第二十話 思い当たる節は……あります その4

◇◇◇


「ここだ、大金の匂いがする」

「お前のスキル便利だな……」

「うっせー、すげー匂いが強いんだ、しっかり……あっ」


 トレイから金庫にSR魔石を移動していた最中に現れた荒くれ者。


「マジかよ……SR魔石じゃねーか?」


 どかどかと屈強な男が四人ほど入ってきた。


「すげえ! 今日から当分ハーレムで遊べるぜ」

「げへへっ、おい、ねーちゃん、お前らも雇ってやるよ。うははは」


 魔石を手に取ろうとカウンターに近づいてきた所でミリアさんが状況を理解した。


「強盗! やめなさい、シャホに歯向かってこの世界では生きてけないわよ!」

「そうよ、神様や女神様を敵に回して無事なわけないじゃない」


 マリアさんも続くが、荒くれ者達は聞いてもいない。


「よーし、今日はパーっと遊ぶか。山分けは明日にしようぜ」

「げへへっ、そう言って独り占めしようとするんじゃねーか?」

「ははは、そうなったら追いかけてブチ殺してやるよ」


 ここでこの事態に介入することにした。


「その魔石は俺のだよ」


(日常パートを早く終わらせて、すぐにでもご褒美パートに、遷移したかったのに……)


 すると、顔を見合わせる荒くれ者達。


「ぎゃはは、そりゃ好都合だ。いやー、俺たちも犯罪行為は好きじゃねーんだよ」

「そうそう、なぁ、僕ちゃん、魔石はお兄さん達に預けな。倍にしてやるからよ」


 ニコニコしながらこちらに近寄ってきた。


「そうだぜ。ちゃんとお小遣いやるからよ。一月で魔石一つでどうだ? たっぷり遊べるぞ」


 睨みつけても意に介してない。


(まぁそうだろう。女二人と子供一人だ)


「警告はしておく。お前らが安全にこの部屋を出るには扉の修理代を置いてすぐに帰る以外無いぞ」

「はぁっ?」


 少しだけ苛立ちを顔にした。


「ほれ、回れ右しろよ。修理代は忘れずに――」

「――黙れよ! 死にてーのか?」


 チラッと後ろの男を見る。


「あん時のガキだ。変わらずレベル1だぜ」

「チッ! 生意気なクソガキか……」


 ミリアさんは小型金庫に魔石を入れて抱えていた。マリアさんはカウンターから出てきて俺の横に仁王立ちしている。


(レベル5の女の子とレベル1の子供……冒険者四人との戦力差は致命的……だよな)


「普通ならね……」

「おい、黙れよ! 人は殺したくないんだよ。魔石を置いて部屋から出ていけ!」


 脅して魔石を奪えればそれが一番ということらしい。


(全部の攻撃をパリィしてやれば逃げ帰るかな?)


 中国拳法風の構えを取ってみる。無駄に両手を動かし威圧する。前回蹴りを放った男だけが少しだけ狼狽えている。


「くっ……こいつ――」

「――ガキに何やってんだよ。ほら、こうすれば良いんだよ」


 腰の鞘から一瞬で剣を抜き放つと、躊躇なく上段から振りかぶってきた。


(どうせオートガードで弾ける……って、えっ?)


 刹那にマリアさんが横から抱きついてこちらを庇うような体勢になった。悪意がないから弾けない。男に背中を向けるマリアさん。

 そこに凶刃が容赦なく襲いかかった。不快な音と共にマリアさんの手に一瞬だけ力が籠ると、震えながら徐々に力が抜けていった。


「いやぁーーっ! マリア!」


 ミリアさんの悲鳴だけが部屋に響いた。


「んぐっ……ら、ライトくん……大丈夫?」

「ああぁぁっ、マリアさん!」


 抱きついている手から力が抜けてしまうと、そのまま横倒しになってしまった。


「ちっ、邪魔しやがって。まぁ良い。おいガキっ! こうなりたくなかったら――」

「――マリアさーん!」


 大声で呼びかけるが、血の気が顔からどんどん引いていく。床の血溜まりは反対にどんどん大きくなっていく。


「な、何で……何で僕を庇うんですか」

「……だって……信頼してくれて……凄く嬉しかったから……」


 微笑んでくれたが視線が虚になってきた。瞳から色が抜けていく。全身から力が失われていく。もう間に合わない。


「おい、早く魔石を――」

「神様、聞いているか! マリアさんを救うスキルを生成する! 500もあれば足りるか? 早くスキルを作れーーっ!」


 上を向いて叫んだ瞬間、視界の隅に見たことのないスキル表示が現れた。


「スキル『SSRエリクサー』……うわぁ! 魔力消費が400だと、くそー、残りステータスを全部魔力に突っ込む……けど足りねー! ミリアさん! 魔力ポーション、一番高いのください!」

「何やってんだよ! 死体は放っといて――」

「――まだ死んでねー! スキル、間に合えーーっ!」


 ミリアさんが高そうなポーションを投げてくれたので蓋を大急ぎで開けて口に咥える。そのまま両手をマリアさんに向けてスキルを発動させる。その瞬間、何か大事なものが身体から恐ろしく大量に抜け出していくのを感じた。

 ここで顔を上げてポーションを胃に流し込むと、魔力が出て行く分以上にみなぎってきたので耐え切ることができた。


「ライトくん……魔力がゼロになったら死んじゃうんだからね……」


 顔を振って空になった瓶を口で咥えたまま投げ捨てる。


「はぁはぁ……生きてるから……大丈夫……」


 光に包まれるマリアさん。肌に赤みが戻ってくると、痛みに呻きながら瞼が開き小さな声を上げ始めた。


「マリアさん! 大丈夫ですか?」

「ライト……くん……また……助けて……くれたの?」


 優しくニコリと微笑むと、そのまま目を瞑ってしまった。すぐに脈を取ると、思ったよりしっかりとした脈を刻んでいる。そっと背中の傷を確認すると、既に跡形もなく無くなっていた。服が裂けているから斬られたことが辛うじて分かる。


「お、おい、お前何しやがった……あれは確かに致命傷だった……」


 すっと立ち上がる。力無く横たわるマリアさんを見つめてから拳をギュッと握り締める。そして男達に振り返った。


「おいっ! テメー、何しや――」

「――この女の子は俺の命の恩人なんだ……」

「はぁ? 何言ってんだ? おい、コイツ大丈夫――」


 男達も流石に違和感に気づいたようだ。鑑定のできる男を肘で突いている。


「――レベル1だ。スキルも腐った日常系ばかりだ」

「ホントかよ! 間違ってんじゃ――」

「――鑑定スキルが間違うかよ! 聞いたことねーぞ!」


 一通りの結論が出た所で、全員がこちらを見つめてきた。視線を外さずに仁王立ちしていると、先頭の剣を構えた男が一歩後退った。


「お前、何者だ……」


 視線を男達から外していないので背後に倒れているだろうマリアさんの姿は見えない。でも、確かに暖かな雰囲気を感じる。

 そうだ、まだ生きている。

 そうだ、辛うじて生きている。

 そうだ、あのまま死んでも何もおかしくなかった。


 コイツらはマリアさんを殺そうとした。


「マリアさんを……命懸けで俺なんかを守ってくれた……二度もだぞ。命懸けで守ろうとしてくれたマリアさんを……お前ら、殺そうとしただと?」


 睨みつけたまま一歩だけ前に出ると後ろの男達も一歩下がった。


「お前ら、ホントに人間か? 血の色はホントに赤いのか? おい、どうなんだ!」


 怒りが叫びとなって口から出てくる。今まで経験したことのない怒り。しかし、そんな激情も男達にはあまり響いていないようだった。

 こんな場面に慣れているのだろう。


「おい、コイツなんか面倒くせーぞ」

「そうだな、念には念を入れるか」


 先頭の男が剣を抜いたまま左手を前に出した。

 その瞬間、男達以外の風景が一瞬で変わってしまった。警戒しながら前後左右を見回す。マリアさんは居なかった。男達と俺だけがダンジョンのような場所に移動したらしい。


「さて、ここなら邪魔は入らねー。思う存分ぶっ殺してやるぜ」

「げへへっ、もう謝ったって許さねーぜー」


 何となく落ち着きを取り戻した男達。全員が腰から剣を抜いた。


◇◇◇


 辺りをもう一度見回す。ニヤニヤしている男達に対抗してもう一度中国拳法の構えを真似て構えてみる。イメージはジャッ○ー・チェンかブルー○・リーだ。


「死にたいヤツだけかかって来い」


 掌を上に向けてクイックイッと指を曲げて挑発する。あっさりと冷静さを失って二人ほどが大股で近づいてくる。


「じゃあ死ねよ!」


 剣を振りかぶって野球のバットのように振り回す。


「バレットタイム」


 すかさずスキル発動。スキルの力でほぼ止まっているように見える。しかし、急に剣の動きが速くなってきた。微かに輝きを放っている。


(スキルの力か、剣の力か、この速度差には対応できず首が胴体からサヨナラするんだろう……)


 ギリギリでしゃがみ込み確実に躱せるポジションで剣の下からそっと掌を当てる。


「パリィ」


 剣が跳ね上がり男の手から離れて天井に一直線で飛び上がっていった。


(では、どうしよう……魔物なら龍打掌をぶち当てるんだけど)


 まだ人に向けて放つ覚悟は無い。そこで、股間を思いっきり蹴り飛ばすことにした。バレットタイムで時間が遅く進む中、自らの足に『蹴ろ』と指示をする。ゆっくりと、但し本来の時間の進み方では高速に、足が男の股間に一直線へ向かう。

 あまり嬉しく無い感触を足の甲で味わってからパッと後ろにジャンプして距離を取った。


「ふんっ」


 時間が元の速度に戻り始めたところで決めポーズをそれっぽく決める。

 男が振り払った剣は天井に刺さり、股間には激痛が発生している頃だろう。


「な、何だ……何が……ぎゃーー! ぐぅ……」


 そのまま蹲って気絶してしまった。


(潰れちゃった?)


 感触を思い出すて少し吐き気を催す。


「おい、なんかコイツヤベーぞ!」


 大股で近づいて来ていた男の足が止まり、マリアさんを斬りつけた男に向かって話している。


「チッ……どんなスキルだ? おい、分かんねーのかよ?」


 もう一人の男が再度鑑定ポーズを取っている。


「こいつのスキル……『目玉焼きを潰さず綺麗に焼く』と『包丁でフワフワのかき氷を作る』の二つだけだ。他には絶対に無い!」

「じゃあホントに格闘のプロか何かってことか……」


(おぉ、困っている。よし、もう少し威圧しておくか)


 構えを変えてシャドウボクシングを少ししてみる。拳を振る度にピクピクと反応するのが楽しい。


「クソガキが……めんどくせえ……」


 ここで敵が取る手段としては三つくらいだろう。

・テレポートで逃げてマリアさんとミリアさんから魔石を奪取して逃げ仰る

・玉砕覚悟で三人で一斉に攻撃する

・何か切り札的なモノを出してくる


(テレポートは対応できない。三人で玉砕、来い!)


「おい、お前ら二人、一斉に攻撃しろ!」

「はぁ?」

「てめえ、逃げる気か?」


 すっと拳を握ったまま左手を出すと不穏な雰囲気が漏れ出してきた。


「仲間を出してやるよ。ほら、ガーゴイル、こいつをぶっ殺せ!」


 拳を開くと二メートル以上あるドクロ顔のゴツい化け物が突如として現れた。


「ははは、俺は魔石を奪いにいく」


 左手を自分の胸にだけ向けている。


「全部かよ、欲張りセットかよ、もう少し小出しにしろよ! バレット――」

「――あばよ、クソガキ」


 ふと消えてしまった。


「クソッ! 第三階層で置いてきぼりなんてどうすりゃ良いん――」


 その瞬間、男の首をガーゴイルと呼ばれた化け物がみしりと掴んでいた。


「お、おい、仲間じゃね――」


 そのまま首を捻り切ってしまった。千切った首を地面に落とすと次の獲物をどちらにするか見据えている。


「うわ、ダメだ、た、たた助けてくれー」


 パニックになった鑑定男は走り始めたが、化け物はジャンプして男の前に飛び出ると、貫手で男の腹を貫いた。血塗れの右腕から血を払いながらこちらに歩いてくる。


「容赦ねーな……」


 流石に不憫に思える。しかし、それより心配しなきゃいけないことがある。


「マリアさん、ミリアさんが陵辱りょうじょくされてしまう!」


 女の背中を刃物で容赦なく斬りつけられるなら、無理矢理に『あんなことや、こんなこと』をするのに躊躇は無いだろう。


「そんなの許せるかよ。おねショタ日常モノがNTR寝取られ陵辱モノに負けるかよ!」


 睨み合う化け物と俺。


(ここはミーヤンに連れてこられた場所だ。帰り道は分かる!)


 構えを変えた瞬間、ガーゴイルと呼ばれた化け物の姿が大きくなった。高速で突進してきた。


「速いーーーパリィ!」


 互いの右腕が跳ね上がる。ガーゴイルの攻撃は弾き返せたが、完全には返せていない。


(やっべ、相手の方が俺よりレベルが高い?)


 サッと顔が青ざめる。

 神様と対面して『人類最強』の称号を貰えたくらいに感じていた。だから、よもやこんな苦労するとは思わなかった。


「ここは楽勝で勝って地上に行くと、半脱ぎの二人が襲われる寸前、ってのがお約束だろ!」


 冷静に考えると未使用のステータスが多過ぎる。全部使えば強いんだろうけど、生来の貧乏性が出て全然ポイントを振れていない。


(パリィをどれだけ強く、いやバレットタイム、それより攻撃の手段!)


「スキルポイントを二百、真空龍打掌に振る!」


 その瞬間、瞼の裏のポイントが減った。そして、脳に現れた警告。


『今の魔力で真空龍打掌を使うと死ぬ』


 スキルを多く振りすぎたらしい。冷や汗がどっと出てくる。


「作戦変更、よし、逃げよう」


 第三階層の出口に行くために、ガーゴイルに真っ直ぐ向かっていく。


「出口はお前の後ろ……なんだよーだ、バレットタイム!」


 時間が遅くなる。しかしガーゴイルに近づくと時間が元の速度に戻っていく。


「なっ! あっ、やべっ」


 オートガードを無視して手首を掴まれる。何となく反発する力を感じているが、それを上回る力で掴まれているように思えた。

 こうなると、ただのショタボディ十歳児。攻撃の切り札が使えない以上、どうしようもない。


「やばいやばい……うわっ、パリィ!」


 こちらの頭くらいの大きさの拳が飛んできたがギリギリのタイミングでパリィすると、どうにか耐えられるくらいの衝撃になってくれた。


「へへへ……完璧なタイミングのパリィとオートガードでは威力に違いがあるってことか……」


 大人に平手打ちされたくらいの衝撃に一撃でこちらのヤル気はダダ下がりだ。ガーゴイルが怪しく笑っている。


 攻撃手段が無かった。魔力は龍打掌を一発も撃てない程度しか残っていない。


(魔力切れで殴られて死ぬ位なら……コイツを道連れに……)


 そっと化け物の額に掌を押し付ける。


「真空――」

「あーーっ、やっぱりライトじゃん!」


 突然にユイナの声が聞こえてきた。

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