第十七話 思い当たる節は……あります その1

◇◇◇


 無事にリカバリ修復も完了し、関係者に完了報告をメールでばら撒くと会社を出て漫喫に向かった。平日の深夜、特に混んでるわけでもなく個室をゲットできた。椅子に座って最大限倒すと意識を失いそうに眠くなってくる。

 それでも油断するとまりんが瞼の裏に浮かぶ。その瞬間に体温が数度上がる気がした。


「ダメだ……まず寝よう……」


 そのまま寝てしまうことにする。目を瞑ると数秒で心地良く意識を失った。夢見はある意味最高だったが、最後のところで必ず目が覚めてしまう。都合三回のチャンスを逃したところで電車が動き出す時間になっていた。


◇◇◇


 悶々としてまともな思考もできやしない。かといって昼間っから呑気にビールなんて気分にもなれない。ずっとまりんの顔と声を思い出しながら部屋の中を往復していた。


『ねぇ、私の部屋に来る?』


 思い出すたびに立ち止まり、全力で他のことを考えるが、またイメージが浮かんできてしまう。


「あー……もしかして、もしかするのか?」


 ここで高校時代の悪夢を思い出す。良くある告白ドッキリ。しっかり引っかかって特大のトラウマが出来上がった。突然吐き気がするほどの嫌悪感に襲われる。


「くそう! こうなりゃマリアさんとミリアさんに癒してもらうしかない」


 前回と同様に置き手紙を胸に置いてベッドに寝ると、そのままに電話をかけた。


◇◇◇


 例の小部屋で目が覚めた。体調はすこぶる良い。流石は十歳ショタ。一眠りすれば身体の不調の全てが無くなる。


「老化の始まった三十代とは違うのだよ」


 目を擦りながら小部屋から出ていくと、美人のお姉さんが掃除をしていた。


「あら、おはよう」


 事務的ではない親しさを感じる明るい声に癒される。近過ぎない距離感には安心感も感じる。


「おはようございまーす」


 こちらも目一杯に明るい声で挨拶しながらお腹の辺りに飛び込む。柔らかな感触に顔を埋めながら細い腰に手を回してしっかりと抱きついた。あまりの感触の良さに意識を失いそうになる。

 絵面的には寂しい男の子がお姉さんに甘えているだけ。


(五体投地しても余りある癒しの力。素晴らしい)


「これが信仰の力なのか……」


 思わず『ショタ教』の教祖として教義を広める自分を妄想してしまう。


「えっ、何?」

「ありがとう! 元気出た」


 抱きつくのをやめて上目遣いに心の底からの感謝を言葉にすると、お姉さんの方も嬉しいのかしゃがみ込んで視線を合わせてくれた。睫毛の長い整った顔から発せられる柔らかな笑顔。


「いつも元気な頑張り屋さんね。でも気をつけて。ダンジョンは危険がいっぱいでしょ」

「うん。危なくなったら逃げるから大丈夫!」


 そう。第四階層でエリアボスと戦った、などと言ったら心配をかけてしまう。


「地図書くの得意なんだ!」

「そうなの。偉いわね〜」


 そっとこちらの頭を撫でてくれた。頭頂部から快感が全身を駆け抜ける。


(コレはダメだ。悶々としてたから一旦退避しないと色々とヤバい!)


 頭を撫でてくれている細い手を、更に細い手で払いのける。少しビックリするお姉さん。


「あらあら、恥ずかしくなっちゃった?」

「少しだけ……」


(興奮し過ぎて、なんて言えるかよ!)


 するとお姉さんは少しだけ寂しそうに呟き始めた。


「私ね、弟が故郷にいるのよ。私だけ魔力が顕現したからスカウトされて、この街に来たんだけど……もう三年くらい弟には会ってないの」

「そうなんだ……」


 弟、それはショタシチュエーションには必須のファクターだと思っている。受付お姉さんのポイントが鰻登りだ。

 少し横を向いて不埒なことを考えていたら、しゃがんだままそっと抱き締められた。顔が両胸の間に挟み込まれ、とんでもない柔らかな感触に埋められる。


「だから、また会ってね。ライトくん、あなた弟に似てるの。よろしくね」


 耳元で甘くささやくお姉さんの甘美な声色に一瞬意識を失う。気合いで『この場合のショタならどう行動するか』だけを懸命に考えると、導き出した答えは『こちらからもギュッと抱き締める』だった。

 自らの解答に沿った行動、つまり抱きつき返す。


「大丈夫。弟も僕も元気いっぱいだよ!」


 限界を感じる、主に下半身が。

 名残惜し過ぎるがお姉さんから身体を捩って脱出する。


「絶対に大丈夫! じゃあまたね!」


 ここは下半身の変化を見破られないうちに、早々に退避すべし。手を振りながら食堂の方へ小走りに駆けていった。

 お姉さんの表情が一層柔らかくなっていたように思えたので、いまがたの行動が正解だったと一人納得した。


「へへへ、精神的なサポートしかショタ側には返せるものはないからなぁ。そこは全力だ!」


◇◇


 そのまま食堂に駆け込むと、少しだけピリッとした雰囲気に満たされていた。見るとミーヤンとユイナが数名の野郎に囲まれていた。見るからにガラが悪い。


「俺達のパーティーに加入してくれよ。なぁ、二人がいれば百人力なんだ」

「で、私達にはどんなメリットがあるんだい?」


 ミーヤンが強い口調で返しているが男達は気にしていない。ユイナはこういう雰囲気が苦手なのか、じっと固まっていた。


「そんなこと言わずに、なぁ、俺達がサポートするんだ。ほら、一緒に第五階層へ行こうぜ」


 質問に回答せずに自分の意思を押し付ける輩は嫌いだ。幸せな気分が消し飛んでしまった。


「イヤよ。アソコはまだ大変なのよ。タケゾーが居ないと厳しいわ」

「そ、そうよ……い、行かないわよ」


 ユイナが震える声でミーヤンに同調するが、男達は引かない。


「二人がいれば大丈夫。さぁ行こうぜ!」


 下を向くユイナと睨みつけるミーヤン。無言の二人に苛立ち始める男達。


「おい! ついてこいって言ってるんだよ。言うこと聞けよ!」


 口調が荒くなってきた。調理場の店員達も心配そうに眺めている。周りの様子を一人が伺うと、どうやら俺にも気づいたらしい。


「見てんじゃねー! ガキ、あっち行けよ!」


 ここで俺に声を掛けてきた。


(ミーヤンとユイナも俺の存在に気づいた。なら介入しても変ではなかろう)


「何してるんだ?」


 声を掛けながら近づくと、一人が鑑定のポーズをしていた。


「レベル1だ。無視して良い」

「ガキは関係ねー! なぁ、ユイナちゃん、一緒に行こうぜ」

「イヤよ!」

「ミーヤンちゃんも、行こ――」

「――行くか、バカ」


 すると、男の一人が手を振り上げてそのまま座っているユイナの頬を平手打ちしようと振り下ろした。即座に反応するミーヤンが腕を掴む。


「何をする?」


 ギリギリと音がするほどだが然程痛がっていない。


(うひーっ、俺なら手首が砕けるぞ)


「ちっ、今日のところは引き下がるが次は容赦しねーぞ」


 三文役者の演じる悪役みたいな台詞を残して立ち去ろうとする。横を通る時、チラリと掴まれていた手首の色が見えた。


「あっ、手首真っ青じゃん……」


 思ったより痛そうな惨状に思わず小声で呟いてしまう。男は恥ずかしかったのかギロリと睨みつけるとそのままこちらを蹴り飛ばそうとした。

 しかし、逆に足が弾き飛ばされた。


「な、何しやがる……」

「ふんっ」


 それっぽい構えを取る。イメージは中国拳法だ。スキルは秘密にしていたい。


「ちっ、このガキめ!」


 大振りな剣を腰から抜こうとする。


「騒ぎはやめておけ。シャホを敵に回す気か?」

「……」


 ミーヤンとユイナが走ってきて俺の両横についてくれた。ここで形勢不利と判断したのか捨て台詞を吐きながら部屋から出ていった。


「大丈夫だった?」


 二人を気遣って声を掛けるが、何故かこちらを睨んでいる。ちなみにプンプンしてる顔も可愛い。


「あんた、レベル1のクセして喧嘩売るんじゃないよ。アレでも当たったら大怪我だよ」

「そうよー、スキルでもレベル差があり過ぎると効かないんだからね」


 ミーヤンとユイナは心配してくれているようだ。これも嬉しい。


「スキル差の話は重々承知ですよ。前回はこちらの方にとんでもない敵と戦わさせられたからね」


 ミーヤンを睨みつけるが既に横を向いていた。口笛を吹いて誤魔化そうとしている。


「それでも、効かなかったら死んじゃうんだから、気をつけてよ」


 ユイナは本気で心配してくれているようだ。レベル1の初心者が高レベルの冒険者に喧嘩を売るのは自殺行為とのこと。


(まだ、二人にも秘密だが、パリィだけはレベルを上げてあるのさ)


 防御スキルだから先にレベルを上げたかった。魔力消費が少ないので使い勝手が良い。レベルを上げるたびに魔力消費が上がってしまったら役に立たない。

 だから、魔力消費が2になるまで上げることにした。幸いなことにレベル40までは消費が1のままだった。調子に乗って2に上がってからもレベル50まで上げてみた。

 今はそこで一旦打ち止め。おっかなびっくりレベルを上げるのも限界だ。


(うへへ、その甲斐あって防御は大幅にパワーアップしたのだ)


 こちらが攻撃と認識している悪意のある攻撃に全自動で発動するようになった。そう、俗に言うオートスキルだ。当然無詠唱での発動。


(だからミーヤンの全力攻撃も理論上は回避できるはずなのだよ!)


 さげすんだ目でミーヤンを眺める。


「なんか失礼な視線を感じるんだけど……」


 今までの俺とは違うのだよ。とりあえず『ふふん』と鼻で笑うだけにしておく。バレットタイムも防御スキルと判断して、同じように消費が5のうちだけレベルを上げようとしたが、レベル2でいきなり消費が6になった。


(こちらは使い勝手が悪い。レベルを上げてステータスを強化しないとどうしようもないぞ……)


いさかごとも終わったんだ。早速ダンジョンにでも行ってくるよ」


◇◇◇


(そう、何はともあれレベルを上げないといけない)


「本当に良いの? ついてってあげるよ?」

「そうよ、あーしも一緒に行ったげようか?」


 二人してついてくると聞かない。


「ついて来てもいいけど第一階層だからね」


 二人して驚いた顔で顔を見合わせている。


「何でよ? あんなところ通り過ぎるだけでしょ?」

「そうよ、そうよ! 私のスキル見せてあげるから!」


 先ほどとのギャップに苦しむ。逆にお断りされた男達が不憫に思えてくる。とはいえ、これは譲れない。


「あと少しなんだ。完璧な地図作り」

「何で地図作りなんか――」

「――趣味だ」

「はぁ? 何それ?」


 女という生き物はロマンが分かってない。地図は全て埋めないと許されないに決まっている。


「不完全なマッピング……そう、空白の存在する地図に意義などあるのだろうか、いや無い」

「はぁ……」


 ロマンの分からない女達を置き去りにしてダンジョン管理事務所とは逆方向に歩き出す。慌てて二人ともついて来た。


「何処行くの?」

「決まってる。装備を整えるんだ」


 まず雑貨屋に入ってテントやランプ、鍋なんかを購入。そのまま食料品店へ足を伸ばして日持ちのしそうな食材をゲットした。


「で、何処行くのよ!」

「ダンジョンだけど?」

「何でそんなに色々持ち込むのよ。まるでキャンプでもするみたいよ」


 困惑するユイナと憤りを隠さないミーヤン。


「ダンジョン制覇の第一歩だよ」

「はぁ?」

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