第十二話 前世のことは言わんで良い その3
「無理ゲーだろ!」
目の前で二メートルを超える何かが唸り声を上げている。だが見えない。人の形に空間が歪んでいるので、そこに何かが存在すると分かるだけだ。
その瞬間、空間の歪みが右の方に移動した。辛うじてその何かを見据える。
「目を離したら……終わるぞ、コレ」
右に左にと素早く動く何かを警戒しながら見据えていると、突如、歪みが大きくなった。
(
後退っても歪みはどんどん大きくなる。何となく獣臭を感じたところで、唸り声が近くなり、いよいよ歪みの動きも激しくなった。
「分かんねーよ! パリィ!」
歪みは右側に見えた。しかし左手が衝撃と共に大きく弾かれた。しかし右の方の空間の歪みも止まらない。
「パリーィ!」
こちらの攻撃予測のタイミングと一瞬ズレはあったが、何とかガードキャンセルの判定は残っていたらしい。右手が背中側に弾かれて肩からグキッと変な音がした。
(激痛っ!)
涙が出る。右手が千切れたかと勘違いするほどの衝撃。あまりの痛みに思わず頭が酷く冷静になった。
「肉弾戦かよ……全部ガードしてやるぜー!」
強がる。こうなると、スケルトンを倒した成功体験に縋るしかない。右手をゆっくり動かして痛みはあれど動くことを確認する。タイミングをじっくり見計らう。
(うぅ……正直もう帰りたい)
ミーヤンへ恨み言を言うまでは死ねるかよ、そう思うことにした。
(そうだ。こんなとこに置いてきぼりだ。それ相応のお仕置きを受けてもらう)
想像がエロい方向に傾く。
「へへへ、陵辱モノ肯定派にでもなるか?」
ニヤリと笑みをこぼすと、それを合図に再度空間の歪みの動きが激しくなった。右に左にと激しく動き始める。
(大体こういう時は突拍子もないことをしてくる筈)
その瞬間、歪みが消えて綺麗に地獄の風景が見えた。
「バレットタイム!」
顔を上に向ける暇もない。体勢を低くして一気に前に駆け込む。緩やかに動く時間の中、獣臭を上から感じた。
「超必殺、真空――」
時間の進みが戻り始める中、叫びながら何かを通り抜ける。振り返ると間近に空間の歪みが有った。痛みを無視して右手をそこに突き出す。右手の先に感じるのはブラシのような感触。ゾワっとしたが更に一歩踏み込んで手を突き出すと、その奥に有機的な温かさを感じた。
「――
刹那に掌から力が放出されて『どんっ』と衝撃を感じた。
掌の前の歪んだ空間が紅く色付き始めると、血で薄汚れた灰色の毛並みが見えてくる。そこには二メートルを超す狼のような魔物が背を向けて立っていた。掌を外すと、まるで丸く空間が歪んでいるかのように反対側の風景が見える。
「ヒュー、穴空いてんのか……」
口笛は苦手なので口で『ヒュー』と言う。
自分で言うのもなんだけど、超必殺技の威力は凄い。脇腹にパックリと穴が空いて血が噴き出ている。近接専用だが、レベルに似合わないダメージを叩き出す。
ここで、二本の足で歩く巨大な狼は、ゆっくりとこちらに振り返った。
(死んでない……これは……こっちが……死んだな)
「……は、ハロー」
至近距離で向かい合う中、片手を上げて和かに挨拶する。混乱の中で最後の強がりだった。その瞬間、普通に殴られた。
「パ――」
間に合わず。壁に吹き飛ばされた。その瞬間、狼もどきはジャンプしてダンジョンの奥の方に飛んで行った。そして直後に飛んできたミーヤンの蹴りに
「ライトー、ごめんごめーん。弾き飛ばされちゃった……って、どうしたの?」
俺の目の前に降り立つ余裕綽々の魔法少女。声優みたいな呑気な声を聞くと、俺はあっさり気絶した。
◇◇◇
「見知らぬ天井……」
(いや、知ってる。治療院の天井だ)
ベッドの横にはミーヤンが椅子に座ったまま、うつらうつらと船を漕いでいる。
(このシチュエーション、おねショタじゃなくても定番で萌えるシーンだが……実際に死に掛けると思ったより興奮できないのは発見だな)
元気印の美少女が横で目を腫らして疲れて眠ってしまっている。それは確かに尊い。しかし、身体中の痛みと身震いするほどの恐怖。思い出すに連れて怒りがグングン湧いてくる。
じっと見つめていると、パチっと目を開けた。こちらが顔を起こして自分を見ていることに気づくと、顔を思いっきり近づけてきた。
(十五センチ以内は――)
そのまま抱きつかれた。
「ライトくん! 本当にゴメン。まさかエリアボスがアンタに向かうとは思わなかったの。良かったー」
「あ、あぅ、ああぁ……」
泣き声に呻くことしかできない。同年代の女の子に抱きつかれた経験は勿論皆無だ。
(あっ……大学の時に同期の奴らから何度か揶揄われたな……)
これもトラウマの一つ。女性への苦手意識が指数倍的に加速した。とはいえアイツらも全員三十路手前の彼氏なし。
「ある意味、アイツらも天罰を受けているということか……」
「はっ? 頭おかしくなっちゃった?」
「違う。ただの独り言だ。それより、何か伝えなきゃいかんことがあるんじゃないのか?」
吹き飛ばされる前、この女は明らかに何かのやらかしに気付いた気がした。ジロリと顔を見る。目を伏せると少し肩を落として床に正座し始めた。
そのままスムーズに土下座へ移行。
「ゴメン! パーティー登録忘れた!」
顔を上げると両手を合わせながら片目をバチコーンと瞑り舌をぺろっと出した。
溜め息しか出ない。
「じゃあ……あの死にかけた戦いの数々……」
「経験値は1ポイントも入ってない」
「えっ、1ポイントも?」
「そう。私が全ての止めを刺したから」
「お、おぅ……」
死にかけて全額控除。前回の九十八パーセント控除が可愛く思える。すると、ミーヤンはベッドに置いていた右手を優しく開くと、数個の魔石をじゃらっと置いた。
「これはお見舞いだから全て受け取って。少し光り方が違う大きな魔石がエリアボスのもの。通常の魔石の十倍の価値はあるよ」
じっと見ると、中で光が蠢いている魔石が一つあった。なるほど。価値が高そうだ。
それはそれで置いておいて、労力が全てパーになったことに気落ちする。
「はぁ……しかし疲れた……あっ、回復――」
「――マリアさんに回復させたからタダだよ」
マリアさんとミリアさんが痛いところを撫で回すのを想像する。
(これはニヤニヤが止まらん。よし、もう少し二人に追加で撫でてもらおう)
「じゃあ、意識を取り戻したことを伝えてくるね。ちなみにニヤニヤ気持ち悪いよ」
「うるさい」
ミーヤンが部屋から出ていくと、目を瞑ってベッドに横になった。すると、変な数字が瞼の裏に映っていることに気付いた。
「んー? 1,125ってなんだ?」
◇◇◇
「ライトくん、『謁見の間』で神様との面会があります」
神妙な顔をしたマリアさんの口から出たセリフがそれだった。
「はぁ……」
治療後の検査で問題無しとなり受付まで出向くと想像通りにマリアさんが居た。治療のお礼を言いに近づいたところで先ほどのセリフだ。
「急遽、伝えることができたんですって……何したの、ライトくん?」
「知りませんよ!」
ビクッとなるマリアさん。流石に不安で語気が強くなってしまう。
「でも、悪いことじゃないと思うわ。悪いことだと大体は女神様からの呼び出しだから」
「うわっ、それもキツイですね……」
受付の横の通路を通って謁見の間の前に来ると、ミリアさんとミーヤンが居た。二人とも深刻そうな顔をしている。
「アンタは悪いことしてない。しっかりね」
「ライトくん、気持ちを強くよ〜」
(何だろう……評価面談前みたいな感じ……しまった……トラウマを思い出しちまった)
飛び切りのトラウマ映像が頭の中をループし始め震え出す。叫びたくなるほどの嫌悪。
「い、行ってくる」
「「がんばってね〜」」
ギクシャクしながら扉を開けると、そこには例の神様が居た。
「わしゃ神様じゃ」
「……捻りはないんだな」
ニヤリとする自称神様に少しだけ安心する。ここで神様は頭をポリポリ掻き始めた。
「全く……変なチート技を作らせるから、ややこしいことになってしもうた」
「はぁ……」
どうも少し困っているらしい。白いローブに白い髪と白い髭の大男の外国人。イメージ通りの神様。
「そりゃイメージが具現化されとるからな……」
「そうだった……考えるとバレるんだったな」
ニヤリとする神様。
「そうじゃよ。さて、お前は比較的冷静に物事を考えられるし、この世界の仕組みを多少はうがった目で見ているようじゃ」
「はぁ……」
褒められてるかは分からないが、感心しているように感じた。
「なので正確に事態を共有しようかのぉ」
「はぁ……」
「お前の瞼の裏に数字が出ているじゃろ。スキルレベルアップのポイントじゃ」
この『1,125』のことしか無いとは思ってはいたが、正解だったのでホッとする。
(これは流石に俺の責任範囲から外れている)
「スキルレベルのみを上げることができる隠しボーナスポイントじゃ。ステータス強化には使えん」
「ほほう……」
これは楽しくなってきた。キャラメイクやスキルツリー選択は大好物だ。キャラメイクで二日間徹夜したのは良い思い出だ。
「普通にレベルを上げるとステータスとスキルレベルのどちらかを上げることができる5ポイントが付与される」
「ほほう……」
そんなモノが千以上? それは……まるでバグだ。
「そうじゃよ。新規作成したチートスキルを使った特殊なプレイで計算式の隙をつかれた形じゃな」
「ゲームかよ」
一応ツッコミを入れておく。
「通常はナーフ後に詫び石配布で終わりじゃ」
「ゲームかよ!」
「そうじゃ。チートスキル一つのために世界変数をイジるのは影響範囲の調査だけでも工数が膨大にかかってしまうからのう……」
「プログラム改修かよ!」
「それにポイントのダイレクト修正は監査に引っかかる。上級神の承認が必要だが上級神は出張中で押印が貰えんのじゃ」
「おい、面倒だな、この世界も」
「というわけで、今回のパターンだけを特例とすることにしたんじゃ」
「ラッキーっぽいのか? ところで何があったんだよ?」
こちらをじっと見つめる神様。
「まぁ良い。スキルボーナスはそもそも隠しボーナスじゃ」
「バグの温床っぽいな」
「うるさいぞ。えーっと、敵とのレベル差の三乗の十分の一がスキル経験値に加算される」
「ほほう……」
「想定していたレベル差は5程度じゃ。それ以上は普通は攻撃が通らないし、そもそも戦えば死んでしまう」
「スケルトンの時は――」
「――アレも大変じゃったな。レベル差は7じゃ。それでも三割り増しのボーナスじゃよ」
「アレでかよ。ケチ臭いな……」
「そうじゃ。影響など出ない筈じゃった」
少し寂しそう。自分の作った自信満々のプログラムにバグがあった時みたいだ。
「ん? 今回は?」
「お前がミーヤンと一緒に行った第四階層は大体敵のレベルが四十から六十じゃ」
「無理ゲー……」
「パーティー登録を忘れなければ、最初の敵を倒したところでレベルが十は上がる。想定ならレベル三十を超えとるじゃろう」
「なるほど……アイツのドジのせいでレベル1のままだもんな」
「そうじゃよ。レベル差四十九でボーナスは一万一千七百六十四パーセント増しじゃ」
「……バグじゃん」
「想定しとらん」
地獄絵図を思い出す。
「そうだよな。ありゃミーヤンが悪い」
「そうじゃな。ミーヤンが悪い」
二人で笑い合う。
「じゃあ適当にレベル上げれば釣り合うだろ?」
「あれだけのスキルボーナスじゃ。普通に稼ぐにはレベル二百オーバーじゃよ。そんな勇者はまだおらん。ほほほ、励みなされ」
「えっ? 最大レベルは幾つなの?」
「九十九……じゃけど人類最強で八十代じゃ」
「えぇ……」
(スキルだけは人類最強……これは燃える!)
早速スキルレベルを振ってみる。真空龍打掌に軽めに五十ほど振ってみた。
「スキルを振りすぎてはいかん……いや、何でも無い」
「えっ……何故?」
「……魔力使用量の増加はレベルに合わせたものにするんじゃぞ、と言おうとしたんじゃ」
魔力使用量……二十四ポイント。
「あれ? 俺の魔力最大値二十だけど?」
「話を聞かんからそうなる……」
「えっ?」
「地道にレベルを上げることじゃ。ほほほ」
「えっ?」
すすっと追い出されると、姦しい三人がやってきた。
「どうだった?」
「ねぇ、大丈夫なの?」
「アンタ、何言われたのさ……」
ぼーっとする俺。
「やらかしたかも……」
――――――――――――
【ダイレクト修正】
データやプログラムの修正は今の世の中、大体勝手にできない。銀行のプログラム変更で一円に満たない小数点のお金を集めてみたら年間で数億円をバレずに着服できた、なんて事例もある。
なので、『こんなこともあろうかと!』と謎の処理を突然出したら凄く怒られる。
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