいって言いなさい!」
(えっ、そこ?)
「えっ……いや、悲しい、より不憫と言う方が心情的に合って――」
「――フビンなんて難しい言葉使ってマウント取って!」
少し顔を赤くしながら両手を腰にしてプンプンしながら顔を近づけてくる。
難しいと言っても普通に使う……よね。でも、あまり本を読んだりしないと難しいのかな?
「そういうのはアレよ。えーっと、ハレっぽいヤツ。ハラ……そう、ハラスメントよ。なんかすぐに優位に立とうとして……そうよ、こういうのは……えーっと、ぶ、文学ハラスメントよ」
「いや、優位って……へっ? 文学ハラスメント?」
少し固まって考えてみる。
「文学ハラスメント……ぷっ、ホントですね。ははは」
そうだ。悲観する必要はない。
まだ、今はおねショタという関係性を維持できている奇跡の最中なのだから。そう考えただけで、今、自分達が居る場所こそ『虹の足の村』なんだろう。
そう思うことができた。
こんな平和な世界。
小さな愛らしいイベントが盛り沢山の面倒で愛すべき世界。
「はは、大金持ちになってもホント不憫だな……」
「あっ、またフビンって使ったぁ!」
グイッとさらに顔を近づけるマリアさん。透き通るような肌と長い睫毛、綺麗な瞳の中には笑顔の
大金もゲットした。だからここで引退しようかとも思った。マリアさん達と一緒に世俗から離れて楽しく生きるだけの世界にしようとも思った。
『女なんて無理矢理やらなきゃ面白くない。幸せそうな顔をしたヤツを踏み潰すのが最高だろ』
でも違う。アイツのセリフを思い出すだけで体温が数度上がるほどの怒りが湧く。
魔王派と呼ばれた一味。アイツらを倒して、この天国のように平和な異世界を護ることを決めた。
『これはハーレムルートを目指す者としての宿命』
少し不安そうなマリアさん。
「どうしちゃったの……?」
そこで、勇者として皆に『平和を護る』ことを宣言して、尊敬されながら旅を進める……そう、皆の期待を背負って進んでいく。
いや、皆に恩を売ってアピールしながら生きていく。
(そんな怖いことはできるかよ!)
失敗したら皆から軽蔑される。
期待を裏切る。
嫌われる。
だから、そっとバレないように進んで……失敗したらそっと逃げることにしよう。
「ライトくん……」
目をしぱしぱすると長い睫毛から音がしそうなマリアさん。心配する顔も素敵です。
「仕方ない。マリアさんも含めて護ってあげますよ」
「えっ、じゃあバッグ、買ってくれるの?」
「買いませんよ」
「えー、それはフビンよー」
ここでミリアさんとミーやんとユイナが部屋に雪崩れ込んできた。続いて両手に包帯をしたタケゾーも入ってくる。
「マリア、またライトからお金巻き上げようとしてるの?」
「何よそれ、人聞き悪いわよ!」
「でも、マリア、昨日も何か買ってもらったの見てるわよ〜」
「うぐぅっ……い、良いのよ! ライトくんは優しいんだから」
タケゾーは窓際のテーブルに向かいメリッサさんの向かいに座った。
「タケゾーはメリッサさん一筋だもんね」
「五月蝿い! わしゃメリッサ殿の深根に惚れ込んだだけじゃ!」
「あら、ありがとうございます」
メリッサさんが優しくタケゾーの手を取ると、タケゾーの顔が明らかに緩んだ。ユイナとミーヤンは肩を竦めるだけだ。いつもの感じなんだろう。
(隣のおねショタも良いもんだ!)
その時、何故かふと
「あれ? 今回、ここに何日居ましたっけ、僕……」
周りの全員が目を合わせる。
「ちょうど、今朝で五日目よ」
メリッサさんが教えてくれた。ちょっと考える。
(えーっと……時間の進み方は七分の一だよな……)
ベッドから飛び起きるとメリッサさんとタケゾーの居るテーブルに両手をつく。
「一旦戻りますね!」
◇◇◇
「で、現世は変わらずなわけだが……」
ベッドの上で目を覚ますと、念の為時計を確認するが、概ね計算通りの真夜中だった。何気なくスマホを確認すると、
「……」
急に幸せな気持ちが駆け巡り、何となく勿体無くて見ることができなかった。とはいえ、そっと確認してみる。
『今日はありがとう。心配だったから、あんなこと言っちゃったけど気にしないでね』
『ちょっと、黙ってるの思わせぶりよ!』
『おーい』
『ちょっと! 返事くらいちょうだいよ!』
ここから罵詈雑言が二十件ほど続いた。
『バカ』
『ホントにバカ』
『バーカ』
『バーカ』
『バーーカ!』
『バカバカバカバカバカ!』
(悪口のバリエーション少ない……)
ひとまず誤解を解いておこう。スマホにメッセージを入力。
『マナーモードで今まで寝てた。気付かずゴメン』
そっとメッセージを送る。
すると瞬時に返事が返ってきた。
『ごめんなさい! そえよね寝てるよね、おこさてゴメン』
誤字が慌てっぷりを想像させる。ベッドの上でスマホに土下座でもしてる姿が容易に想像できる。
『気にすんな。いまから寝直すよ。おやすみ』
そっと送る。やはり一瞬で返事が来た。
『やさし』
(ん? なんだ、『やさし』?)
意図を確認しようとスマホに文字を打とうとすると、またメッセージが飛んできた。
『野菜摂れよ』
謎だ。どうせ美容を気にしているんだろう。ベッドに寝転がりながら返事を打つ。
『海ももう寝ろよ。返事できずにごめん』
しかし、返事がなかなか返ってこない。じっとスマホを見ていると、一分ほどでメッセージが届いた。
『やさしはーとやっぱりす』
(ん? もう眠いのか?)
瞬時に次のメッセージが飛んできた。
『はーとうってなやさしはわはわ』
(意味分からん。どうやら眠いらしい……)
『慌てるな、もう寝ろよ』
また止まるメッセージ。少し経ってから返事が来た。
『ありがと。おやすみ』
ふん、と鼻息。
やっと落ち着いたか。ではこちらも寝よう。
スマホを枕元に置いて目を瞑る。何となく、近くに海の気配を感じて幸せな眠りにつくことができた。
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