第二十一話 思い当たる節は……あります その5
◇◇◇
(そうだった、第三階層に行くって言ってた!)
「アンタ、何してるんだい?」
「ミーヤンも! 早く助けてくれ!」
「……」
二人とも横を向いて知らんぷりを決めている?
(な、何故助けない? 何故黙る?)
「そいつ……第五階層のエリアボスだよね……」
「えっ?」
(まただ……自力では第一階層しか行ったことない俺が第四階層ボスに続き第五階層ボスまで……)
ワクワク感ゼロでのボス戦に辟易する。
「そいつ、スキルの効きが凄く悪くなるのよ」
「そうなのよね。苦手なのよ〜」
「ね〜。だから第三階層でのんびりしてたのに、ね〜」
(しかも、コイツら役に立たねー)
二人を陵辱するイメージが一瞬で脳内に出来上がるが、慌てて首を左右に振って甘々な二人を想像し直す。
(ダメだ、陵辱など絶対にダメだ。想像でも同意ありじゃないとポリシーに反する!)
不埒なことを考えていると、また拳が飛んできた。慌ててパリィを完璧なタイミングで発動する。
「パリィ!」
それでも平手打ちくらいのダメージが加算される。
「パリィ! パリィ」
連続で攻撃をしてくるガーゴイル。そんな防戦一方の俺を眺めるだけの美少女二人。
(何だこの状況。何故ショタが凌辱されている? そんな特殊な層にしか受けないシチュなど認めん!)
「おいっ! 魔力ポーション持ってないか?」
「ないよ」
「うーん、品切れ……あっ、ライト、あーしのスキル見せたげる!」
(ダメだ……スキルが切れたら脳髄をぶちまけて死ぬんだろう……)
「た、頼む……」
ユイナはニヤッとするとスケッチブックを開きデッサンを始めた。
「ねぇ、早く倒したら? アンタ接近戦だけは激強じゃん……って……もしかして魔力無いの?」
「……そうだ……よ! くそっ、パリィ!」
目の前の化け物から捕まえた左腕は絶対に離さないという気概を感じる。このまま殴っているだけで勝ち確だ。
「ヤバい、ヤバい、でもアイツ嫌いだし。ユイナ、早くしてあげて」
「えーっ、援護くらいしてあげなよ」
「もーっ、分かったわよ! ミラクル、ナックル、パリピー、キュアキュア!」
ミーヤンの姿がシルエットになると、キラキラコスチュームに身を包んだ魔法少女が現れた。
「では早速、パリ破壊光線!」
両手のピースサインを額に持っていくと凶々しい光の筋がガーゴイルに一直線に飛んでいく。しかし、第四階層であれだけ無敵を誇った光線を片手であしらっている。
(よし、これで無限にぶん殴られることは無くなった……が、反撃できん!)
試しに蹴りを入れるが何の反応もない。
「ライト、準備できたよ! スキル・ミラクルスケッチー!」
ユイナがスケッチブックに描いた魔力ポーションの絵を掴むと
(凄い! 空中元素固定装置も真っ青だ……はっ!)
一瞬でユイナの着ている服がボロボロに破れながら光に包まれて水着みたいなコスチュームになるイメージに脳が支配された。
「違う! いや、自らの意思で破れるならそれはプレイの一環だ! じゃなくて、ユイナ! ポーションを!」
「分かった! ミーヤン、渡してあげて」
ポーションを渡されると躊躇なく振りかぶるミーヤン。
「では、受け取れライトー!」
野球のボールのように投げられたポーションは一直線にこちらに向かってくる。
(これを受け止められなければ死ぬ!)
必死の思いで片手でキャッチするが威力を殺しきれない。身体で受け止めるとボディーブローのような衝撃が走り
「グハァ! よ……よし、受けた!」
「あっ、蓋したままだった」
折角受け取った瓶は栄養ドリンクのような蓋がされたまま。ユイナは申し訳なさそうだが、ミーヤンは舌をぺろっと出して心配したフリをしている。
(片手で蓋を開ける?)
こうなりゃやることは一つだけ。親指で蓋を押さえつけて思いっきりスライドさせる。
「おりゃーー! ファイトー――」
「――いっぱーつ!」
蓋が回転しながら勢いよく飛んでいく。
ちなみに声を返してくれたのはミーヤンだけだ。ユイナは本当に高校生らしい。
ぐいっと一息に魔力ポーションを身体に流し込む。その瞬間、攻撃OKの表示が瞼の裏に映った。
「反撃開始だ、この野郎!」
いつもどうやって至近距離に接近するかで悩んでいる。今回は、最初っから至近距離でボコボコにされているのだ。瓶を咥えたまま右手をそっと化け物の胸に当ててから、プッと瓶を吹き出して捨てる。
「よーし、そろそろ経験値になりやがれーーーっ! 超必殺技――」
魔力が身体の中で練り込まれる。それに気付いたガーゴイルも渾身の一撃で殴ろうと振りかぶる。
(だがもう遅い)
「――真空
掌から前回とは比べ物にならない力の放出を感じる。ガーゴイルの防御スキル的なものも感じられたが、それも蹴散らして胸のど真ん中にサッカーボールくらいの大穴が空いた。
直後に手足から全身が石化すると、最期には砂のように崩れ去ってしまった。
「うわっ、アンタ凄いね……」
「へへへ、あーしの活躍のお陰ね〜」
呑気な二人のセリフも穏やかに聞ける。
「こちらは死に掛けたんだ……少し休ませ……! あーっ、ミーヤン、ユイナ、急いで地上に戻るぞ!」
左腕の手首には真っ青な痣ができていた。折れていなければ問題なし!
「マリアさんとミリアさんのピンチだ! 二人の貞操が陵辱派に汚され――」
「――ライト、キモーい」
「ほんと、アンタのそういうとこ気持ち悪いわ」
蔑んだ目で見られる。少しだけ、ほんの少しだけ『こんなのもありだな』と心が熱く揺らぐ。
「ダメだ、同意あり以外は絶対に認めない。甘々原理主義は貫き通す! 戻るぞ、マジで二人のピンチだ」
慌てて足踏みするが、ハナホジ状態の二人。
「そうなんだ、まぁ大丈夫でしょ」
「だよねー、じゃあ様子を見に行きましょうか」
「へっ?」
異様なくらい落ち着いている二人は上階層の階段に向かって、ゆっくりと歩き始めた。
◇◇◇
「あら、思ったよりピンチだったのね」
途中から二人を押したり慌てさせたりで、何とか三つの階層を駆け上がってきた。すると、事務所は机や椅子がバラバラに切り捨てられ、壁には大穴が開いていた。
「タケゾーが守ってくれたのか……」
「この時間は毎日タケゾーは事務所のテラスでお茶してるもんね」
「そうよねー、お茶菓子は太るからあーしは嫌い」
シャホの受付では剣を持った男と日本刀を構えた少年が対峙していた。ミーヤンとユイナがマリアさんとミリアさんの元に駆けつけていく。特に怪我はなさそうだ。
「ふん、多勢に無勢か? まぁ良い。お前ら如き全員俺のスキルでぶち殺してやる」
「吾輩達を殺せるだと……甘く見るな!」
タケゾーの恫喝にこちらがビクッとなる。
(迫力があるなぁ。昭和の映画スターのようだ……)
横に並んで構えを取ると、タケゾーがニヤリと微笑んだ。
「
「魔王派……」
この世界でも魔王と聞くだけで動悸・息切れが酷くなる。ストレス因子はバカにできない。
「そうだよ。折角に異世界くんだり迄来てルールに縛られてどうするんだ? 自由にやろうぜ、好き勝手にやろうぜ、金も女も好きにできるんだ。サイコーだぜ、はははっ!」
無精髭で不潔そうな男だが、まるでオペラ歌手のように両手を広げ笑っている。
急にカチンときた。こんな手合いは一番嫌いだ。
「どんな世界でも、ルールは他者を
(甘々や純愛は互いの信頼が見えるから安心なんだ。例えライトSMだとしても、無茶なプレイにNGを出せない関係性こそNGだ!)
「うはは、甘い。強者は弱者の生殺与奪を握っているのだ。何をしても良いに決まってる」
(陵辱好きか? お前は陵辱好きだな! なら、そんな奴にはいつもコレを聞く)
「なら、お前は自分より強い奴には何されても文句は言わないということだな?」
すると、突然不機嫌になりイライラしながら落ちている瓦礫を蹴り飛ばした。
「うるせー! ムカつくヤツのことを言うんじゃねー」
そうだ。大体取り乱す。
「そうだよな。結局お前らは、自らより強いモノには従属するしかない弱い存在なんだ。お前は一番弱い存在なんだよ」
「なんだと! お前、ムカつくなぁ」
「あぁ、ライトくん……」
マリアさんとミリアさんは感動しながら目をウルウルさせて見つめている。ミーヤンとユイナは若干怪しんでいるが、タケゾーすらもうんうんと頷いている。
「お主、中々の好漢だな」
(タケゾーさん、ありがとう。マリアさん、ミリアさん、もう少し後でたっぷり褒めてください)
「正義を語る気はない。だが、人の道から外れた者に幸せなど来るわけがない!」
「ははは、お前は幸せな未来が待ってるってのかよ?」
自信満々に笑顔を向けてやる。
「当たり前だ! ここに居る人々、真面目に暮らしている全ての人々は幸せになる権利がある」
苦虫を噛み潰したような顔でイライラする男。
「クソッ、とっとと全員ヤっちまっえば良かった」
もう我慢ならない。
ビシッと男を指差して最後通告する。
「この陵辱好きめ! NTRして陵辱するなんて人の所業に有るまじき行為……」
「はぁ? お前、何言ってるんだ?」
「あぁ……ライトくん……」
少し感激して聞いていた観客の女性陣から空気が変わるのを感じた。
「途中まで凄くカッコよかったのに……」
しかし、男は困惑していなかった。
「陵辱モノが至高に決まってるだろ?」
「えっ?」
コイツ……やはり……。
「女なんて無理矢理やらなきゃ面白くない。幸せそうな顔をしたヤツを踏み潰すのが最高だろ」
「うわっ……」
女性陣の本気の声にならない悲鳴。
そう、コイツが宿敵。
「女は全員弱者だ。俺が強者なら、全員俺のモンだよな? だったら俺を楽しませる為に死ぬのは仕方ないよなぁ」
一歩前に踏み出ると中国拳法風の構えで威圧する。
「お前はやはり
「そうかよ……」
コートの下からラジコンのコントローラーのようなものを出した。
「スキル・サウザンドローン! ははは、全員死にやがれー!」
ブーンと鈍い音が部屋の外から聴こえてくる。破壊されたドアの隙間から空を覗くと無数に浮かぶドローンが見える。上空でフォーメーションを変えると青空の中、『F○CK』と描かれた。
唖然としていると、この部屋に向かって一気に強襲してくる。
「テレポートに遠隔攻撃に剣術? 欲張りセットを選ぶようなヤツは隙がなくて可愛げが無いぜ!」
「ぼやいてる場合か。仕方ない、あのラジコンどもは拙者に任せろ」
日本刀を鞘に戻すタケゾー。
「スキル・無限ニューナンブ……」
両手で拳銃を構えるようなポーズを取る。
「
詠唱が終わると両手に拳銃が現れた。直後に部屋の中へドローンが次々と侵入してこようと飛んでくる。
そこに二丁拳銃を構えるタケゾー。
「ファイヤ、インザ、ホーール!」
朗々と叫びながらゆっくりと狙いをつける。
「は、入ってくる!」
「アイツら爆発するのよ! タケゾー、早く!」
ここで、タケゾーの口角がニヤリと上がった。
「ファイヤーーー!」
二丁の拳銃から弾丸が連射されるとドローンは為す術なく爆発炎上しながら墜落していく。しかし無数のドローンは部屋に入ろうと雪崩れ込んでくる。
それを殆どマシンガンのような速度で連射して破壊していくタケゾーの拳銃。
「ファイヤ、ファイヤ、ファイヤーー!」
「コレは凄い……」
感心していると、目の前の男が剣を振りかぶってタケゾーを攻撃しようと踏み込んできた。
「パリィ!」
こちらも踏み込んで男の剣を弾き飛ばす。
「流石じゃな。クズ男は任せたぞ」
「へへへ、当たり前だぜ」
コントローラー片手に剣を構え直す男。
「ムカつくぜ……とはいえ不利は不利だな。出直すとしよう」
剣を腰の鞘に納めると、コントローラーを両手で操作し始めた。その瞬間、今までとは異なる密度でドローンが扉に押し寄せてくる。
「ははは、ここでお前らは死ね。あばよ!」
右手を自分に向けるとこちらが何かを言う前に消えてしまった。
刹那に扉の隙間いっぱいに押し込んでくるドローン。満員電車の扉から押し出される乗客のようだ。
「ぬぅぅ、ふ、ファイヤーーー!」
ドローンのあまりの多さに押され始めたタケゾー。両手に持つ拳銃の銃身も
「じゃあ、俺も反撃とするか……」
真空龍打掌のスキルをやたら上げたので、派生技がいつの間にか沢山選択できるようになっていた。
「バレットタイム!」
時間の進み方を遅くしてから最速でドローンの群れに突き進む。ここで初めて数台のドローンがタケゾーの射撃を掻い潜って侵入に成功してきた。
それらに手を伸ばし当たる直前でスキル発動。
「パリィ!」
ドローン一機が弾かれて群れに吹っ飛ばされると突然爆発した。
「自爆ドローン!」
爆発で扉から侵入しようとしたドローンが連鎖で爆発する。その隙を狙って、またドローンの大群が襲ってきた。
(ある程度標的に接近すると自爆するのか……近づかれたら負けってこと?)
ぶぁっと身体中から冷汗が吹き出るのを感じた。
「くぅっ……」
呻き声に振り向くと、タケゾーが両手から拳銃を落として立ちすくんでいた。既に両手とも酷い火傷ができている。
バレットタイムの効果で時間の進みが遅い中、一気に扉の前まで駆け寄って構えを取る。
そこに、再度無数のドローンが押し寄せる。
「ライトーー!」
(へへ、美少女達が名前を叫ぶ最中、危険に立ち向かうってのはヒーローの特権だぜ)
「アクションパートにはもう飽きた。そろそろ甘々日常パートに戻らせてもらう。超必殺技、
無数のドローンが部屋に雪崩れ込もうと突進してくる中、目の前に掌を突き出す。
「――
瞳の中に電子的な照準が現れた。使い方は頭の中に入っている。眼球を素早く動かして無数のドローンをロックオンしていく。
「――
ロックしたドローンに向けて掌から光の糸が特大のパーティークラッカーのように伸びていった。衝撃でドローンの群れを数メートル押し戻すと、光の糸が直撃したドローンから爆発し始めた。
「ふせろーー!」
大声で叫ぶとカウンターの中で四人の女の子達は伏せてくれたようだ。未だ膝立ちのまま呻くタケゾーに飛び掛かって伏せさせると、刹那に部屋のすぐ外で大爆発が起きた。
土煙で視界は失われていたが、陽の光の入り方から壁が崩壊したのが分かる。
「ミーヤン聞こえるかー、破壊光線で撃ち漏らしを片付けろー!」
耳鳴りもする中でミーヤンに大声で叫ぶが、それ以上は何も起きなかった。ゆっくりタケゾーを抱えて立ち上がる。皆がカウンターから顔を出してこちらを見ている。
「終わったっぽいよね……」
その一言を合図に皆が飛び出てきて抱きついてきた。
「ライトくん、凄いわ〜、偉いわよ〜」
「やったー、みんな無事よー! ライト、やっぱりアンタ凄い! タケゾーも凄い!」
「あーしも凄いけど、ライト見直したよ、カッコいいー!」
ミリアさんが真後ろから、ミーヤンとユイナが左右からタケゾーもろとも抱きついている。
そこに、マリアさんがヨタヨタと歩いてきた。
「ライトくーん……ありがとう。マリアは……マリアはもうあなたのモノよー!」
告白混じりの宣言に熱い眼差し。熱烈に正面から抱きついてくれた。顔の正面に現れた柔らかな膨らみ。その感触をじっくり味わっていると、後頭部も更に大きく柔らかな膨らみの感触に包まれた。
左右からも程々の膨らみの感触が感じられる。俺とタケゾーを真ん中に女子四人でキャピキャピと喜び合っている。
「よかったねー」
「うん、よかったね」
「ホント、よかったー」
「あーしもそう思う。よかったー!」
口々に抱き合いながら無事を喜ぶ美少女四人。そこに囲まれて(柔らかい何かに)揉みくちゃにされる。幸せの絶頂に至り、思わずタケゾーが滑り落ちていった。
脂汗をかきながら上を見上げているタケゾー。
「今際の際の風景が
精も根も尽き果てた声だが、少しだけ楽しそうなタケゾーの声が聞こえた。
「ははは、並の極楽浄土より良い風景だろうに!」
四人の胸に挟まれてくぐもった声しか出せないが、ここでやっと男子二人の存在を思い出したようだ。
「ぎゃーー、下着見んな、タケゾー」
「無茶言うな……」
「ライト、変態! 胸に顔くっつけないでよ!」
「いや、俺のせいじゃないし……って、あれ?」
急に吐き気に襲われる。そしてマリアさんの胸に挟まれたままゲロが口から漏れ出し始める。
「何々? ぎゃーーーーー! きたなーーい」
四人が一斉に離れたのでペタンと座り込む。タケゾーの横でひたすらゲロを吐き出す。
「そっか、魔力ポーション一日に二本も飲めば胃腸は壊れるわよね」
「しかも、一本はあーしの特製ポーション。五本分の威力はあるよ!」
胸元がベタベタになって右往左往しているマリアさん、急に慌て始めた。
「魔力ポーション六本分? 三本も飲めば致死量よ! ライトくん、吐き出して! ほら、もっと!」
背中をポンポン叩き始めるマリアさん。効果は絶大で、胃の中身が一斉に口から吹き出した。
そして、そのまま意識を失った。
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