新人冒険家エリカの場合 エピローグ

 ティーガーデンからログアウトしたエリカは、専用端末を頭部から外すと、大きく息をついた。

 目の前に映るのはいつもの本で埋め尽くされた自分の部屋。楽しい夢から目が覚めたようなそんな気分。

 濃密な時間から抜け出したエリカはしばらく呆然としていたが、やがてスマートフォンのティーガーデン専用アプリを起動すると、画像データを確認した。

 ゲーム内で撮影された画像はそこに間違いなく存在していた。

 そこではエリカとヴェロニカの並びにユニコーンがそっと寄り添っていた。画面をスライドすれば、ふたりと一匹で撮った画像が何枚も出てくる。

 エリカにも初めて手にした冒険の成果にはしゃいでしまった自覚はあったのだが、画像の中のヴェロニカがエリカを見る目は微笑ましさをたたえていて、改めて羞恥を覚える。

 布団を頭から被りひとしきり悶えてから、エリカははたと気がついた。そういえば、この画像を後でヴェロニカと共有することを約束していたのだった。

 あらかじめフレンド登録していたヴェロニカにまとめて画像を送りつけると、エリカは改めてその画像達を眺めながら今後について考える。

 ヴェロニカは、エルフの森に辿り着くには仲間が必要だと語っていた。初心者のエリカにはティーガーデンのフレンドなんてヴェロニカ以外にいなかったし、リアルの友達を誘うにはティーガーデンの専用機器は値段が高すぎる。

 コミュニケーション能力にも自信がないエリカが冒険を共にしてくれる仲間を得るのは戦闘能力の研鑽と同じぐらい難事に思えた。

 できるだけ早く冒険に乗り出したいエリカとしては何らかの方策を講じる必要があるのだが。

 うんうんとひとり唸っていたエリカだが、そう簡単に解決策が出てくるわけも無い。しかし、ふと思いついてヴェロニカに相談してみることにした。

 ヴェロニカに連絡を取って悩みを打ち明けると、ヴェロニカはしばらくしてひとつの選択肢を提示してくれた。

 自分から声をかけるのが難しいなら、相手から声をかけてもらえばいいのだと。

 SNSに自分の活動記録を投稿していけば、エリカの冒険に賛同してくれる人が集まってくるかもしれない。

 応援してくれる人が現れれば、その人達から助言を受けることもできるだろう。

 ヴェロニカの提案は自分から積極的に行動に移す自信の無い受け身なエリカにとって、素晴らしいアイディアに聞こえた。

 そうと決まれば話は早い。

 エリカはさっそくSNSのアカウントを作ると、本日撮影した画像を載せようとする。が、画像に写り込んだヴェロニカに許可を取る必要に気がついて、先に彼女に許可をとることにした。

 お礼の返信がてらヴェロニカに事情を説明して掲載許可を願い出ると、すぐさま承諾の返事が来た。それに加えて彼女からもう一件追加でメッセージが飛んで来て、それにはSNSに投稿する上での注意点を列記した上、問題があれば自分を頼ってほしいという言葉が添えられていた。

 そんなヴェロニカに深く感謝しつつ、SNSに初めての冒険の感想と画像を投稿する。所詮初心者による初めての投稿だ。大した反応は望めないだろうが、これからこつこつ投稿を続け、少しずつフォロワーを増やしていけばいい。

 エリカはそこで満足してスマートフォンを寝台に置くと、代わりにベッドの傍らの杖を取る。

 先ずは、リビングに居るであろう両親に感謝の言葉を述べねばなるまい。そして、エリカが辿った冒険の軌跡と、美しく優しい初めての友人のことを自慢するのだ。

 上手く動かない左足に今まではもどかしさを感じていたが、それももう気にならない。

 エリカの冒険は、こんな事ではもう止まらないのだから。


      *


 ティーガーデンからログアウトしたヴェロニカは、専用アプリに通知が届いていることに気がついた。

 アプリを開いて確認すると、予想していた通りゲーム内で先ほどまで行動を共にしていたエリカからの連絡だった。

 ユニコーンに出会って大はしゃぎしていたエリカが大量に撮影していたスクリーンショットと共に、感謝の言葉が綴られている。

 ヴェロニカにはその純粋な思いが好ましくありつつも、胸に痛い。

 胸中複雑なまま送られてきた画像を眺めていると、再びエリカから連絡が入った。内容は自分の目標に賛同してくれる仲間を集めるには、どうすれば良いかという相談である。

 ヴェロニカはしばらくその文面を睨みつけながら逡巡していたが、やがてひとつの解決策をエリカに返信した。

 それほど待たずにエリカからの返信があり、感謝の言葉と共に冒険仲間を集めるためにSNSのアカウントを作ること、それにあたって今回撮ったスクリーンショットを投稿したいということを相談してきた。

 目論見通りであったので、すぐさま承諾の返事をする。

 送信ボタンを押してから椅子の背もたれに身体を預けると、ヴェロニカは考えを巡らす。

 客観的事実としてティーガーデンの中で有名人であるヴェロニカと親し気なスクリーンショットを公開すれば、エリカは彼女の予想した以上に衆目を集めてしまうだろう。

 よからぬ事を企む輩がエリカに近づいてきてもおかしくはない。

 エリカが自分よりも年下であることは間違いない。それ故にSNSいかに恐ろしいかという実感も持ち得ていないと思われる彼女のことを考えれば、このように仕向けることに罪悪感を感じる。

 だが、それと同時にエリカの志とSNSへの投稿は、ヴェロニカの目的にとって非常に都合がいいことも事実だ。

 エリカのアカウントはヴェロニカの名声とユニコーンが発見されたという事実で広く拡散される。上手くいけば、ネットニュースで記事にされて現実世界の耳目も集めるかもしれない。そうしてエリカの名が広まればヴェロニカは目的にまた一歩近づけることに──。

 そこまで考えて、ヴェロニカは思考を打ち消した。

 これではまるでエリカを利用しているみたいだ。いや、事実その通りである。

 エリカが自分に向ける好意と憧憬に染まった目を思い出して気持ちが沈んでいく。

 だが、しかし。

 ヴェロニカはエリカへのせめてもの配慮として、SNSの扱いについての注意点を思いつく限り書き記し、何か問題があれば自分を頼るように申し添える内容のメールを追加で送信した。

 これでいいじゃないか。エリカは己の意思で自分の提案を受け入れたのだし、彼女の夢への近道になることは間違いあるまい。こうして注意喚起をしてエリカの様子を逐一確認していれば問題ないはずだ。

 それらが自己欺瞞にすぎないとしても、それは今さらの話。

 ヴェロニカは座った椅子をくるりと回転させて、部屋に置かれた姿見の方を見る。

 そこにはエリカに賞賛された美しい女性の姿はなく、どこにでもいる冴えない男の姿が映るばかり。十六年間、ずっと見続けてきた本来の自分の姿。

 エリカの憧れるヴェロニカなどすべて偽りだ。偽りの身体。偽りの性別。偽りの性格。偽りの言葉。

 本来存在することができない、男でありながら女性の皮を被った世界ティーガーデンで唯一の存在。

 すべては、に与えられた依頼クエストを承諾した時からわかっていたことだ。

 こんな自分が、今さら罪悪感を感じて何になるのか。

 そう自嘲してみせても、胸の奥のわだかまりが消えることはない。

 それでも。

 ヴェロニカは今日も偽り続ける。

 彼女の、そして己の目的のために。

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聖女ヴェロニカの偽り 萬屋久兵衛 @yorozuyaqb

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