第90話 領主の土下座

 ロイは、問題を先送りにしたことで一時の安堵を得たが、食事のためにベッドから立ち上がると、体はまだ完全には回復していないことを思い知らされた。彼の足はふらつき、バランスを取るのがやっとだった。


 その様子を見た女性陣は、誰がロイを支えるかを決めるためにじゃんけんを始めた。結果、ミランダが勝ち、彼女に肩を貸されながらロイは食堂へと向かった。ソニアとエリナは先に準備に向かっていた。



 ミネアは皆が部屋を出ると、服を整え涙を拭き心が落ち着くと部屋を出た。


 食堂に向かう途中、ミランダはロイにからかうように尋ねた。


「ミネアとやったんだろ?どうだった?」


 彼女のおやじ状態のぐへへという笑い声が、廊下に響いたが、ロイは苦笑いを浮かべながら答えた。


「そんなことができる体力があると思うか?」


 その一言に、ミランダは冗談が通じないなぁと感じた。

 あまり趣味の良い冗談ではないが、他に思い付かなかったのだ。


 その後2日間ロイは養生し、ようやく一人で歩けるようになった。

 ミネアはロイが目覚めた翌日、魔法学園に戻っていった。ロイは事後処理に追われたが、魔石などはごく一部のみ受け取り、お金も必要経費以外は受け取らなかった。

 その代わり、本来ロイたちの取り分だったお金は、町の復興や亡くなった方々の遺族への御見舞い金に使うようお願いした。


 アステールを引き上げる前日、ロイはようやくミネアの父である領主と面談した。

 領主の顔はやつれ、目の下にはクマができていた。

 執務室にてロイの顔を見るや否や、領主は今回の感謝と、ミネアとの婚約破棄について土下座を始め、さらに見舞いさえしなかったことを謝罪していた。


 しかし、ロイは謝罪を受け入れた。 


「事後処理があるのだから仕方がないですよ。ですから頭を上げてください」

  

 ロイは取り敢えず立って貰い、応接セットに連れて行った。


 領主が下座に座ろうとするので、慌てて肩を掴むと、半ば強引に上座に座らせた。


「領主閣下、ミネアさんとの婚約についてですが、彼女が学園を卒業するまでは、その話は保留にしましょう。それまでの間、私たちは町の復興に集中する必要があります。」


 領主は一瞬安堵の表情を浮かべた。


「それが最善だと思います。ミネアも、学園での学びを完了させることができれば、より良い未来が待っているでしょう。」


 ロイは頷きながら答えた。


「はい、そして彼女が卒業した後、私たちは再びこの話を持ち出し、婚姻について考えることができます。私としては婚約破棄がなかったことにして頂ければ幸いです」


 領主は深く息を吐き出し、ロイに感謝の意を示した。


「あなたの理解と寛容に、心から感謝します。ですが、あなたが負った心の傷や試練に対し何かさせて頂けないでしょうか?」


 ロイはこの人の立場的に、何かをさせないと収まらないのだろうなと、少し考えてから提案をひとつした。


「でしたら、私たちが開発した商品を正式に取り扱っていただければと思います」


 最後に領主と握手を交わしてからロイは執務室を後にし、廊下を歩きながら考え込んだ。他のことはてきぱきとそつなくこなす彼も、自分の恋愛や婚姻の話になると、どうしても及び腰になってしまう。それは、彼がいつも冷静であろうとする自分自身と、情熱的な感情の間の葛藤を表していた。


 ロイは自分の心の中で、ミネアとの未来を想像しながら、町の復興に向けて歩を進めた。彼の決意は固く、町とミネアのためにできることは何でもするというものだった。しかし、その決意の裏では、彼自身の感情と向き合う時間が必要だったのかもしれない。




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