第十話 前世のことは言わんで良い その1

『ピッ、ポッ、パッ……プルルッ……ガチャッ』

「あの、もしもし……んぁっ!」


 目が覚めたら部屋だった。頭がぼーっとする。まるで丸一日寝ていた時のような頭に霞がかかったような気分。


「ふわぁぁ……そっか、四日以上寝てたことになるのか?」


 目を擦りながら部屋から出ていく。室内の灯りがとても眩しい。


「おはよーございまーす」

「あら、おはよう」

「お、ライトくんだよね。おはようさん」


 係員の方々の挨拶が優しい。起きたら挨拶を受けるなんて実家暮らし以来だ。


「朝食はあちらの食堂にご準備しております」

「チェックアウトする際は受付へ。お忘れ物には注意ください」


(実家じゃなくて、これビジネスホテルのフロントだ)


 異世界転生者専用の宿泊施設といった感じらしい。つまり、この世界には複数名の管理された転生者がいるということらしく、その数は施設の規模からするとこの町で十人くらいのようだ。


「あら、ライトくん、お目覚めいかが。気持ち悪くなぁい?」

「あっ、美人のお姉さん!」


 思わず本音が出る。


(しまった……でもオッサンならスケベ根性丸出しだがショタの今なら――)


「あら、嬉しい。今度は転生する前に少しお話でもしましょうね」


(――子供の素直な一言に聞こえるー!)


 五体投地したくなるのを我慢する為にモゾモゾしていると、恥ずかしがっていると思ったのか膝立ちになってキュッと抱き締めてくれた。


「ダンジョンで仕事なんて大変ね。がんばってね」


 頭も撫でてくれた。


「は、はいーーっ!」


(今の俺は薄幸の少年だ。甘えさせてもらうぜ!)


 頭をぐりぐりと押し付ける。嫌がるそぶりはない。またも五体投地したくなるほどに歓喜が駆け巡る。


(でも、俺の中身は分別のある大人。ほどほどで離れるのさ)


 パッと離れると子供らしく元気に食堂に走っていくことにした。


「お姉さん、またね! お仕事がんばってくるよ」

「がんばってねー」


 振り返ったりクルクル回りながら手を振りまくる。こんな愛想たっぷりの少年から『お仕事』の台詞だ。哀愁すら感じるだろう。完璧な演技と自画自賛しながら食堂に入っていく。


「おはよーございまーす」


 大きな声での挨拶も堂に入ったもの。元気いっぱいに入っていくと、数名の少年少女が食卓を囲んでいた。


(こ、これは……ここでご飯食べてるってことは……もしかして――)


「新顔か?」


(――転生者だ!)


 小学生高学年くらいの男が一人、女の子が二人ほどテーブルについて食事をとっている。


「あっ……あの……」


 生来の人見知りが急に発動して喋れなくなる。


「ったく……飯はカウンターで取ってこい。じっと見られたら飯が不味くなるじゃろ……」

「……じゃろ?」


 ここでもう一人の少女がむせ始めた。


「ゲホッ、ははは、限界よ。アンタも転生者でしょ。早よご飯取ってらっしゃい」

「あ、は、はい」


 こちらもかなり可愛い。ポニーテールが似合う中学生という感じか。中学生の時の暗い青春を思い出して挙動不審になる。すると、ぶっきらぼうにしていた女の子も突然笑い出した。こちらは町一番の美少女という感じ。


「あはは、冷たい感じにしようと思ったけど……ひーっ、もうダメ。あはは! 面白ーい」

「えっ?」

「あはは、早くご飯とってきなさいよ」

「あっ、はい……」


 三人の性格が分からない恐怖より、今日のご飯の方が大事だ。奥のカウンターに歩いていく。

 四日も寝ていたのだから空腹も仕方がない。


(いや、四日飲まず食わずって……普通は生死に関わるんじゃないか?)


「ご飯くださ……い」

「元気ないわよ。はい、沢山食べてね。転生勇者様!」


 三人が見ていると思うと子供っぽく振る舞い辛い。それを察したわけではなさそうだが、何も言わなくてもおかずもご飯も大盛りでよそってくれた。


「は、はいっ。ありがとうございます」


 そろそろと歩いて同じテーブルに着く。そこには無言で食べる少年、愛想良く笑う少し年上の少女、食べ終わって今は手帳に何かを一生懸命描いている美少女が同じテーブルを囲んでいる。少年の隣で美少女の向かいにトレイをそっと置く。


「ここで……良いかな?」

「ほら、早よ座って。温かいうちに食べなさい。お米はここが一番美味しいわよ」


 斜め前からの元気な声に従ってそっと座る。暫くニコニコの年上少女に何かを描く美少女、そして黙々と食事する少年という構図は変わりそうにない。


「い、いただきます」


 箸を手に取る。冷静に考えれば箸を使うのは異世界で初めてだ。マジマジと見ていると、お姉さん風の方が声を掛けてきた。


「私達が箸を置いてもらうようお願いしたのよ。日本人ならご飯を箸で食べたいじゃない。あ、私の名前はミーヤンよ」

「みーやん……」


(このセンス……一定以上の年齢を感じる)


「人の名前をいぶかしげに繰り返すんじゃないよ。あはは。あっ、こっちの子はタケゾーよ」

「ん……」


 無言で頭を下げてきたタケゾーさん。雰囲気からすると、お年を召しているか、時代劇オタクか、どちらかだと思えた。


「あ、アタシはユイナ。よろしくっ!」


 ギャルピース? 下向きピースで全力アピール。こっちは全ての印象がギャルを示している。


(バブル世代の可能性もあるな……)


「不穏な空気を検知! あーしは現世じゃピチピチの女子高生だかんね」

「あ……そうなんだ……」


 ニコニコ笑顔のミーヤンと、またメモ帳に向かうユイナ。タケゾーの箸が茶碗に当たる音だけが周囲に響く。


「勿体無い。冷める前に食わんか」

「あっ、はい……」


 祖父には厳しく躾されていたので、ある一定以上に歳上の男性も苦手だ。どうにも支配されている感じがしてしまう。そのお陰で会社でも上手く立ち回れなかったことが何度もあった。

 無駄にトラウマの一つを思い出して悄気しょげりながら箸を進める。


「うまい……」


 普通に食堂のご飯の味がした。おかずに手を伸ばしたところでミーヤンが不満げな声を漏らす。


「で、アンタはなんて名前なの?」


 自己紹介を忘れていた。


「ライトです。前世は――」

「――言わんで良い」


 タケゾーが遮ってくれた。


「喋りたくなったら喋るのは構わん。わしゃ自分のことをベラベラ語るのは好かん」

「あ、はい……」


 良かった。どこまで話すか考えずに始めてしまっていた。このままだと『彼女いない歴三十一年の三十一歳』なんて言い出しそうだった。


(大体受けずに引かれるんだよな……)


 また過去のトラウマの蓋を開けて無駄に凹む。暗い顔をして箸を進めた。


「できた! はい、コレあげる」


 ユイナがメモ帳から一枚切り取って目の前に差し出してきた。箸を置いて受け取ると、そこには四人の似顔絵が描かれていた。マンガチックではなく、どちらかというとデッサンよりの絵面だった。


「上手だ……」


 タケゾーの少し厳しい感じや、ミーヤンの周りを巻き込む明るさ。そして俺の暗さが滲み出ている良い絵だと思った。


「お褒めに預かり恐悦至極〜!」


 そして嬉しそうなユイナは絵の中では、どちらかと言えば俺寄りの暗さを感じさせている。


(笑顔の裏に隠れた……何だ? 哀愁みたいなのを感じる)


「うん、良い絵だ。この絵、俺、好きだよ」


 急にクネクネするユイナ。


「アーシはもう行くね。ライトは『俺』呼びなんだ。似合ってるよ」


 しまった。こちらでは一応『僕』で統一していたつもりだけど、ふと素に戻ってしまう。


「あっ……」


 声を掛けられずにいると、タケゾーがユイナのトレイも持ってカウンターに返し始めた。


「では、わしゃ行くぞ。何処かで一緒になることもあるだろう。宜しく頼む」

「は、はいっ!」


 無駄に緊張してしまう。ユイナと共に部屋から出ていくタケゾーを目で追うことしかできない。


「ふぅ……」


 プレッシャーと苦手な部類の女の子が居なくなって緊張が解けた気がした。それを感じ取ったのか、ミーヤンが話しかけてきた。


「ねぇ、割と私達年齢層が似ている気がするんだけど? どう?」


 この世界で同じ転生者と親交を深めることのメリット・デメリットが分からない。とはいえデメリットが勝るとは思えなかった。


(では、まずはミーヤンさん……どう対応しようかな)


 何となくパートさん達の雰囲気と似たものを感じた直感を信じることにした。


「そうですね。でも、タケゾーさんを見習って暫くは素性を明かさないことにしましょう」

「あら、つれないねー。それじゃあ私もミステリアスな乙女でも演じましょうかね。あはは」


 こちらも食べ終わるとトレイをカウンターに持っていく。すると、ミーヤンは待っていてくれるようだった。


「食後のお茶くらい付き合いなさいね」


◇◇


 ある一定以上お年を召した方は食事の後に必ずお茶を飲む習性がある。何故にランチを食べてから別の店でコーヒーを飲むのか。


(というわけで、お前の正体はオババだ!)


 などとは言わずに「はい」とだけ口に出してついていく。割とオシャレなテラス席のあるオープンカフェに入っていく。


「ここ、色々とオマケが付くからお得なのよ」

「あ、はい……」


 そもそもご飯をタダで食べた後にお得も何も無いだろう、と心の中だけで呟く。


「ライトくん、よね。じゃあ前世の話は聞かないようにするわ」

「は、はぁ(あまり……)」


 カウンターの前まで来ると、手慣れた感じで注文したり世間話をしたりしている。


「ラリー、調子はどう? そう二人分。あ、ヘイゼルじゃん。風邪は治った? あ、お釣り少ないよ」


 賑やかに喋りながらトレイにサービスと書かれたチョコを二つ手に取っている。


「ライトくん、外のテラスで良いとこ取っといて」

「あ、はい……」


 日陰の隅の方に陣取ると、早速ミーヤンが両手にトレイを抱えてやってきた。手伝おうと腰を浮かしたが、首を振られるだけだった。


「良いから良いから。私ね、飲食ばかりで勤めてたから、こういうのは慣れてるのよ」


 急に気取った感じでカップを並べてくれた。なるほど、カフェの店員の経験もあるのだろう。ミーヤンが座ったところで紅茶らしきものに口をつける。


「甘い……」

「もしかして紅茶も砂糖なし派?」

「いや、甘くて美味しい……」

「じゃあお口に合ったようだね」


 こんな小洒落た場所は落ち着かない。最近の休憩といえば焙じ茶か緑茶ばかりだった。まして一人の休憩なら缶コーヒーのブラック以外飲んだことがない。


「いつから来たのさ?」

「あ、先週……先々週?」


 オシャレカフェで頬杖をついてこちらの顔をマジマジと見つめる中学生くらいの元気少女。挙動不審になる条件だらけだが不思議に落ち着いていた。


(雰囲気がパートさんだからな……)


「いつよ、一体……ふふふ」

「現世とこっち異世界、どちらを基準に話したら良いか分からなくなりますね」


 変わらずこちらの顔を見ているミーヤン。


「そうね。この場合の私の聞きたいのはの中の時間感覚かな」


 少し悩む。自殺してココに呼ばれて翌日にはダンジョンに行って、死に掛けて回復してもらって翌日帰った。これで二日。

 その後一ヶ月ほど現世で仕事して戻ってきた。


「大体一ヶ月前に転生しましたが、この世界で暮らすのは三日めです」

「あら、私は逆だったわ。最初、楽しくて三ヶ月くらい帰らなかったもの」


(三ヶ月、九十日……ということは十日以上寝たきり? 聞きたかったことの一つだ)


 少し身を乗り出す。すると、少し驚くミーヤン。三十センチ以内に互いの顔があるのは緊張するらしい。アイツら同期達のお陰で距離感がぶっ壊れている。


「あっ、すみません。十日も寝てたら現世ではどうなってるんですか?」


 紅茶を手に取り飲み始めるミーヤン。


「ベッドの上だったわ。旦那が……あら、プライバシーね……」

「ご結婚されてましたか」


 そうは思っていたので驚きもしない。それに驚くミーヤン。


「少しは驚きなさい。まぁ子供もいるし……まぁそれ以上はいいや」


 恐らく『子供も結婚してる』くらいは良いそうだった。コレはまだ気付かないフリをしよう。


「はぁ……」


 適当に誤魔化す。


「えーっと、意識不明の扱いだったわ。急性意識障害とか、くも膜下も疑われたねぇ。意識を取り戻した時、みんな泣いてたからちょっと悪いことしたって思ったわ」

「そりゃそうですよね……」


 今度はチョコレートっぽいものを口に放り込みながら話し始めた。


「もごっ……これ美味しいから食べなさい。えっと、意識の無い間は食事を取らなくても良さそうよ。医師が不思議にしてたわ。栄養を取らなくても衰弱していないって」


 こちらの世界のシャホ事務所で寝ていた時と同じらしい。飲まず食わずで四日以上寝ていても、死にそうな感覚はなかった。


「それは……安心ですね」

「そうらしいの。仮死状態に近いって言われたのよ。後でここの受付に聞いてみたら、身体の成長も反対側の世界にいる間は止まるらしいわ」


 なるほど。もしかしたら、こっちの世界では事務所の人達がご飯食べさせてくれてるのかな、とも考えていた。


「……うへへ」


 想像が暴走して神官お姉さんが口移しで食べさせてくれるのを想像する。


「ちょっと、気持ち悪いわよ!」

「はっ! す、すすみません」


 涎を袖で拭き取り慌てて紅茶を飲む。で、案の定咽せる。


「何やってんだか……」


 横目でジロリと睨まれながらションボリとお茶を飲む。


「しょうがないなぁ。この世界について何でも質問しなさい。答えられることは答えてあげる」

「えっ?」


 これは嬉しい。シャホの人間には聞くのが難しい。いや、聞き易いが、本音を語ってくれるか分からない。同じ転生者なら、まぁ信じられる。


「ほら、何が知りたいの?」

「それでは――」


 というわけで、いろいろなことを聞けた。


・この国はグラン共和国と言う

・この世界の名前はよく分からない

・魔力が現世の電力みたいに色々と使われている

・スキルも魔法の一種

・銀貨一枚で暮らすだけなら一週間暮らせるらしい

・銀貨百枚で金貨一枚、逆に銅貨百枚で銀貨一枚


 後はお得なカフェ数軒の情報だけだった。途中から飽きてきたのであくびを噛み殺す。


「何よ! しょうがないでしょ。私も三ヶ月と一日目よ!」

「す、すみません。でも助かりました。色々と教えてもらって……ありがとうございました」


 むふ〜っと鼻息荒く腕を組んでこちらを見ている。すると、両手をテーブルについて身体を乗り出してきた。


「じゃあ、ダンジョンでも行こっか!」

「……はいっ?」


――――――――――――


【喫茶店】

エビフライの国では隣国共々大人気。朝ごはん食べに吸い込まれる。昼ごはんを食べると必ず行きたがる。昼ごはんにセットでコーヒーが付いてると喫茶店に行けないのが不満なのか、少しだけ寂しそうな顔をする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る