第五話 わしゃ神様じゃ、なんて言い出す男 その2

◇◇◇


 先ほどの教室の参加者を適当に二つに分けて、十人ほどのパートタイム勇者と一人のでパーティーが二組作られると、早速実地研修とのこと。


「では、第一班の皆さん付いて来てくださいねー」


 ゾロゾロと鉱山の入り口みたいなところに入っていく。中は思ったより広い。天井は三メートルくらいはあるか。


「セクシーお姉さんは向こうのパーティーか……」

「ん? ライトくん、何か言った?」

「いえ、マリアさん、よろしくお願いします!」


 さっきの抱きつかせてくれた正勇者のミリアさんは喋り方もスタイルも色っぽい。反対に今回お世話になるマリアさんは……現世ならまだ高校出たてって感じかな。イメージは居酒屋バイトの元気な新人の子って感じ。

 二人を見比べながらニヤニヤしていると、一緒に付いて来た中年太り気味のオッサン正勇者がマリアさんへ急に叱責を始めた。


「マリアくん! しっかりやってくれよ。まだマッピングが一割も進んでいないじゃないか」

「あっ、すみません! 下層への階段がすぐに見つかっちゃったんで……」

「言い訳しない! ミリアちゃんを見習って進捗出してもらわないとコッチが困るんだからね」


 こちら新人に向けての『オレ様の方が偉いからな』って感じのアピールっぽく思えた。ミリアさんをさりげなく褒めてたから、ミリアさん向けのアピールもありそう。人間関係が透けて見えそうだ。


(まぁ、こんな下衆なこと考えてるの俺くらいか……)


 三人の様子を伺う。少し困った感じのマリアさん、表面的にはニコニコしてるミリアさん、機嫌が良くなってきたオッサン。


「頼むよ! ミリアちゃんを見習ってね。じゃあ本部に戻りますよ。ミリアちゃん、またね」


 ミリアさんがニコニコしているのを確認すると、捨て台詞を吐きながら機嫌良く立ち去っていく。


「……じゃあ新人の案内なんてさせないで……」


(おお、小声でぶー垂れてる。どこも変わらんなぁ)


 微笑ましく見ていると、オッサンは急に振り返ってマリアさんを睨みつけた。


「マリアくん、レベルもオレの方が上なんだ。敬意を持ってくれないと!」

「……たった1レベルですけどね……」


(あっ、この子。思ったことを喋っちゃう子だ)


 今度は青筋を立てながら聞こえないフリをして去っていった。


「マリア、気にしないでねぇ」

「ミリア〜、アイツ嫌い〜」


 女の子二人で戯れ合ってる姿は前世、現世を問わず素晴らしい。控えめに言って尊い。


「じゃあ、マリア、がんばってね。危険な時はすぐに逃げなさいよ」

「うん、ありがとう。じゃあ皆さん行きましょう!」


 早速、左右の通路に分かれて進むらしい。


「ここがダンジョンになります。皆さんは初めて入ると思いますが、階層が深いほどに危険になります。だから、何かあって逃げる時は必ず上へ上へと逃げてくださいねー」


(急に怖いこと言い始めた。最初から怯えさせるのは……いや、それだけ危険ってことか)


 周りを見渡すと、老人も子供も緊張している。


「ただ、浅い階層では既に魔物は狩り尽くされているので安全ですよ。質問ありますか?」


 ここで手を上げてみる。


「はい、ライトくん」

「じゃあ俺……僕達は何をするんですか?」


 少しザワっとした。皆さんも疑問に思っていたらしい。


「良い質問です!」


 両手を腰に目をキラキラさせながらニコニコしている。居酒屋の看板娘、というより教育実習中の小学校教師といった感じだ。


「このダンジョンは非常に広い構造で、まだ未開の箇所が沢山あります。熟練の勇者達が魔物は狩り尽くしているのですが、しっかりとした地図が作られていません」

「だからマッピングか……」


 思わず口に出る。さっきオッサンが口走っていた。一割とも言っていた。


(つまり……全然未開の地ってことじゃねーか!)


「流石ライトくん。地図作りが皆さんのお仕事になります。では、安全に進んでいきましょう!」


 マリアさんが進むと、老人と子供がゾロゾロと後をついていく。その最後尾を付いて行った。


◇◇◇


「ここが大回廊になります。安全が確保されたら観光名所化する計画もあるんですよ。そうなったら『護り手』として名前が石碑に刻まれますよ!」


 嬉しそうに喋るマリアさん。自慢したくなるのが分かるほどに荘厳な雰囲気を持つ巨大な空間だ。


「ほほう……まるでシスティーナ礼拝堂みたいだな」

「しす……? それは何処ですか?」


 絶対に知らない人達に向かって、行ったことがない場所に例えて独り言を言う。


「いえ、何でもありません。凄いですね。石碑に、刻まれるなんて嬉しい!」


 適当に喜んでおこう。


「そうですよ。名誉なことです。がんばりましょうね!」


 多人数が絡む作業は人間関係が大事。雰囲気悪いと作業効率も落ちるしミスも起きる。


(で、どう地図作りをさせてくれるのかな?)


 じっと正勇者を見ていると、紙とペンを渡し始めた。


「では、これで地図を作成してください。分からないことがあったら、私に聞いてください」


 すると、三々五々に散らばるパート達。各自で適当に地図を作るらしい。


「後で纏めますから分かりやすく描いてくださいねー」


(いや、それは無理だろ)


 素人が方角も適当に作った地図を後で纏めるなんて出来るわけがない。教育無しに定型業務なんてただの遊びだ。


(はっ、流石に初回は雰囲気を見ることが目的なんだな)


「皆さーん、怒られちゃうから頑張ってねー!」


 割と真剣な声が聞こえてきた。ガクッと項垂れ肩を落とす。これでは一割出来てる地図も怪し過ぎる。


(ヨシっ! 実績を作ってから提案しよう)


 向こうは俺もただのガキだと思ってるから、何言ってもまともには取り合ってくれまい。ならば、正確な地図を作った上で掛け合ってみよう。

 一人、気合いを入れ直してダンジョンを見回す。


「やっぱり基本に忠実に行くか……」


 右手を壁に当てると、歩数を数えながら歩くことにする。


◇◇◇


「た、楽しい……」


 地道な作業に没頭するのは本当に楽しい。特に締切や責任が無いなんて、もはや遊びだ。しかも正確な測量を元に作られた構造らしく、まるで初期のゲームのように角張ったダンジョンだ。みるみる紙が地図で埋まっていく。


「あれ……分かんなくなってきちゃった」

「ねぇ、左の方、何かあった?」

「左って? 前の方のこと?」


 パート達も混乱し始めたようだ。そりゃそうだろ。適当に描き始めたら雰囲気は掴めるが、それ以上の制度は無理だぞ。


「あら、しっかり描けてるわね! 皆さん凄いわー」


 またズッコケる。


(マジかよ。後でお前が纏めるんだろ? 縮尺もバラバラ、何処で重なるか分からない沢山の地図を纏めるなんて、そんなの特殊な地獄だろ!)


 とりあえず、一人でやれるだけやることにした。


◇◇◇


「ハァハァ……天職だコレ。楽し過ぎる……」


 他のパート達が飽きて休憩している中、半日ほど休憩も無しに地図作成に励むと、目測だが百メートル四方程度のしっかりした地図が出来上がった。


「予測だと、この区画の三分の一程度は地図に収めた筈だが……」


 独り言を呟きながら念入りに確認していると、マリアさんがパンとチーズを持ってきてくれた。


「ライトくん、どうですか? 少しは描けたかな……って、えっ? 何それ?」


 途中から五ミリ方眼紙を自力で作成して地図を作成していた。ページを跨ぐ時は番号を振って間違えないようにする。壁や床の特徴は出来る限り細かくメモもした。今は、構造的に矛盾が無いかを確認していた。


「通路が合わない……あっ……歩数がここ、間違ってんのか……」


 ボソボソ呟きながら地図を重ねる。大体良さそうだな、と満足気に頷いている所でマリアさんが近くにいることに気付いた。


「あっ、マリアさん、どうで――」

「――きゃー! 凄いわ、ライトくん! こんなの学者の作る地図みたいよー!」

 

 大喜びで騒いでいる。頭を盛大に撫でてくれている。これには此方も大満足というものだ。


「マリアさんの為ならと頑張りました!」


(ほれほれ、もっと撫でるが良い。褒めるが良い!)


 満足げに撫でられながら、地図の一点を眺めていた。そこは、明らかに部屋でもありそうな構造だけど、扉が無かった。


(気になる。見落としか、地図の結合で間違いでもあるのか……もう一度見に行くか)


 すくっと立ち上がるとマリアさんにニッコリ微笑んだ。


「ちょっと気になる箇所があるから見てきます」

「あらあら、皆さーん、ライトくんの地図作りを見学しましょう!」


 急に優等生扱いだ。悪い気はしないので、皆にコツを教えながら変な構造の区画に向かって歩いていく。


「やはり、この辺りに扉があってもおかしくない構造なんだけどなぁ……」


 壁を触ったりしていると、壁の模様が他と違う場所を見つけた。


(コレは……)


 頭の中では『チャラララーン』とBGMが鳴り響いた。


(隠し扉だ)


 そっと壁を触って調べていくと、ただの壁だと思っていた場所が開いてドアノブが出てきた。


「あーーーっ! 隠し扉だーー!」


 マリアさんのテンションが高い高い。


「うっしっし。これはボーナスをゲットですよー。ありがとー、ライトくん!」


 背後からギュッと抱きしめられた。背中や後頭部に感じる柔らかな膨らみ。控えめに言ってサイコーだぜ。

 床の平らな所を下敷き代わりに『隠し扉』の場所を地図にメモする。マリアさんの喜びから察するに、まぁちょっとは良いことがあるんだろう。


「さて、マリアさん。早く報告をあげてくださいね。扉の中、僕も見たいですよ」


 その瞬間、『カシャ』っと音がして扉が開いていく。


「えっ、開けちゃった……」

「いや『止まる、呼ぶ、待つ』だろ」

「何それ……」

「まず止まる、誰かを呼ぶ、触らず待つ。異常時の基本だ」

「へー……」


 流石に知らんよな。

 少し目を見合わしていると、隠し扉の奥からガシャガシャと音がし始めた。


(猛烈に嫌な予感!)


「マリアさん、扉を閉めて!」


 その声は間に合わなかった。何かが扉から飛び出してきた。俺も知っている有名なモンスターだ。動く骸骨戦士。

 その名は――


「スケルトン!」


 ――マリアさんが叫んだ。


――――――――――――


【ダンジョン】

『ウィザ○ドリー』や『ブラック・オニ○ス』の影響を受けていないダンジョンは存在するだろうか。いや、ない。


【止まる・呼ぶ・待つ】

トラブル時の三原則。コレをやらないと九割方悪い方向に転げ落ちる。奇跡はそう起きない。

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