第十八話 思い当たる節は……あります その2

◇◇◇


「ライトくん、ほ、本当に良いの?」

「あぁ、厳しい戦いになるかもしれないけど、決めたんだ」


 心配そうなマリアさん。隣のミリアさんは若干呆れ気味だ。


「ちょっと、そんなバカな真似、よしなさいよ!」

「そうよ、やめときなよ。私達と行きましょうよ」


 ユイナとミーヤンも行かせたくないらしい。止めようとしてくれている。


(でも、おとこには戦わなきゃいけない時があるんだ……)


「心配してくれたありがとう。でも――」

「――いや、第一階層に三日って何するんだよ?」

「そうよ。キャンプなら眺めの良い川辺のキャンプ地を教えようか」


 よく見るとマリアさんは笑いを堪えていた。


「……ぷっ、あはは、ライトくん、そうよね。レベル1だもん。大冒険よね!」

「そうよ〜。第一階層にキャンプするのはニュービーの子達の訓練メニューよね〜」


 キッと二人を睨みつける。ニュービー初心者とはこころざしが違う。この第一階層を制覇するまでは地上に戻るつもりはないのだから。


「うぷぷっ、結構広いから大体一泊らしいわよ」

「怪我しないようにね〜」


◇◇◇


「ライトくん、第一階層の出口……私達は第三階層に行くけど……一緒に来ない?」

「くどいぞミーヤン。心配かもしれんが一人で行かせてくれ……」

「ライト……」


 二人も諦めたようだ。


「これが今生の別かもしれないが、しんみりするなよ」


 ニヤリと振り返ってピースサインを決める。多分この瞬間、俺の歯はキラリと光っていただろう。


「いや、バカバカしいわ」

「もー、ライト、じゃあまたね! 冒険ごっこに飽きたら言いなさいね!」


 プリプリしながら第二階層へ続く階段を降りていった。程なく音がなくなり無音の世界になった。


「よし、それではマッピングだ」


 今回は五十メートルほどのロープも用意した。他にも水平器と方位磁針も現世から持ち込んで準備万端。


「地図の概念が根本的に違ったからなぁ」


 魔力を使ったテレポート瞬間移動や高速移動魔法が存在する世界なわけで、徒歩や船での遠距離移動はあまり盛んではなさそう……というよりは遠隔地へはテレポート移動が基本らしい。

 なので地名とその街の特徴が書かれた絵が地図として流通していた。


「そうだよな。そういう文化だとマッピングもまともには出来ないよな……」


 マリアさんの纏めた地図を見せてもらった。


『右手を曲がると三角に大きく欠けた石垣がある。そこを左に進むと丸い石が嵌め込まれた床が現れ……』


 そう、地図じゃない。簡単な絵とそこへ行くための説明暗号が書かれていた。


「アレで合格だもんな……」


 自分の描いてきた地図を眺める。目の細かい方眼紙にと刻まれた描き込み。見ているだけで恍惚とした表情になってしまう。


「本物の地図を見せてやるぜ!」


◇◇◇


「しかし楽しい……」


 レベル1のまま呑気にマップ探索を楽しむ。


「これは控えめに言ってサイコー。大袈裟に言えば天職だな」


 途中で拾った檜の棒でスライムゴキブリを倒しながらマッピングを進めていく。計算してみたが、後993匹倒すとレベル2らしい……。

 着々とマッピングが捗る。危険は無いのが嬉しい。万一スケルトンが出てきたら、パリィで弾き返しながら逃げ帰えろう。


「さぁ、業務再開っと」


 ただひたすらに地図を書き込む。時折、方位磁針で北を指し、その方向にロープを張る。


「ふむ、第一階層は東西南北に沿って通路が作られてるのか」


 複雑な直線が張り巡らされた地図を見てうっとりする。ふと時計を見ると、既に深夜らしい。身体はしっかり睡眠をとっているが、精神的には徹夜で働いて、悶々とした一夜を過ごしそうになったのでこちら異世界に逃げてきたのだ。

 思い返したら、ぐったり疲れてきた。荷物を置いた場所まで戻って一人用テントと寝袋を取り出す。


「よしっ、ここをキャンプ地とする!」


 寝不足で泡沫うたかたのテンションが高い時間帯。一気にテントを張ると、急速に眠気が襲ってくる。


「ふわぁ、そういえばショタだった。これは耐えられんなぁ」


 というわけで、テントの中で寝袋に入ると数秒で泥のような眠りに落ちていった。


◇◇◇


 パチっと目が覚めるなり時計を見る。朝の七時過ぎだった。飛び起きてテントから出るが朝日は感じられない。謎のエネルギーで燃え続けるランプがそこかしこにあるので仄かに明るい。


「さぁ、二日目も頑張りましょう。では、ご安全に!」


 一人で明るく挨拶してから測量を再開する。せっせとロープを張り方位と水平を確認していく。ひたすらに同じ作業を繰り返していく。

 途中、下の階層に行くパーティーを何名か見掛けた。


「第一階層の地図作り? がんばってね」

「ありがとう。皆さんもお気をつけて!」


 子供が安全な場所でお手伝いしている感じに見えるんだろう。


「まぁ、その通りなんだけどね……」


 テント近くに座って持ってきたペットボトルのコーヒーを飲みながら、作った地図を眺める。


「至福の時だな。みっちりした地図にモーニングコーヒー……」


 ふとベッドの横で一緒に寝ているまりんが『おはよう』と艶やかな笑顔を向けるイメージに脳の八割が支配された。立ち上がって拳を振り上げる。


「ふぉーーっ! 邪念よ、立ち去れ! 祓え給え、清め給えー」


 息荒く大声で祝詞を唱えてから深呼吸をする。


「こりゃダメだ……よし、気を紛らわせるために、この第一階層の最大の謎に立ち向かうとするか」


 さっさとテントを片付けると、大きなリュックを通路の隅に隠した。目指すは第一階層の通称『奥通路』と呼ばれる場所。


「第二階層の階段から奥は探索する意味がないからって放置だもんな」


 第一階層には強いモンスターも居ない。だから探索しやすいが敵も居なければ宝もない。偶に隠し部屋があるが、スケルトンがいるだけ。


「ふふふ、何かを隠しているとしか思えんよなぁ」


 構造上無駄過ぎる。第一階層の半分以上は『奥通路』なのだ。しかもダンジョンの構造が明らかに異なり直線が多い。


「そして……」


 床に置かれた水平器をじっと見つめる。それはなだらかな傾斜があることを指し示していた。


◇◇◇


 地道なマッピングのお陰で夕方には未確認の通路は無くなっていた。奥通路も完璧にマッピングできている。


「故に怪しさは倍増だ……」


 二メートルほど、丁度一階分くらい奥の方は下がっていた。そして奥通路の最奥は、また傾斜が水平に戻っていた。


「だから、最奥エリアの何処かに上階段がありそうなんだけどなぁ……」


 壁を一つずつ確認していく。最奥エリアは大体サッカーコート一面分くらい。ここの壁を全て地道に調べていく。


「うへへ、地道にやれば終わる仕事大好き。締切がないなんて、ここは天国かよ……」


 唯一許せないこと。スライムの出現だ。


「あと942匹……50匹以上、俺は黒いヤツを、この伝説の檜の棒で倒したのか……」


 右手に持つ檜の棒をじっと眺める。念の為、殺虫剤も数種類を持ち込んだ。この広大なダンジョンに散らばるスライム……という名のゴキブリ。


「何処かに住処でも有るのかねぇ……はっ!」


 今のセリフがフラグにならないことを祈るだけだ。檜の棒を腰のベルトに差して、扉の探索を再開することにした。


◇◇◇


 最奥エリアを全て調べてみたが、隠し扉は見つからなかった。正確には見つかったがスケルトンがいる小部屋だけだった。


「地図で見て構造上空間がありそうな場所には全て隠し扉があった。だから、この上に広大なエリアが存在するという推測……間違ってないと思うが……」


(スケルトンのいる部屋に梯子でもあるのか?)


 じっと隠し扉を見つめる。そして地図を見つめる。ふとあることに気付いた。南北に繋がる二百メートルほどの通路だが、少しだけ西に寄っている。


「そうだよ! あたかももう一本、下じゃなくて上りの通路があるみたいに!」


 通路の入り口に向かう。そして横の壁を調べる、が何もない。


「おかしい……絶対ここだと思うんだが……」


(下り通路と横並びに通路があるはず。ならば上り通路の入り口は……下り通路入り口の横じゃないのか?)


 壁を叩くが感触や音からすると、明らかに石造りに思える。トンネルが二つ並んでいるのを想像する。ふと現世の高速道路のトンネルを想像する。


「はっ! そうだよ」


 下り通路に入って横の壁を調べ始めた。


(上りと下りのトンネルだ。現世だって緊急出口と称して横で繋がっている!)


 調べ始めると隠し扉はすぐに見つかった。


「ビンゴっ! では、いくぜ!」


 今までの隠し扉とは雰囲気が違う。流石に鍵がかかってるかと思ったが、ドアはギギっと音を立てながら開いていく。

 開け始めたところで『止まる、呼ぶ、待つ』じゃねーのか、そう思ったがもう遅い。そーっと開けてしまうことにした。首から上だけを扉に入れて様子を伺う。


「ふー……人影も無しっと」


 完全に閉まらないように、近くに落ちていたレンガのような石を扉に嵌めてから通路に入ることにした。想像通りの通路をニヤニヤと眺める。


「ふむふむ、大凡二百メートルほど。造りは同じ感じだな」


 石造りの床に壁。ただ、下り通路とは反対に、こちら側は上り坂になっていた。


「なるほど……左右対称で上下も対象というわけかな」


 スケルトンくらいならパリィで弾き飛ばして逃げ帰れば良い。しかもスキルレベルを上げたことで不意打ちにも対応できている。


「それでは探索開始と行きましょう」


◇◇◇


 先ほど探索を終えた最奥エリアとは全く異なる構造だった。回廊が外側にあり、内側には部屋が幾つもある。部屋の中も覗いてみたが、空っぽの部屋が多かった。


「アレか……既に盗掘済み、ということかな」


 何年前からこのダンジョンが存在するかは知らないが、流石に手付かず、ということはなかったんだろう。ふーっと大きく息を吐いて身体を伸ばす。


「あー、緊張した。さて、マッピングだけやっちまうか」


◇◇◇


 地図作りを再開していくと、明らかに隠し部屋がありそうな隙間があることが分かった。


「しかもど真ん中……これは……何かあるかもな……って――」


 目がキラリと光る。


「――そこっ!」


 檜の棒を振り下ろしてスライム……という名のゴキブリを潰す。


「んー、これで残り920匹。既に最奥上に来てから20匹は倒してる……嫌な感じだな……」


 スライムの出現率が明らかに上がった。巣でもあるのか……。

 一旦忘れて隠し扉の探索を続ける。すると、壁に隙間を発見。そこから定期的にスライムが出てきていた。


「うはっ……ここで繁殖しちゃってるっぽい? へへへ、っちまうか」


 現世から化学兵器殺虫剤を多数持ち込んでいる。1プッシュスプレー、凍結スプレー、毒餌型、色々と持ち込んでみた。


「一番良いのはやっぱりワンプッシュだよな。何と言っても神経を阻害して興奮状態にすることで住処から出てきて死ぬというえげつなさ。うひひっ、これって発狂して逃げ場所から這い出ちゃって外で死ぬってことか……中々に猟奇的だぜ」


 自宅アパートのキッチンで多数発生したことがあり、色々と対策した経験がある。最終的に行き着いたのが定期的なワンプッシュだった。


「さて、いっちょ確認しましょうかね」


 スライムが飛び出してくることを想定。冷静さを失わないように深呼吸してから、そっと扉を開けた。


「…………!」


 震えながら、限りなく迅速に、限りなく静かに扉を閉める。閉め終わるとしゃがみ込んだが震えはガタガタと音を立てるほど大きくなった。


「ままま、待て待て待て、ななな何だありゃ……」


 あまりの衝撃に悲鳴も出ない。

 その部屋は壁という壁、床という床にびっしりと張り付いたスライム……という名のゴキブリで埋め尽くされていた。本来の壁の色は全く見えない程の密度。

 その時、隙間からゴキブリが三匹ほど同時に出てきた。


「ひぃーーっ」


 悲鳴を上げて立ち上がると、立ちくらみで視界が真っ暗になっていく。


(ダメだ……今は倒れちゃいけない……)


 頭痛と耳鳴りの中、気合いだけで意識を保っていると、幸いなことに視界が戻ってきた。


「はぁはぁ……何とか……耐え切った……」


 ここで気を失ったら、大量のアイツらが俺に寄ってくるかもしれない。そうなったら正気を保てる自信はない。じっと扉を見つめる。


「そうだよな……」


 ゆったりと出口に向かう。徐々に歩みを速め、最後には走り出していた。リュックの前まで来ると、一気にひっくり返して中身を床にばら撒いた。


「アイツらめ……見てろよ、目に物言わせてやる!」


 大急ぎで各種殺虫剤を拾い上げると、また先ほどの扉の前まで走って戻ってきた。


「ハァハァ、へ、へへへ、やってやるぜ!」


 頭の中は壁に張り付くスライム……いや、ハッキリ言おう。アレはゴキブリだ。壁や床に張り付いて蠢く無数のゴキブリの映像がしっかりと残っている。


「悪夢だ、悪夢を払拭するには全滅させるしかない!」


 燻煙剤くんえんざいタイプの殺虫剤の蓋を開けて缶に水を注ぐ。煙が出始めたのを確認したら、ドアをそっと開けて手榴弾の如く床を滑らせて中に放り込んだ。床のスライム達がザザッと蠢いたのが見えてしまい、全身に鳥肌が立ち血の気が引く。すかさず扉を閉めて安堵のため息を吐く。


「はっ、いかん!」


 慌てて扉と床の隙間に布を押し込んで隙間を埋めていく。少しだけ隙間を空けておいて、追加でそこからワンプッシュで一部屋のゴキブリがいなくなるスプレーを高速でプッシュすることにした。

 百回以上プッシュすると、やっと一本が空になった。


「はぁはぁ、これだから日本製は……八十プッシュ分じゃねーのかよ……」


 すかさずスプレー用に開けた小さな隙間も目張りしてしまう。何となく、扉の奥から音がしているような気がした。

 ここまでやって、床にへたり込んだ。


「これで……十分ほど待つとするか」


◇◇◇


 十分後、扉をそーっと開けてみる。


「悲しいよな……戦争って……」


 そこは、まさに地獄絵図と化していた。

 壁の色がしっかりと見えている。反対に床の上には無数の死骸が積み重なっていた。可燃ゴミ収集用の大袋が何枚も必要な量。見ているだけで精神を削られていく。


「も、燃やすしかないよな……」


 呟いた瞬間、死骸がキラキラと光り始めた。すると、大量の魔石を残して魔力のちりとなって消えていった。


(マリアさんなら、さぞ幸せな笑顔で魔石を拾いまくるんだろう)


 少しだけ幸せなイメージにホッコリする。そんなことを考えながら無言で数百個の魔石を袋に詰める。スライムの死骸千匹分が魔石一個。

 ここで考えていたこと。


(魔石の数は少なく見積もっても数百個。レベル一つ上がる迄に魔石一個出れば恩の字らしい。レベルが上がるには千匹倒す必要がある。ということは……)


 数十万匹以上。

 思わず、あの部屋に閉じ込められた自分を想像してしまう。身毛みのけがよだち背筋が凍る。


「ダメだ、あの数が魔力で突然現れる可能性だってある。急げ!」


 大慌てで魔石を掻き集めると部屋から飛び出て扉を閉める。扉へもたれてへたり込む。魔石の入った袋の重さが気色悪い。あたかも死骸が詰まっているようにも思える。


「うへぇ、帰るとするか……」


 リュックから毛布、寝袋や食料品を放り出して魔石を放り込む。背中に担ぐと肩に尋常じゃない重さがのしかかった。ヨタヨタと出口に歩いていった。

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