第六話 わしゃ神様じゃ、なんて言い出す男 その3

◇◇◇


 扉からいきなり現れたスケルトン。片手剣を構えて顎をカタカタと鳴らしている。飛び出てきていきなり二対一だから警戒しているように見える。


(凄い……ホンモノのモンスターだ。骸骨が自立して動いている……はっ! もしかして……)


 ここでまた一つ『異世界あるある』を思い出した。


(やってみるか……)


「ステータス!」


 何も起きない。コレは寂しいぞ。


「何やってんの?」

「異世界の夢だろ! ステータスでレベル確認とか」

「無理よ」

「無理か!」


(そんなに都合の良いシステムが現実……現実? 現実! にある訳がないか……)


 意気消沈していると、マリアさんが片手を俺に向けた。


「鑑定のスキルを持ってないと出来ないわ。ちなみに私は出来るわよ!」


 こんな時にでも胸を張って自慢している。


「出来るんかい!」


(やっぱり……やっぱりあったんだ)


 ご都合主義の極みだけど転生モノでは必須の機能と改めて思う。いや、ロマンと言い切っても良いだろう。


「じゃあ敵と俺のステータスを分かる範囲で全部教えて!」

「ライトくん、あなたはレベル1ね」

「よし、逃げよう」


 レベル1はスライムと相場が決まっている。


「シャホの対応表だとスケルトンとの戦闘はレベル7が二名以上を目安にしてるわ」

「マリアさんのレベルって……」

「4です……」


 ジリジリと二人で後退しようとするが、ここで後ろの方ではパートさん達がパニックになっていた。


「ひいー、お助けをー」

「ぎゃーーーん、ママー! 怖いよー」


 既に半分以上はダッシュで逃げている。しかし残りの半分の足は完全に止まっていた。


(ジジババとガキ共め、パニックかよ!)


 前門のスケルトン、後門のジジババとガキのパニック。逃げてしまえば良い囮にはなるが、と悩んでいるとスケルトンが動き出した。


(えっ、思ったより速い!)


 数歩分前に立っているマリアさんへ躊躇なく片手剣を振り下ろそうとしている。ここでマリアさんの顔が実は真っ青で瞳孔が開ききってることに気付いた。攻撃の姿勢を見せるスケルトンの前に棒立ちで硬直している。


(ダメじゃん! マリアさん、強がってたのか!)


「バレットタイム!」


 叫びながらマリアさんとスケルトンの間に走り込む。時間が徐々に遅くなる。しかし自分の身体の動きも遅くなる。


(ぬーっ! もどかしいぞ、加速装置の方が良かった)


 最短の移動距離を最速で突き進む。しかし、すぐに今度は時間が元のスピードに戻りつつある。実質二秒くらいしかスキルの恩恵に預かれない。


(速度が戻るー、間に合えーーっ!)


 ギリギリでスケルトンの剣がマリアさんに当たる前に身体を割り込ませる。


「パリィ!」


 剣が腕に当たる瞬間に叫ぶとスケルトンの腕ごと跳ね上げる勢いで剣を弾き返した。体勢が崩れたところでマリアさんを思いっきり後ろに引き倒した。


「きゃあ!」

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」


 スケルトンから目を離さず声を掛けながら、それっぽい構えを取ってみる。すると、今度はこちらに向かって剣を振り下ろしてきた。


「パリィ!」


 またも弾き返される剣。今度は体勢が崩れた隙に、正拳突きを決めてみる。


「とりゃあ! どうだ?」


 手の甲が痛い。こちらの骨が折れるかと思った。


「ライトくん、ダメージを2与えたわよ!」


 倒れたマリアさんが身体を起こしながら叫んでいる。


「俺のライフと敵のライフは?」

「ライトくんが二十三。スケルトンの残りライフは二百十四よ」

「無理ゲー!」


 パリィのワンミスで多分死ねる。それを百回以上続けるのは無茶だ。


「俺の魔力最大値と現在の値は?」

「凄い! ライトくんレベル1なのに魔力が二十もある。今は十三よ!」


(考えろ……バレットタイム発動が五ポイント、パリィが一ポイントの消費ってとこかな。じゃあ超必殺技が十ポイント? 二十ポイントなら、既に打つ手無し……だが)


「ライトくん、前前、スケルトンの攻撃!」

「おっと」


 ポンっと後ろに退がるとスケルトンの剣が空を切って床に当たり火花を散らす。骨のクセしてなかなかの剣筋。


(いや、剣道なんかやったこと無いから知らんけど)


 一人ノリツッコミをやる余裕くらいはあるのかな。やはりスキルがあることの安心感は凄い。とはいえ魔力が無くなればただのガキ。

 戦略を考えたい。こっちの手駒……。


「マリアさん、戦い苦手ですか?」

「えっ……わ、私、文官なんで……」


(はい、戦力外! このままじゃ『役立たず、ここに眠る』の石碑が立っちまう)


 マリアさんから申し訳なさそうな雰囲気を感じる。更に背後にはまだ数名の逃げ遅れ。


「ひいー腰が抜けた……」

「ママ……ママ……」


 腰をやってしまったのか這いつくばって逃げる年寄り。痙攣しながら失禁してる子供が数名。

 すると、横から絶望感たっぷりの声が聞こえてきた。


「スケルトンなんて、私達には……絶対に対処できない。逃げ遅れれば…………死ぬしかないのよ」


 それは前世なら自らの耳では聞いたことが無いような暗い声色……恐らくは真の絶望。ふと戦争のテレビ映像が浮かんだ。瞳の中には諦めと恐怖と絶望しか見えない人達。


(コレが日常なのか……)


 今更ながら恐怖に身体が震える。すると、そっと服の袖をツンツンとマリアさんから引っ張られた。


「わ、わ、わわ私が囮になります。ナイフがあるから、これで気を引きます。ライトくん、あなたはパート勇者の皆さんを連れて逃げ……に、逃げて下さい!」


 決死の覚悟。涙を流しながら恐怖と絶望の中で必死に声を出していた。一瞬あまりの惨状に声を失っていると、マリアさんは震えながらニコッと微笑んでくれた。


 ふと前世のパートの皆さんの顔が浮かぶ。




『こういう時はパート勤務も正社員も無いわ。気合い入れなさい!』




(皆さん……今は俺もパートですよ。でも、仕事の責任の持ち方に働き方は関係ないですよね)


 グッと手を握り締めた。もう一度冷静にスケルトンを観察する。


「警戒されてる……ふはは、十歳のガキにモンスターが警戒? 笑えるぜ!」

「ら、ライトくん?」


(やっぱり俺が戦うのが一番確率高そうだな)


 すっとマリアさんの前に出てから振り返って笑顔を向ける。


「マリアさん、全員蹴り飛ばしてでも遠くに行ってください。あなたの役目は一人でも多く助けることです」

「ライトくん!」


 スケルトンに一気に走り込んで間合いを詰める。


「うおーーっ!」


 俺の超必殺技は真空〇動拳みたいなもの。頭に浮かぶ説明書もしっかり読んだ。


(威力は十分っぽいけど射程距離が二センチってヤバくねー。全くポンコツっぷりが可愛いぜ!)


 ここで相手の剣の間合いに入った。

 バレットタイム一回で五ポイント使うとしたら、もう使えない。残り十三ポイントならパリィは三回。


「行くぜ!」


 スケルトンが剣を振るう。


「パリィ!」


 剣を弾く、とスケルトンが後退る。止まって剣を振り続けてくれない。


(もっとだ、もっと前にー!)


 剣を振るう準備をするスケルトンに肉薄する為、更に近づく。


「パリィ!」


 逃げ腰で剣を振るうスケルトンとの距離が思ったより縮まらない。パリィは後一回しか使えない。ここで立ち止まり剣を横に振るため構えるスケルトン。

 その一瞬で想像したのは自分の首が飛ぶ姿。しかし、逆に顔を突き出し両手で煽ることにした。


「ははっ、やってみろよ!」


 挑発した瞬間に渾身の力で横薙ぎに飛んでくる剣。


(ここしか無いーー!)


 その瞬間に思いっきり上半身をのけ反らせる。剣は胸元ギリギリをかすめていく。激痛が走ったが皮一枚裂けただけで済んだっぽい。生きてることを感謝してから反動をつけて一気にスケルトンの方に飛び込んだ。


「うりゃぁーーー!」


 スケルトンは大振りしたので体勢が崩れていたが、腕を畳んで無理矢理こちらを斬ろうとしてきた。

 だが、こちらは既に肉薄している。


「遅っせーんだよ! パリィ!」


 至近距離で剣を弾くとバンザイをしたように両腕が上がった。そこで右掌をそっとスケルトンの左胸の辺りに当てる。


「俺の時給の足しになりな! 超必殺ちょうひっさつ真空龍打掌しんくうりゅうだしょう……」


 技名を唱えて掌に気合いを入れると光が宿る。


「弾け飛べ、骨ヤローーーッ!」


 掌から光の粒子が噴き出ると、スケルトンの左上半身が粉々に吹き飛んだ。その瞬間、貧血みたいな症状に襲われた。


「これは……魔力切れ……か」


 視界が暗くなり全身から力が抜ける。しゃがみ込みたかったが、辛うじて耐えて立ったままスケルトンに視線を向ける。すると朧げな視界の中で微妙なバランスで耐えているスケルトンが辛うじて動き始めた。剣を持った右手をゆっくり振り上げる。


「オワター」


 軽口を叩けても、身体は全く動いてくれなかった。その時、どこかからナイフが飛んできてコツンとスケルトンに当たった。

 動きが止まるスケルトン。ナイフが当たった箇所からどんどんヒビが入ってバラバラに砕けていった。


「当たっちゃった……当たっちゃったよー!」


 どうやらマリアさんが投げたナイフがトドメを刺したようだ。泣きながら俺に抱きつくが、全く感触が分からない。徐々に視界が暗くなる。


「あっ、ライトくん、胸がバッサリ裂けてる! 死んじゃダメー…………」


(俺……死ぬのか……まぁ良いか……周りも静かに……なってき……た)


 それが最後の記憶だった。


◇◇◇


 目が覚めると見知らぬベッドの上だった。胸の辺りを触ると激痛がしたが、生きてる証拠と思って文句を言わないことにした。


「あら、目が覚めた?」


(何となくマリアさんと予想していたが、部屋に居てくれたのはセクシーお姉さんの方だった)


 一緒に居た看護師さんみたいな人は部屋から急ぎ足で出ていったが、お姉さんはこちらに近づいてくる。


「魔力切れと出血による重度の貧血ね。控えめに言って死に掛けてたわ」


 物騒なセリフを聞きながらベッドに腰掛けると、セクシーお姉さんことミリアさんも並んで横に座ってくれた。


「ライトくん……だっけ、凄いわねぇ。スケルトンを一人で倒したんでしょ?」

「殆ど……どうなったんですか?」


 ミリアさんを見詰める。結局気絶した後、どうなったのか。するとニコニコと艶やかに微笑み始めた。そして、無言で頭を撫でてくれた。


(おぉ、このシチュエーションは妄想が捗る)


 ニヤニヤ顔を必死に隠していると、こちらが緊張しているように思ってくれたらしい。穏やかに話を始めてくれた。


「あなたがスケルトンのライフを殆ど削ったから、マリアが投げたナイフがラストアタックになったのよ。あの子喜んでたわぁ」

「じゃあ、皆さんは――」

「――無事よぉ」


 即答してくれた。


(良かった〜。コレで実は皆さん死んでます、なんて言われたら特大のトラウマが作られるところだった)


 胸を撫で下ろす。ここで気付いた。胸の傷は既に治っていて痛みも殆どない。不思議そうに触っていると、これもミリアさんが教えてくれた。


「回復魔法で治療は済んでるわ。動いて大丈夫な筈よ」

「ホントに? それは嬉しい……って、凄くお高いんですよね?」


 起きた時の痛みは皮膚が突っ張ってただけらしい。

 この世界の治療行為の殆どは魔力による治療で、専門の医療施設に掛かると莫大な費用が必要と聞いている。華麗な転生ライフは借金地獄生活に早替わりなのかな……。


「大丈夫よぉ。マリアが治療してくれたから」


 ミリアさんが驚きの発言。治療スキルはレアらしく持っている人は大変貴重だとか。


(ん? もしかして……)


「そうよ。マリアね、レベルアップしたら治療スキルが顕現したのよぉ。鑑定に治療だから、あの子これから大人気よぉ」


 ここでドアがバタンと強めに開くと、そこにはマリアさんが立っていた。


「あっ、マリアさん! ご無事でした――」

「――ライトくーん!」


 熱烈に抱きついてきた。マリアさんはこちらの頭に顔を擦り付けてきた。


「良かったーー! 生きてたーー! ありがとーー!」


 喜んでる。凄く喜んでる。テンション高い。

 しかし、この状態……セクシーお姉さんほどではないが健康的な張りのある膨らみ。


(ご褒美だ。思う存分、顔を埋めて感触を楽しもう)


 ここでふと思った疑問を聞いてみる。


「ラストアタックってなんですか?」


 その言葉を発した瞬間にマリアさんの動きは止まり、そっと横に座ってくれた。ミリアさんとマリアさんに挟まれる俺。幸せだが、変な緊張感を感じる。


「この世界では戦闘行為に参加すると経験値を貰えます。ラストアタックは敵にトドメを刺した人に与えられるボーナス経験値みたいなものなんです……」

「へー。マリアさん、トドメ刺しましたよね? 良かったですね」


 変な空気が居心地悪いので、何となく明るく振る舞うが、余計にマリアさんは萎縮したように感じた。


「えっ、どうしたんですか?」

「マリア、あなたの口からしっかり説明しなさい。私は一番最初に戦闘のことは説明したわよ」

「……うん」


(何だろう……俺にも少なからず経験値は入ったわけだから……ん?)


「経験値……どれだけ貰えたんだろ?」

「戦闘の最終局面で一撃を与えた人に経験値の五十パーセントが与えられます」


(妥当に思えるが……?)


「残りの経験値はパーティーのメンバーで分割となります」


(な、なるほど……六人パーティーだからざっと十二分の一……)


「今回、一班、二班の全員を同じパーティー申請していたので……」

「二十四分の一!」

「計算早いわねぇ。文官にもなれそうよ」


 首を竦めるマリアさん。死に掛けて二十四分の一、ナイフ投げたらラッキーで当たって二分の一。それは申し訳なくもなる筈だ。

 じっとマリアさんを睨みつけてみる。視線に気付くとすっと立ち上がりミリアさんの後ろに隠れた。


「ゴメンって〜ライトくーん」

「仕方ない……ですよ」


(まぁ回復してくれたし)


「まだあるでしょ」

「っ!」


 もう一度睨み付けてみると、おずおずと話し始める。


「私達、パーティーリーダー登録したの。リーダーはラストアタックボーナスが引かれた経験値の半分がリーダーで按分されるのよ」

「…………四十八分の一…………」

「わーー、ライトくん計算早〜い」


 死に掛けて二パーセントの分前わけまえ……世知辛い。社保なんて全然甘い控除率だ。


「本当ならレベルが三個くらい楽に上がるわぁ。だから、ライトくん、ありがとねぇ」

「……ゴメンね。まさかあんなで死んじゃうとは思わなかったから!」


 二人から頭を撫でまくられる。


「キャバクラより酷いぼったくり……行ったことないけど」

「えぇっ?」

「ん?」


(まぁ、生きるか死ぬかの後だから、控除率の話ができるなんて幸せだ。だから九十八パーセント控除でも我慢――)


 笑いながら呟いた。


「――できるわけなーい! あははは。不幸だーー!」


――――――――――――


【スケルトン】

骸骨戦士。動きも素早いし剣も使う。強いよ。

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