第十五話 五人……いえ、六人で戦争よ その3

◇◇◇


「先週、突然に保守費をシステム部に打ち切られたの」

「この期中に?」

「これって……腹いせなのかなぁ?」


 一部役員とシステム部が結託してこの会社を乗っ取ろうとしている、なんて噂がまことしやかに流れてくる始末。

 パートの身分だから会社の上層部の動きなど割とどうでも良いが、それでも周りの皆さんが不幸になるのは気に食わない。


(それが俺のレゾンデートル存在意義だからな)


 片手を顎にニヒルな表情を決めたところで海がこちらを見つめていることに気づいた。


「……そうよね……通常運転はこんなんなのよね」

「な、何か失礼な物言い……」


 ここでマジマジと海の顔を覗き込んでしまう。ひっつめ髪にしているので、明るい肌色の中の大きな瞳が強調されている。思ったより長い睫毛に薄い唇。


(何で……こんな美人達に俺は囲まれるんだろう)


 太っていたのでイジメられていた小学生時代。それをどうにかしたくて部活で死ぬほど汗を流して痩せた中学生時代。油断して太った高校生時代。そして一浪までして何とか滑り込んだ大学を留年した大学生時代。

 思えば不憫な青春だった……いや、結構楽しかった。


(そうだ。なんだかんだと色んな経験をした)


 ドロドロの野良猫を洗って世話したり、中古の車で峠を攻めたり、そうそう、痴漢を撃退したことだってあった。結局取り逃したものの、電車の中で一人の女子高生を救えたのだ。


(とはいえ臆病な俺なんかは、野良猫の最後のように勝手に居なくなって皆が忘れていく。そんな最後が似合ってるよな)


 若干ハードボイルド風なことを考えながら目の前の美人を見つめる。


「おい、お前らキスでもするのか?」


 葵の冷めたセリフで我に返ると、目の前の海は両手を胸に組んで顔を真っ赤にして口をパクパクしていた。


「あの……えっ? し……四条……」

「ん……はっ!」


(しまった。これでは変質者だ!)


 慌てて二歩下がると流れるように土下座を開始する。


「すんません、調子に乗りました。セクハラで訴えないでください!」


 今の世の中、相手女性側がどう思うかで罪になるかが決まってしまう。つまりは生殺与奪を常に握られているのと同じだ。


「訴えないで〜」


 ふと気付くと憐れむような海と生ゴミでも前にあるかのような顔の葵。


「情けない、覚悟も準備もできてるのに……」

「全くだ。反論もなければ強引さもない。それが良いんだけど度が過ぎると興醒めだ」


 思いっきりバカにされてる気がする。


「んほんっ。あの、ほ、保守費が何だって?」


 咳払いして話題を戻すことにした。


◇◇◇


 いつものテーブルに三人。パートの皆さんは端末に向かって仕事中。カチャカチャと小気味良くキータッチ音が部屋に響いている。お茶の時間では無いので各自が自販機で飲み物を買っていた。


「そうなのか……年間保守の打ち切り、そこまで経費を圧縮しているのか」


 缶コーヒーを飲みながら呟くと海が憤慨しながら訴えかけてきた。


「そうよ。経理ソフトのライセンスまで打ち切ろうとしたのよ。課長通しで睨み合いよ!」

「お前の元課長、無茶苦茶だな。セクハラとかで飛ばねーかな……」


 葵も物騒なことを言う……が、大賛成だ。


「経理ソフトのライセンスよ。『お前は犯罪までして経費を減らすのか?』に『バレなきゃ犯罪じゃない』なんて返すの。それを押し通そうとするんだから、激ヤバよ!」

「結局、調達・経理連合軍に屈した形になったから、それはもう、面白い顔してたぞ」


 その場に居なくて良かった。葵はニヤニヤしているが、海は思い出したのか首をすくめて怯えている。


「影響は無いのか?」

「さぁな。経理部と調達部の基幹システムは死守したが末端システムまでは護りきれなかったらしい。あはは、正しくチキンレースだ。そろそろ影響が出始めるんじゃ無いか?」


 割と投げやりな感じで笑う葵。ハード故障が発生しようものなら阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵面じごくえずに早替わり。多少のコスト削減なんて吹き飛んでしまう。


(そんなことも分からないのか……いや)


「『分からずやる』より『分かっててやる』方が正しい。でも、今回は逆だ。悪意がある」

「はぁ? 四条、とりあえず生意気。罰としてシステム部に保守再開を交渉して来い」

「葵、それは殺生だよ〜」


 二人のやりとりを無視して海は心配そうに俯いている。


「海、何か心配事あるの?」

「うん。経理部にもがあるんだけど……」


 特急呪物とはこの会社の隠語で、重要だけど更新をケチっている古いシステムのことだ。



 古の先人達前任者が自らの血肉残業を犠牲に作成した古文書マニュアルに所狭しと貼られた呪いのお札注意書の付箋紙。大体は事務所の隅っこで埃に塗れて鎮座していて近付く者も少ない。

 毎年生贄新人護り人担当者として捧げられる配属される祭り障害の度に失われ退職してしまう。



(クラウド全盛の今となっては、まさに呪物!)


「SSSか……」

「その名を口に出さないで! アレのことを口に出すと壊れるから」

「そうだったな……アレはそういうものだ」

「アレ? 海、四条、何だそれは?」

「あ、アレは――」


 海が震えながら葵の質問に答え始めた。


「――アレは通称SSS。正式にはShime締めShori処理Systemシステム、この会社が誇る特急呪物古いシステムの一つよね」


 すると、珍しく葵の表情が曇った。


か……」


 自らの身体を両腕で抱いて震えを止めようとしている。


「アレはダメだ。昨年の祭り障害では我々も多大な被害を被った。締めが一日遅れただけで部員総出で徹夜して数字を作る羽目になった」

「そうよ。経理部もほぼ全員三日寝られなかった。両部で都合四名が失われ退職する大惨事だったわ……」


 海と葵がこちらを見つめてきた。美人二人の真剣な眼差し。

 何故か急に現実逃避したくなって不埒な妄想へと逃げ込んでいく。ライトショタになって神官服に身を包んだ二人海と葵の胸に飛び込むイメージで表情を変えずに妄想の世界に雪崩れ込んでいく。


(二人の控えめな胸に飛び込んで思う存分に甘えさせて欲しい……)


「バカ四条、お前、今、別の世界に行ってるだろ?」

「はっ! ミリアさんより控えめでも全然オッケー……あれ?」


 二人からジト目で蔑む視線を向けられる。


(あぁ、これはこれで……)


「ダメだ、バカ四条は放っておこう」

「ホント、昔っから真剣な話するとすぐにどっか行っちゃう。役立たず!」


 怯えていると、少し悲しそうな顔をした二人は部屋から出ていった。


「ふーっ……ヤバかった。セクハラ、パワハラ、モラハラ、もう何も喋りたくない。貝になりたい」


 二人の姿が見えなくなると、やるせなさや寂しさより安心感に支配される。


「さてと、パートらしく気楽に仕事するかな……」


◇◇◇


「って全然気楽じゃねー!」


 パートさん達が帰ってしまった事務所に一人。

 打ち込んでもらったデータに不整合が見つかった。原因を探していくと、パートさん達の入力ミスではなく、客先の担当者が仕様を分からないままに適当に数字を記入したことが原因だった。


「俺のせいじゃ無いのに〜」


 どこで修正すれば一番効率的かを関係者で打ち合わせした結果、データ転送する前に訂正することが一番効率的と決まった。


「交渉に負けた、とも言う」


 ここでデータ訂正をミスれば自分の責任だ。しかも、このミスは会社の業務に直結するのは重々承知のこと。


「ミスって部品の数が百倍、なんて発注になったら社会的に終わるぞ〜」


 軽口を叩きながら三箇所目のチェック。


「コンビニの誤発注じゃ無いからSNSに上げても誰も買ってくれないからな。よーし、送信っと」


 修正済みのデータを転送してから正しく受け取れているか確認する。問題は無さそうだ。


「では、帰るか……って、隣の部屋の雰囲気が変なんだよなぁ」


 帰り支度をまとめてから、隣の部署の様子をそっと伺う。すると、くだんのシステムの前に集まっている。


「おぉ。よもやよもや、お祭り障害ですかな?」


 夕飯に何を食べるか考えながら余裕ぶって隣の部屋に入っていく。


「うるさい! お前らが保守費をケチった結果なんだ。ツケは払えよ」

「はっ! どの口がそれを言う!」


 魔王岳まおうがたけ副部長と経理部の田中課長が至近距離で睨み合っていた。瞬時にしゃがみ込んで机に隠れる。


「……全く、上役には敬意を持ってもらわんと困るな。コレでは会社の風紀が乱れる」


 椅子の隙間から様子を伺うと、小馬鹿にするような笑みを浮かべながら踏ん反り返っている魔王岳が見える。凄い。悪役が似合い過ぎる。


「ライセンス違反みたいな犯罪行為を推奨していた奴が何を言うか!」

「何度も言った。バレなければ犯罪にならん」

「はぁっ?」


 流石にブチ切れている田中課長。しかし、それを受け流す魔王岳もある意味凄い。


「臆病者が無駄遣いしておいて勝手な言い分を並べるな。おいっ、腹は自分で切れよ!」


 無茶苦茶なセリフに二の句を継げずにいる田中課長。それを確認すると、満足そうに部屋を出る為歩き出した。


「おい、話は終わって――」

「――こちらの話は終わった」


 振り向き指差ししながら威圧する魔王岳。

 ここで大事なことに気づく。距離が十メートルほどしか離れていない上にコース的には自分のいる通路を通るかもしれない。

 瞬時に判断して無音で机の下に潜り込む。そして全力で気配を決す。もはや見つからないことを祈るしかできない。


「無駄な時間を過ごした。この件でシステム部の部員を煩わせるなよ!」


 同じ会社とは思えないセリフが間近で聞こえる。心拍数が跳ね上がるが、確認するために顔を上げることもできない。


「いいか、邪魔するなよ!」


 祈りが通じたのか魔王岳の声は出口の辺りから聴こえる。そっと目を開けて確認すると、既に出口にも姿はなかった。部屋の外から高笑いが聴こえた。


「や、ヤバかった……」


 これが続けば確実に来年の健康診断では不整脈が検出されるだろう。胸を抑えて脈を取りながら戻ってこないことを確認していると、部屋の中の全員がこちらを見ていることに気付いた。


「あっ、四条ってシステム部……だったよね」


 海の一言で数名の若い子がこちらに走り込んできて左右と背後に立った。


「えっ? ちょっと見に来ただけ。もう帰り――」

「――四条、助けて!」

「ぐぐぐっ……」


 女の子の悲痛な叫びに遮られたら、どんな状況でも負けることにしている。そして、この状況は負けるに値する状況だ。


「お、お力になれることがあれば……」


 曖昧な返事をしただけで、わぁっと軽く歓声が上がった。


(しまった……これは……多分、今日帰れないぞ)


――――――――――――


【特級呪物】

 古から連綿と続く祭具(パソコン)だが、幾つかの条件が重なると呪物となる。


・OSのサポートが切れる

・ハードの保守が切れる

・構築に携わった人が全員退職


 上記の呪物の中で、障害が発生して怪我人(徹夜)や死人(退職者)が出ると特急呪物として崇められるようになる。

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