第十四話 五人……いえ、六人で戦争よ その2
◇◇◇
昼前に着いたので、第6レースから参戦。今の所五連敗。賭け金は大体1レース千円ほど。既に五千円分の馬券がゴミ屑になっていた。
「くぅーっ、もう次がメイン。次こそ……次こそは!」
冷静になる為、外に出て芝生の広場へ出向いてみる。そこは屋内に比べると穏やかな雰囲気があった。ピクニック同様にビニールシートを引いてお弁当を囲む家族連れ。
(こういうのは……良いなぁ)
芝生の上を駆け回る子供達。和かに眺める母親と、今月のお小遣いのピンチを迎える父親。
「くぁーあっ、ちっくしょー、今度は負けねーぞ」
ビニールシートに座る女の子は場違いな迄に可憐なフリルいっぱいのワンピースを着て、つば広帽子まで被っていた。間違いなく避暑地の別荘の方が似合う。それなのに競馬場で悪態を吐きながら缶ビールを開けて一気に喉へ流し込んでいる。
(凄いモノ見させてもらってるな……)
CM顔負けの飲みっぷりに呻き声とゲップ。藤のバスケットからは無限にビールが出てくるようだ。何となく立ち止まって見ていると、女の子もふとこちらに視線を向けた。
「……あれ?」
「……えっ?」
互いに言葉が出てこない……が、どう見ても
「はっ! これは違うの……最初は違ったの……」
すぐさま青くなっていく。信号機ばりに色の変化が激しい。
(ほほう。揶揄い甲斐があるではないか)
無言でビニールシートの横に座る。真っ直ぐ前を向いてカタカタと震える音が聴こえるほど。
「ちがうのー……これは……」
無視して此方も缶ビールをビニール袋から取り出し、
「趣味が同じとは知らなかった。さて、戦績を聞こうか?」
「えっ?」
面白い顔になっていた海を無視して続ける。
「俺は
「……えっ?」
一人より二人の方が競馬予想は楽しい。
「ほれ、海は?」
「えっ? 単勝四十二倍の七番に一点勝負だけど?」
ニヤリとほくそ笑む。逆に海はビクッとしている。
「根拠は?」
「えっ……女の感――」
「――よし、ここは俺に乗れ」
少しの沈黙の後、何故かみるみる顔が真っ赤になる。
「いや、ねぇ、ちょっと早い――」
「――このレースは堅い結果になると思うんだ。だから七番を入れてもイイけど三着が精一杯だろ」
「あっ……
急に胸を撫で下ろしてる。しかし会社では大体パンツスーツに眼鏡で髪は雑に纏めて大人しい雰囲気だ。
今は豪華レースのロリータ風ワンピースに黒髪ロングで帽子と藤のバスケットという
「この趣味はアイツらには秘密なのか?」
「ひっ! 言っちゃダメよ。
うんうん頷く。
「じゃあ、これは俺達二人の秘密だな。あはは」
「二人の秘密……」
競馬仲間ができて大変愉快だ。
「三連複や三連単のフォーメーションは分かるか?」
「……分かんない」
怯えたように肩をすくめてそっとスマホの画面を此方に向ける。一着狙いしかしてないらしい。
「ははは。ほれ、貸してみろ。俺の予想と海の予想のハイブリッドでいこう」
堅いこちらの予想と海の穴狙いを混ぜてスマホに投入。こちらも海の予想を混ぜて購入する。
「また教えてやるよ。俺、教えるの好きなんだ〜」
ぼーっとコチラを見ている海。
「……まさか……二人きり……これは偶然よ……」
心なしか海も嬉しそうに見える。
(そうだよな。競馬はまだまだ男の趣味だ。さぞ寂しかったろう)
うんうん、頷いてから気分良くビールを飲む。気候も良く、飲んでも汗になるので酔う気がしない。
「あはは、正しくセレンディピティだよな。海もそう思うだろ?」
「へっ? せれん……?」
「そうだよ。セレンディピティ、『偶然の出会いがもたらす幸せ』って意味だよ」
「えっ……えーっ!」
メインレースの開始を告げるファンファーレが鳴り響く。拍手と歓声が否応なしに場を盛り上げる。
そう。
「偶然の出会い……幸せ……」
海は酔いが回ったのか幸せそうにヘラヘラし始めた。職場ではなかなか見られない顔だ。
「さぁ、発走したぞ!」
ボーッとしている海は放っておいて
「
「へっ?」
今回のメインレースは長距離二千四百メートル。二周目の最終コーナーからの直線が勝負だ。ゴール前は観客で激混みだが、最終コーナー前はまだまだ空いている。
「馬だって可愛い女の子は好きだろ。思いっきり応援するぞ」
久々の勝ちを拾えそうな状況にこちらのテンションも爆上がりだ。思わず海の手を引っ張って柵に近づく。
「えっ、かわ……えーっ、うひーーっ!」
海を柵の前まで誘導する。柵に両手を持ってかぶりつきの体勢を確認すると声援を飛ばした。
「いけーーっ! ほら、海も応援!」
「えっ?」
ふと海の顔を見ると、じっとコチラを見つめながらニヤけていた。絶妙に間抜けで面白い感じだ。
「ほら、馬見ろよ、7番!」
釣られてこちらもニコニコ顔で第三コーナーに差し掛かる馬達を指差すと、海もここで初めてコース上に視線を向けた。
「えっ……あっ! あれ?」
何故か『ここはどこ?』という顔をしている。
「応援!」
「はっ! 7番は……さ、サクラクルセイダー! がんばれーーー!」
初めて聞いたほどの海の大声。歌でも歌うような可憐な声だけど伸びやかで声の通りが心地良い。突然の美声に周りの視線が酔っぱらったロリータファッションの女の子に集まった。
「サクラクルセイダー! 絶対に勝っちなさーーーいっ!」
その瞬間、7番の馬の目に力が宿ったように見えた。最終コーナーを一斉に駆け抜けていく馬達はゴール前の歓声の中に吸い込まれていった。
「勝てるかなぁ? あはは、大声で応援するの気持ちいいね!」
女の子らしい元気な笑顔を無邪気にこちらに向けている。
(そうだよな。やっぱり
「じゃあ、7番の激走を讃える為に乾杯でもしようぜ」
「うん!」
何故か足を進めず右手をこちらに向けている。
「さっきみたいにエスコートしてくれないの?」
「へっ……?」
先程、高いテンションに任せて手を握って連れ出したことを思い出すと、今更ながらに恥ずかしくなる。
「いや、アレは……」
「んふふ。いつものヘタレね!」
踊るように回りながら先にビニールシートに向かう海。
「ほら、乾杯しよう。最終レースの予想も二人でしようよ!」
いつもの
(し、仕方ないじゃないか。狭いんだから!)
二人がビールの缶を合わせると、スタンドから
「おっ、結果が出たかな?」
ビール片手にスマホで結果を見ようとすると、近くの家族連れから声が掛かった。
「お二人さん、7番が一着だ。もしやと思って予想に乗らせてもらったから大儲けだよ!」
「えっ? えっ?」
二人してスマホで慌てて確認する。
「お嬢ちゃんの応援が効いたのかね。上がり最速でクビ差の一着だ!」
まだ海は呆然としていた。分からなくもない。収支が一気にプラスに早替わりだ。
「
反応が悪いので肩で肩を小突くと、やっと海に満面の笑みが浮かんだ。
「そうなの? 嬉しい!」
破壊力満点の笑顔でこちらに微笑み返す。服装も相まって息を呑むほどに可愛すぎる。思わず挙動不審になってしまう。
すると、すぐさま追い討ちをかける海。立ち上がるや否や後ろ手に小首を傾げてこちらの顔を覗いてくる。
「ほれほれ、ヘタレくん。どうしたどうした?」
「あ、あぁ。か、勝てて良かった……」
必死に横を見る。海の顔は俺の顔の三センチほど横にある。振り向いたら唇と唇が当たりそうな距離。
(いや、これは流石に誘ってるんじゃないのかな? でも……)
「海、座って12レースの予想をしよう。こんな楽しい競馬初めてだ」
幸せな妄想を数秒してから精一杯努力して冷静な声を出すことに成功した。
「……ふん!」
くるっと後ろ側を回って隣に座る海。ゼロ距離、体温を感じる。
「じゃあ予想しましょ!」
酔ってるからか距離が近い。
「
呟きながらスマホを操作すると、海が固まっている。
「どうした? 面白い顔で固まってるぞ?」
「紬ちゃん……酔うとどうなるって?」
びっくり顔だ。
(そうか、紬のヤツめ、酒に弱いこと黙ってるのか)
ニヤリとしながら密告。
「アイツさぁ、如何にも酒豪ですって感じじゃねーか。でも日本酒が好きらしいんだけど飲み始めるとすぐに酔っ払うんだよねー」
「ほほう……それで?」
海は持っていた缶ビールをぐいっと飲み干すと、すかさず藤のバスケットからもう一本取り出す。プシッと勢いよく音をさせると勢いよく飲み始めた。
「それで、大体は正体無くして飲み屋でもしなだれかかってくるんだもんな」
「ほうほう……」
「へへへ、酔って誰と間違えたか『好き好き』言われたこともあるんだぜ」
「はぁっ?」
「抱きつき癖でもあるのか、なんかすぐに抱きついてくんるだよな。セクハラになっちゃうから全力で離れたり、タクシーに押し込んだり大変なんだぜ……」
「……議題に追加……証拠集め……」
ボソリと呟きながらメッセージを誰かに送っている。
「ふーん。
何故か海の額には青筋が浮いている。
(あれ? 酔い……覚めてない?)
「お前達、まだ同期飲みの会議ってヤツやってんのか。仲良いなぁ」
「会議開催も年内いっぱいで終わり。来年からは五人……いえ、六人で戦争よ」
ここで海の両目がキラリと光った気がした。
怖い。
「そ、そそうか。今回の
「そうよ、ちょっと目に余る行動が多かったから、急遽
ニヤリとほくそ笑む海。
怖い。
「……それにしても紬までとは……」
「えっ?」
下を向いて腕を震わす海。生ジョッキ缶なので泡が溢れ始める。それをぐいっと一気に飲み干した。
「さぁ、楽しく予想しましょう! 来週も一緒に来ようね!」
「怖い」
◇◇◇
結局、奇跡の勝利はメインレースのみだった。それでも収支は余裕の黒字。来週も日曜は競馬デートとなった。
(えっ、やっぱりデートなの?)
今は家のテーブルで侘しく一人飲み直し。海は腕まくりしながら大股で反対方向の電車に乗っていった。よっぽど会議が楽しみなんだろう。
そこで気になるのは『六人での戦争』という不穏当なキーワード。背筋が凍るように震えが走る。
「まぁ……俺は関係あるまい」
そのまま、その日は寝ることにした。
◇◇◇
結局、月曜はダラダラと家で無為な時間を過ごして終わってしまった。出勤日を迎えてグッタリしてしまう。競馬場近くで購入した焼き菓子を持って出勤すると、パートさん達は大げさに褒めてくれた。
これで俺の自尊心が鰻登り。安いったらありゃしない。
「くそうっ、どうせ年中プライドのセール中だよ! あっ、
「うはっ、四条様……あっ……いえ、四条さん。今日の業務を開始しましょう」
「ん? えっ? あ……あぁ、よろしく」
ここ最近、何故か『四条様』と謎な呼び方だったので元に戻って安心していた。なんとなしに穏やかに見つめ合っていると、扉から海がひょこっと顔を出した。
「
「あっ、ま……
ニコッとする海。少し姿勢を正す陽葵は明らかに怯えている。
「んふふ、よろしい」
「は……はい」
ぎこちない感じで給湯室の方に歩いていった陽葵を見届けると、海にそっと近づく。
「お前らの
「女のトップシークレットよ」
「怖い……」
暫しこちらとも見つめ合う形になる。何となく海の目が潤んできた気がする。
(か、花粉症?)
モジモジする海を前にどうしたら良いか思案していると、今度は調達部の
(建屋が違うから程々に面倒だと思うが、仲がよろしいことで……)
「……ねぇ、
「――海〜?」
「ひっ!」
葵をふと見ると、昨日の海のロリータチックなワンピースに似た装いだ。両手を腰に仁王立ちで海を睨みつけている。
「海、何を言おうとした?」
「えっ、あっ、あの、えっと……そうよ、保守費の打ち合わせ入れたく……て」
「そうか。それならオッケーだ。議題が増えるかと思った」
「ひぃ〜、ご勘弁を〜」
いつもよりきっちりと纏めてひっつめ髪にしたパンツスーツに眼鏡の海。日曜の
「全く……海は盟約の通り抜け駆けしないと思ったから来年用に秘密兵器として授けたのに」
「あれ着ちゃうと別人になった気がしちゃって……ごめん!」
焦りながら謝る海を優しく見つめる葵。なんだかんだ言って仲は良いらしい。
「事情は分からんが、仲良くて何より。さぁ仕事しよう」
オドオドとこちらを見る海と、不満そうな葵。
「元ネタが偉そうに……」
「元ネタ……? なぁ、葵、どういう意味――」
「――五月蝿い! 黙って仕事しろ!」
何かを誤魔化された気がするが……分からん。所詮美人達の行動パターンは良く分からない。
(マリアさんに銀貨でも恵んでナデナデしてもらうか)
「四条、気持ち悪い顔をするな!」
――――――――――――
【競馬場】
最近はテーマパーク感が強いので、家族連れが多い。芝生で寝転んでビールを飲みながら馬が走るのを見るだけでかなり面白い。だから、弁当とビニールシートと良い天候が必須。
だから、雨の日の重賞レースに競馬場へ行くもんじゃない。ぬいぐるみ買うために二時間並ぶ、なんて羽目になるから。
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