第十三話 五人……いえ、六人で戦争よ その1

「やっちまったかも……」


 バラバラと手から滑り落ちる魔石。そして満面の笑みで拾い集めるマリアさん。


「レア魔石! すごーい、私へのプレゼントなの?」


 三人の視線がマリアさんへ一斉に刺さる。


「んな訳ない」

「マリア……また泥棒する気?」

「あはは、懲りないわね〜。二度目から刑罰で手首から落とされるわよ。気を付けなさい」


 立ち上がって慌てふためくマリアさん。


「やーねー、拾ってあげただけよ。それに一度目はプレゼントってことでチャラになってるから! 次が一度目よ」

「次やるんだ……」

「あっ……」


 こちらのツッコミに『しまった』という顔。


(欲望に忠実なポンコツの女の子は可愛い……)


 不貞腐れたような顔を向けるマリアさん。白い華奢な手から色とりどりの魔石を名残惜しそうにこちらの掌に溢れ落とす。渡し終えるとぎこちなく微笑みながら、そっと手を後ろに組んだ。

 そこで溜息一つ。


「ネコババもやめてくださいね。今日は凹んでるんですから」


 睨みつけるとギクっとしたマリアさん。小さな魔石を両手で握るようにして返してくれた。あざとく小首を傾げてニコリと微笑んでいる。


(そう。ホント、容姿は天使なんだけど中身は完璧にだもんなぁ)


「か、返そうと思ってたわよ!」

「泥棒のマリアは放っておいて――」

「何よっ!」


 ミーヤンが少し心配そうにこちらを見ている。


「――どうしたのよ。元気が無いわよ」


 魔石をポケットにしまってからもう一度溜息を吐く。


「やらかしちゃったんですよ」


◇◇◇


 シャホ内のカフェスペースに連れて行かれて事情聴取が執り行われることになった。円形のテーブルに俺、マリアさん、ミーヤン、ミリアさんの順番で座る。


「アイスティー三つと水一つね」


 ミーヤンが店員に叫ぶとマリアさんは寂しそう。


「私もアイスティー飲みたいな……」

「マリア、お金ないでしょ?」

「ぐぅっ……」


 本気感がないからイジメではなさそう。戯れあってる感じに見える。


(それでも……俺には耐えられない)


「皆さんの分も僕が奢りますから――」

「――きゃー、流石ライトくん! ほら、見なさい!」


 マリアさんに横から抱きつかれる。つまり横乳の感触を顔で味わえということだろう。正直、ドリンク代だけじゃなく、もう少し払っても良い。


「ライトくん、騙されちゃダメよ〜」

「やめてよね! 純朴なライトくんに変なこと教えないでよね!」

「いや、どちらかというとマリアの方が教育に悪いわよぉ……」

「ミリアー、あなたは味方でいてよー」


 こちらの頭を抱きながら、イヤイヤと首を振っている。柔らかな感触がブルブル動いて大変心地良い。


「ほら、ライトくん困ってるから。飲み物も来たよ」


 飲み物が皆の前に並ぶ。並ぶや否やマリアさんが一番に飲み始める。お金に汚く狡賢く意地汚い。


(それでも憎めない。俺の魂が悪人じゃ無いと言っている)


「こら、人のお菓子まで食べるな!」

「ミーヤンのケチ……」


 決して善人ではなさそうだ。


「で、ライトくん。何をやらかしたの?」

「ステータスと魔力消費についてです」


 すかさず興味を失うマリアさん。お金、飲食、アクセサリーしか興味がないらしい。ストローでブクブクして遊び始めた。


「スキルの魔力消費量が魔力の最大値より多くなっちゃって……」

「へっ?」


(おっと……あまり、全てを話すべきじゃないかな? もしかすると、何かの切り札になるかもしれない……)


「ボーナスポイントをスキルに注ぎ込んだら上がり過ぎちゃって……」

「消費が幾つで最大値が幾つなの?」

「二十四消費で最大値が二十です」


 そんなことで悩んでたの、そう聞こえるかのような顔でミーヤンが笑いだした。


「あはは、なーんだ。魔力使用量が二十四ポイントでしょ。一つレベルが上がれば使えるようになるわ」

「攻撃の手段が――」

「――それこそパーティー登録の出番でしょ」

「なるほど……」


 結局、地道にレベル上げすれば、まだ問題無いと分かった。

 ミーヤンがレベルアップを手伝う、と聞かなかったが『死にそうな目に遭うのは懲り懲り』と丁寧に断った。今度は普通にレベルアップすると決めていた。


「じゃあスライム討伐に行く? また隠し扉見つけて――」

「――今、見つけたら死ぬけどな」


 ウキウキのマリアさんだったがピシッと固まった。


「……」

「……」


 超必殺技が無ければただのニュービー初心者。今度も一撃が当たるとは限らない。


「あの時のマリアさん、本当にカッコよかったけどなぁ……」

「あっ! そ、そうよ。アレが私の本性なのよ!」


 急に胸を張って威張り始めた。


「本性って自分では言わないものよぉ」


 ミリアが呆れた顔で呟いている。ミーヤンはマリアさんの胸を指で突いている。


「男をたぶらかす魔性の女、が本性じゃないの? あはは」

「やめなさい!」


 それをじっと見つめる。


(それでも、あの時のマリアさんは俺の命を救おうとした。それは掛け値無しに美しい行為だ)


 ミーヤンと戯れてるマリアさん。こちらに振り向くと座ったまま両手をギュッと握ってきた。そのままこちらの耳に唇を近づける。


「前から凄く欲しかった魔法の杖が一個あって、小魔石一つ分なんだけど……ダメかな?」


 吐息混じりの熱い呟き。

 その瞬間、『おねショタ関係のマリアさんにメイド服を着せてから札束で頬を叩いてエロポーズを取らせる』妄想が一瞬で脳を支配した。

 首を数回振って正気に戻る。


「考えときます……(何を考えるんだよ!)」

「うん、考えといて!」


(えっ、考えて良いの……って、落ち着け俺!)


「またカモになるわよ」

「ミーヤン五月蝿い!」

「ほら、マリアはお金にだらしないの。気を付けてぇ」

「ミリアもそんなこと言わないでよ!」


 お金で本性を現す女性をたっぷり味わわされた。というわけで大金魔石は持ち歩くべきではない。


「銀行ってあるの?」


 ミーヤンに問い掛けると、一瞬気まずそうになった。


「あーっ……ここなの。ギルドが銀行もやってるわ」


 三人でマリアさんを見つめる。


「何よっ! 貯蔵庫の受付もしてるけど、仕事ではネコババしないわよ!」

「してたじゃん」

「俺の魔石をネコババして写経させられてたじゃん」

「マリア、反省しなさいよぉ」


 三人から厳しいツッコミ。狼狽えるマリア。だが負けない。


「こ、ネコババしないわよ!」

「認めやがった……」


◇◇◇


 結局魔石を一つ銀貨に換金した。金貨にするか悩んだが、相場を考えると今は銀貨の方が割りが良いらしい。そして、百枚の銀貨をアチラ現世界に持っていく手段もミーヤンが教えてくれた。


「このバッグに入れるの。それで血液を真ん中のタグに付けるとあなたの皮膚と同じ扱いになるらしいわ」

「ほほう。これは便利……って高いんじゃないか?」


 ミーヤンが笑顔で首を振っている。


「銀貨二、三十枚分かな。お古だから貰っておくれよ」


 確かに装飾付きの豪華なハンドバッグを自慢げに肩にかけている。


(それではありがたく使わせてもらうことにしよう)


「俺も新しいのを買ったら、ミーヤンを見習って新人にあげるようにするよ」

「はは、それが良いや!」


 魔石一個と銀貨百枚を鞄に入れてシャホの事務所に向かった。


◇◇◇


 窓口で『帰還』を申請すると、前回と違って持ち込み物品の検査があった。


「あら。銀貨と魔石ねぇ。転生者の皆さんはもっと派手よ。レア魔石や金貨を鞄いっぱい持っていったり」

「家でも買えそうだな……」

「ふふふ。確かにその方はアチラで豪邸を買うんだ、と言ってましたね」

「へー……」


(レア魔石が一日一個稼げれば……いや、魔石を毎日一個見つけるだけで……月収六百万?)


「では、アチラの部屋へ」

「はい」


 前回と同じセクシーお姉さんが担当となり、床に魔法陣の描かれた小部屋に案内される。今日の衣装も前回と同じセクシーローブだ。指示を受ける前から寝っ転がると、セクシーお姉さんがしゃがみ込む気配を感じた。

 チラリと横目で確認。


(残念。顔の真横ではなくお腹の辺りの横にしゃがんでいる)


 小さく失意の色が出たからなのか、お姉さんは片手を床につき頭を撫でてくれた。柔らかで滑らかな感触に癒される。


「それでは目を瞑ってください」

「あっ……はい」


 何かを期待してしまい、生唾を飲み込んでから目を瞑る。すると、ゴソゴソと横で動く気配がした。色々と期待しながら待っていたが、衣擦れの音が止むと何も音がしなくなった。


(何も起きない……)


 耳鳴りがするような静けさの中、小部屋に美人と二人きり。そーっと目を開けると、お姉さんの顔が真横にあった。


「うわっ!」


 何故か横で添い寝してくれているセクシーお姉さん。長い睫毛と優しい瞳。そのまま顔を動かして、艶っぽい唇がオデコに触れた。間近に迫る細く真っ白な首の生々しさに正気をほぼ失う。


「餞別ね」

「あっあぁ、お、お姉さん!」


 抱きつこうと決心したところで、お姉さんはすっと立ち上がって悪戯っぽく微笑みを向けた。その様は正に天使。


「ふふふ、それじゃあ元の世界に一時いっときだけ戻りなさい」


 艶やかな舞が始まると同時に強烈な眠気が襲う。


(このダンスを最後まで観覧しきって拍手で讃えてから送って欲しいものだ……)


 前回と同じく眺められたのは数秒で、そのまま意識を失った。


◇◇◇


「……見知った天井」


 自分の部屋のベッドの上。

 四十八時間滞在なのでこちらの世界では七時間ほどが経過している。身体を起こすと胸の辺りから手紙が床に落ちた。それを摘んで拾うとテーブルに投げ捨てた。


(遺書かよ……)


 土曜日の朝に部屋の掃除をしてから「死んでないし、そのうち起きる」と手紙を認めておいた。カーテンも閉めていたので部屋は薄暗かった。立ち上がってカーテンを開けるが、既に夕暮れ時。


「明日も明後日も休みか……」


 念の為、月曜はシフトを入れなかったので休みはあと二日。


「腹も減ってないし……寝るか」


 開けたカーテンを閉めると、もう一度ベッドに入った。


◇◇◇


 早朝、流石に目が勝手に覚める。


「俺……何時間寝れるんだ?」


 たっぷり十二時間の睡眠。肉体は疲れていなくても、精神はジェットコースターのように乱高下した為か疲労困憊だった。たっぷりの睡眠をとって回復すると、今度は強烈に空腹が襲ってきた。


「よし、独身男性を舐めるなよ。がっつりズボラ飯、いくぜ」


 市販のソーセージの袋に少し穴を開けて、徐にレンジに突っ込む。そしてカップラーメンを汁少なめで作ってチーズを無駄に放り込む。それにウインナーを全部乗せて、胡椒をかけまくる。


「よし、パーフェクトカップ麺の完成だ!」


 テーブルに移動しようとした瞬間、流し台に居る『黒いヤツ』と目が合った。


(このタイミング! しかし、今までのオレとは違う)


「バレットタイム!」


 カップ麺を置くと同時に左手で新聞紙を取る。それを瞬時に纏めて武器を作ると、間髪入れずに流し台のヤツに打ち下ろす。

 直撃すると、アッサリとヤツは沈黙した。


「ふははは、一人コントでカップ麺をぶち撒けるような醜態は晒さんよ!」


 ここで重要なことに気づく。


ここ現世でもスキル使えるんだ……」


(パリィとか使えるんだ。蝉や黒いヤツが飛んできても跳ね返せるんだ!)


 虫が嫌い(てんとう虫までは触れる)な俺としては大変有り難い。他にも考えれば有効活用できそうだ。

 カップ麺をテーブルに置いて、ふと、掌を眺める。真空龍打掌、人に使えば間違いなく……考えてしまい身震いする。


「いや、包丁を持っていても人は刺さない。それと同じだ……」


 カップ麺を一気に啜る。脳がバグるほどの旨味。一気に幸せが押し寄せる。


「よし、まずは換金だ!」


 暫し食と向き合うことにした。


◇◇◇


 前回も来た繁華街の貴金属買取店。開店と同時に入店すると、早速買取カウンターから個室に案内される。トートバッグから百枚ほどの銀貨が出てくると、店員の目が光った気がした。


「実家の蔵には、まだ沢山ありそうなんですよね……」

「そうなんですか。なんでしたらお伺いして他の物も鑑定しますよ」


 数枚手に取って確かめると満足したのか満面の笑みだ。テンションも高い。


「ははは、また何か見つけたら、すぐに持ってきますよ」

「んー、それでは、高価買取しますんで、また御贔屓にお願いしますよ」


 圧が凄くなってきた。辟易していると、ここで逃してはいけないと思ったのか、まずは札束を準備し始めた。手数料込みで三十七万の現ナマ。見ているだけでうっとりすると、その間に高速で百枚の重さを測っていく。

 比重で判断しているんだろう。計り終わると満足そうに見積書を書いてくれた。


「折角ですからタンス預金で生活費や遊興費として使うのをおすすめですね。下手に預金すると何処からともなく税務署が飛んできますからね」

「ほほう……怖いな」


 トレイの上の札束を財布に押し込むと、人としてのレベルが上がった気がした。


(未だにレベル1だけどな!)


◇◇◇


 大金を手にしたので豪遊といきたいが、あまりアルコールは得意じゃない。そうなると『肉』なんだろうけど、あまりピンとこない。


「では……」


 いつも暇な時に遊んでいるスマホゲームのガチャを五千円ほど引くことにした。


「やった! 牝馬三冠サクラマカロンをゲットだ。これでランクSSSを狙え……る……って」


 スマホをベッドにポイっと投げ捨てる。引くか引かないかでたっぷり一時間悩んでから初めての課金。しかし、あまり興奮しなかった。


「ダメだ……休みは、まだ二日あるんだ……えーっと……よし、!」


 ベッドに投げたスマホを拾い直すと、再び出掛けることにした。たっぷり二十分歩いて駅に到着する。


「タクシー乗れば良かった」


 ケチな自分に嫌気がさしたので、二十分ほどの区間を奮発して特急の指定席を買うことにした。しかし特急に乗るためガラガラの快速を見送る羽目になる。


「くぅっ……四百円払って次の電車……」


 しかし、目的の駅までで快速を抜き去ってくれた。そんなことでしっかり溜飲が下がることに、また自己嫌悪してしまう。駅を降りたところで、テンションはダダ下がりだった。


「はぁ……おとこなら、やはり『呑む、打つ、買う』だよな」


 駅を降りると、そこは競馬場の正門の前だった。

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