第十一話 前世のことは言わんで良い その2

「じゃあ、ダンジョンでも行こっか!」

「……はいっ?」


 急な展開に少し焦る。でも慣れた人の流れを学ぶのは重要か、と思い直す。こちらが思ったより割に合わないことをしている可能性もある。


「えっと、ライトくん。シャホのダンジョン管理事務所はどっちだっけ?」

「右手をまっすぐ行って奥の突き当たりですけど?」

「あっ、そっかそっか、失敬失敬!」


 自分の選択を少し後悔する。


(この世界、コイツも素人だった)


「はーい、元気? あっ、リナさんもね。えっ、お菓子くれるの? はい、ありがっと!」


 しかし見た目のイメージ通りに明るく挨拶している。俺が愛想が良かったのはお姉様限定だ。


「ほら、アンタも挨拶しなさい。明るい良い子には、皆んな協力的よ」

「な、なるほど……」

「んふふ、今日は内気な弟ってことにしても良いけどね! あははっ」


 ここで思い出したのは、既に退社したパートさんのこと。娘さんとくっつけようと画策されたことがある。その時もやたら身内感を出された記憶がある。

 そもそも今も見た目だけでいえば立派な『おねショタ』なんだが――


「ほら、ライト! 皆さんに挨拶しなさい!」


――裏のオバさんをしっかり感じてしまう。


「そうだな……注意しよう」


 精神的にも甘々じゃないと許せない。


はもっての外だ。NTR寝取られなんて滅びてしまえ!)


「そうだ、これは断じておねショタでは無い」

「はぁ? 何言ってんの」

「いえ、気合いを入れただけですよ」


 無視して事務所に突入すると、ザワっとした雰囲気を感じた。


「……ライトくん……」

「アレが……スケルトン……」


(ほほう。俺が噂になっているわけですな……)


 両手を胸に目をキラキラしている女の子も居た。何となく覚えている。スケルトンを目の前に失神していた子だ。


小童こわっぱ、確かライトとか言ったな。お前は命の恩人じゃ。ほんに助かった」

「そうよ。正直あそこで死ぬと思ったわ。後でご飯奢ってあげるわね!」


 ジジ様とババ様に取り囲まれて頭を撫でくりまわされる。これも範囲外だ。まぁ気が済むまで撫でさせるくらいの余裕はある。


「ライトくん! あ、ありがとうございます!」


 ここでモジモジしていた女の子が意を決して声を掛けてきた。ニヤニヤの止まらないミーヤン。ドキドキロマンティックな雰囲気が堪らないんだろう。


(だがしかし! 守備範囲から外れている)


 ミーヤンをじっと見る。お前もダメだ。


(そうだ。年上幼馴染も無論オッケーだ。しかし未成年、同い年や年下なんてもっての外。それはただの○リ、いや、ひよこ……えっ? つ、つるぺた? いや何でも良い、違う、全て悪い。答えはNOだ!)

 

 髪の毛をかきあげながら無意味に横を見る。


「無事で良かったよ。気にしなくて良い」

「は、はい!」


 憧れの眼差しの中、颯爽と受付に向かう。そこにはいつものセクシーお姉さんがこちらを見て手を振っていた。


「ミリアさん! お久しぶりです」


 カウンターがあるので抱きつけない。いや、ミーヤンがいるので迂闊な真似はできない。でも身体は全身で嬉しさを表現している。自然とカウンターに両手をついてピョンピョン飛び跳ねていた。


「んふふ、いつも元気ね。おはようライトくん」

「おはようございます!」


 人はなぜ嬉しいとピョンピョン飛び跳ねるかって?


(釣られてピョンピョンしてポヨンポヨンしてくれないか無意識に期待しているのだよ!)


 心の中で一人禅問答をしていると、背後から女の子達の少しだけ恨めしそうな声が聞こえてきた。


「や、やはりミリアさんとマリアさんがライバルね……」


 その声で思い出す。


「そうだ。マリアさんは?」


 回復や鑑定のスキルについて聞きたかった。将来取るべきスキルだと想定していたから。だからメリット・デメリットなんかを確認しておきたい。


「もしかしてスキル取ったから栄転とか……じゃない?」


 ミリアさんが困った顔をして隣の『懲罰部屋』を見ていた。近付くと部屋の中からシクシク声が聞こえる。ミリアさんに顔を向けると小首を傾げながら「どうぞ」と言ってくれた。

 そっと入ってみる。


「うえーん、こんなの終わらないよ〜」


 そこには正座して山と積まれた経典を書き写しているマリアさんが居た。


「な、何を……」

「マリアねぇ。シャホの規定で罰として写経百冊を課せられたのよ」


 唖然としてドアを開けたまま固まっていると、ミリアさんの声に気付いたマリアさんが正座したまま素早く目の前に移動してきた。


「ライトくーん、ごめんなさーい」

「ど、どうしちゃったんですか?」


 土下座を繰り返すマリアさん。一瞬慌てるが、ミリアさんを含めて皆さんは、さも当然という態度を崩さない。


(ということは……)


「マリアさん――」

「はいっ!」


 また何かやらかしたな!


「――今度は何やったんですか?」

「ごめーーん……」


 ここでマリアさん、顔を上げずに懐から赤い宝石のようなものをそっと出してきた。


「これは……?」


 マリアさんは震えているだけで黙ったまま頭を上げようとしない。


「魔石よ。スケルトンくらいの魔物を倒すとね、稀に出てくるの。魔石は与えたダメージに従って分前が決まるのよ」


 呆れながらミリアさんが説明してくれた。


(ダメージによって決まるとなると、大凡――)


「――二百分の一ですね、マリアさんの分前」

「ライトくん、計算はや〜い」


 ニコニコ顔でこちらを煽てて誤魔化そうとする魂胆が見え見えのマリアさん。もしかして性悪ダメ女なのかな?


「それを気絶しているうちに懐に入れたんですか?」

「うぐぅっ……バレないと思ったの……」


 正直者……悪い子じゃないんだけど……ポンコツなのかなぁ。


「……魔石の価値は?」

「っ! あの……あの……」

「金貨一枚分よね、マリア」

「は、はいっ!」


 百時間分のネコババ。現世の価値でざっと三十万。そこそこの重罪だ。


「盗みは全額返しても、被害者の赦しがないと牢屋行きなのよね、マリア」

「ひぃーー……お助けをーー……」


 それで震えてるのか、と納得する。軽蔑した眼差しでも向けてやれば良い。それは分かる。

 それでも、哀れに思ってしまう。


(自分が虐げられるのはある程度我慢できる。でも自分の為に苦痛を感じている人が存在するのが我慢できない。人が困っているのを見て喜ぶヤツの気が知れない)


「それはNTR肯定派の考えだ……」

「えっ……ライトくん……」


 頭をぽりぽり掻きながらそっとしゃがみ込む。


「マリアさん、あなたは命の恩人だ。報酬の分前わけまえについて話していなかった」

「はへっ?」

「三分の一、受け取ってください」


 三ヶ月分なら婚約指輪……そんな言葉を聞いたことがある。三分の一ならお礼に丁度良い。


「もう悪いことやめてくださいね」

「……あ、あぁ、ライトくん! ありがとーー!」


 一件落着に拍手が鳴り響く。

 凄く嬉しそうだ。ダメ男が女に騙されただけかも知れないが、それでもあの瞬間、命を賭けて護ろうとしてくれたのを忘れることはできない。


「ありがとーーーっ!」


 そして、熱烈に抱きつく張りのある柔らかな膨らみの感触を忘れることなどできるだろうか、いや、できない。


「あっまいわねー、ライトくん。マリアみたいな性悪女に騙されないように注意しなさいよ」

「そうよー。マリアなんかに騙されちゃダメよー」


 ミーヤンとミリアはなかなか厳しい。すると、抱きついたままパッと顔だけ向けて二人を睨みつけるマリア。


「うるさい! もう許してもらったんだから良いでしょ!」


 早速少し後悔した。


「マリアさん、ダンジョン行きたいんですが……」


◇◇◇


「ミーヤン、あなたの実力は知ってるけど……ライトくんはレベル1よ?」


 第四階層に行くと書かれた申請書が目の前のカウンターに置かれている。


「私が居るから大丈夫よ。ねーっ!」


 全く分からない。これからどこに連れられて行って、そこがどんな場所なのか、全てが分からない。


「だ、大丈夫なのか?」

「私が居れば、ね」


 悪戯っぽく笑うミーヤン。良い予感は一切しない。


「いや、今日はやめて――」

「――さぁ、行きましょー!」


 後ろに回って両肩をグイグイ押してくる。受付横の扉を開けてダンジョンに続く廊下に出ても早歩きになるほどで押してくる。

 転けそうになったところでクルッと振り返った。


「待ってくれ。説明してくれ!」

「……んー」


 少し困った顔のミーヤンは前から両肩を掴むと、強引にこちらの体を半回転させる。そのまま押すのを再開させた。


「まー良いじゃない。男なんだからつべこべ言わずに覚悟決めなさい!」

「何だ、その『初めてを奪う』みたいな発言!」


 首だけ向けて睨みつけるとニヤリとほくそ笑むミーヤン。


「天井の染みの数を数えている間に終わるって。ほれ、ええじゃないか、ええじゃないか」

「やっぱりお前、昭和生まれだな!」


◇◇◇


「うぅ、初めての第二階層と第三階層……」

「ほら、ここが第四階層だよ」


 最初の階層は未だマッピングが全然終わっていないが一直線に行くと階段があった。第二階層も直ぐ近くに階段が見えていた。

 第三階層は危険なポイントも多いらしく、その分マッピングはあらかた終わっていた。なので階段に一直線だった。


「しかし……」


 ここはまだマッピングも半分ほどしか作られておらず下層に繋がる階段も見つかっていないらしい。正直、この第四階層に足を踏み入れる時は、例の転生勇者三人のうち誰かは居ないとかなり危険らしい。


「なんつう禍々しい雰囲気だ……」


 生暖かい風、溶岩の池、赤黒く光る岩々、不気味な鳴き声、急な地獄の絵面に流石に焦る。そんな中、ミーヤンは余裕綽々だった。


(コイツらの実力って、そんなに凄いのか? そこは素直に尊敬するか……)


「では、探索にレッツゴー……の前に準備、準備っと」


 リュックから魔法ステッキを取り出すとクルクル周り始めた。


(あっ、コイツ、ヤベー奴だ!)


 既に昭和生まれの元気なオババにしか見えないヤツが魔法ステッキを振り回してコスプレよろしくポーズを決めている。


「ねぇねぇ、今の可愛くない? パリキュアのポーズなんだけど」

「初代か……」


 何故に地獄でコスプレ魔法少女の変身ポーズを採点しなきゃいけないんだ。


「二代目よ!」

「はぁ……」

「ねぇ、もっと感想言ってよ……無言が一番恥ずかしい!」

「じゃあ、やめ――」

「ミラクル、ナックル、パリピー、キュアキュア!」


 俺は初代を途中までは追いかけていた。格闘シーンに気合が入っていたので楽しみにしていたものだ。変身セリフと共にキラキラが全身を包み込み、一瞬シルエットだけになるのも再現性が高い。次の瞬間には衣装や髪型、髪の色まで変わっていた。


「キュアドドメ見参!」

蒸着じょうちゃくだ……」

「せめて変身と言いなさい!」

「貴様……宇宙刑事を知っているな?」

「ぐっ……ら、ライトくん、アンタこそパリキュアに詳しいわね?」

「……き、基礎知識として知っているだけだ」

「あっ、私も一緒、一緒よ!」


 最近のダンスとは異なるキレのない動き。


「貴様、やはり八十年代の生まれだな!」

「えっ? あらーっ」


 八十年代と言われて思ったより嬉しそう。


(あれ? えっ、七十年代生まれ……いや、もしかして六十年代か。こ、これ以上は触れるのやめよう)


 無言にしていると、決めポーズを再度取ってくれた。混乱していたので思わず拍手だけしてしまう。


「じゃあ、気合いも入ったから奥に行くわよ〜」


◇◇


「パリパーンチ!」


 魔物の顔がひしゃげる。


「パリキーック!」


 骨の砕ける音と共にに折れ曲がる。それを見ていた四、五体の魔物が一斉に走ってくる。


(あの中の一体でもこちらに攻撃してきたら死ねる!)


 圧倒的な力の差を感じて恐怖に身体が全く動かない。


「パリ破壊光線!」


 両手のピースサインを額に当てると怪光線が発射された。当たっただけでバラバラに爆ける魔物達。両手に腰で仁王立ちのミーヤンが振り返ると怪しく笑っている。


「さぁ、経験値を荒稼ぎするわよ!」


 ピョンっと五十メートルほどジャンプすると、狼のような魔物を羽交締めにして戻ってくるミーヤン。


「さぁ、一撃喰らわせなさい!」

「えー……」


 構図は正に動物虐待。とはいえ分かってしまう。この魔物と戦うことになれば、死ぬのは確実にこちら側だとと。


(圧倒的なレベル差……格が違う)


「では、いきますよ。超必殺――」


 噛まれないように、そっと掌を魔物の腹に当てる。


「――真空龍打掌しんくうりゅうだしょう!」


 威力は申し分ない。スケルトンだと骨が砕けただけだったが、腹辺りに大穴が空いて血が噴き出る。

 しかし、まだ生きていた。狂ったように暴れ始めた瞬間、ミーヤンが首を捻りあげる。ほぼ一回転すると、一度だけピクリと痙攣してから生き絶えた。


「はい、一丁いっちょ上がり〜」


 ポイっと溶岩に投げ捨てると、魔物はすぐに燃えながら沈んでいった。


「えっぐ……」


 ピョンっとジャンプすると、二匹目の獲物を捕まえて、また戻ってきた。


「はい、じゃあ二匹目ね!」

「うひーっ……あっ、二発打つと魔力がゼロになるんですけど……」


 少しミーヤンと無言で見つめ合う。すると、魔物の首をポキっと折ると、また溶岩に投げ捨てた。


「そっか……じゃあ、効率悪いけどポーション飲みながらやろっか」

「鬼の所業……」

「ん? なんか言った?」


 フリフリのコスチュームに身を包んだ鬼にギロリと睨まれる。いま、この階層で最も強い存在だ。突然に、ふとってこんな感じかな、ととんでもないイメージが頭に宿った。


「正しく地獄だ」


◇◇


 それから何回か地獄絵図みたいなルーチンワークが続いた。ミーヤンが捕まえた魔物にライトがダメージを与え、ミーヤンが止めを刺す。

 ミーヤンは元気そう。こちらは魔力回復ポーション(死ぬほど不味い)を何本も飲まされて意識朦朧とする中で超必殺技を叩き込む。


「分前が二十五パーセントでも、バンバンにレベルが上がるわよ!」


 途中、爪や胃酸を飛ばされて普通に死にかける。そうだ。一度は確実に致命傷だった。白い服を着て川を渡ろうとしていたら、フリフリの悪魔に引き戻された。


(しかし、レベルが上がった気は……しないけどなぁ)


 何にせよレベルが上がったことがないので分からない。フラフラしながらミーヤンを見つめる。


「大丈夫? 顔が真っ青よ」


 死屍累々の中で微笑む魔法少女。禍々しいったらありゃしない。


「流石に……ここまで役立たずだと怖いだけだな……」


 一人で手を出したら死ぬ。一人なら手を出さなくても攻撃がこっちに向いたら死ぬ。間違いなく気紛れで死ぬ。


「一つ質問」

「はい、ライトくん、どうぞ」


 先ほどのレベルアップについて聞いてみることにした。


「レベルが上がるとどうなるの?」

「えっ、一旦、全回復してステータス振り分けができるのよ!」


 やはりイメージが掴めない。


「全然上がってる気がしない――」

「――あぁっ!」


 酷く驚いた顔をしている。


「どうした?」

「んふふ、後で魔石、沢山渡すね」


 何かを誤魔化している。それだけは直感で分かった。そして、それは多分レベルアップに関する悪いことに違いないと理解できた。


「怒らないから何があったか話を聞かせて――」

「――きゃあ!」


 突然の悲鳴と共に、ミーヤンの姿が消えてしまった。刹那に衝撃波を浴びてよろめくと、その瞬間に背筋にゾクリと怖気が走った。


「パリィ!」


 叫びながら何か分からないものに防御の姿勢を取る。すると、何かが弾かれて腕に強烈な痛みが走った。


「グルルルルッ……」


 空間が歪んでいる。何かが目の前に居る。腕は折れてはいない。しかしパリィで打ち消せないほどの攻撃。


(と……透明なパンチ……当たったら即死?)


「無理ゲーだろ!」


――――――――――――


【パリキュア】

 パリピーキュアキュア、略してパリキュア。

 オシャレなアウトローが一見真面目な悪者を叩き潰す女児アニメ。

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