第15話 新しい暮らしの中で 侍女・騎士視点
降伏宣言後の会議の後すぐに、帝国の意向でセレンスティア王国の王位が宰相閣下に渡り、王国はヴェラルド帝国の属国になった。
宰相閣下は、王になってからまず最初に、民の生活の安定化を、そして次に、不正をしている貴族の粛清をしている。
クリス様が作っていた引き継ぎ資料も使いながら、今のところ順調に統治している。以前会った時、忙しそうにしながらも、周辺国からの失った信頼を取り戻す為にも頑張りたいと言って笑っていた。
俺も、あの方ならちゃんと統治してくれるだろうと思っている。
新国王や帝国軍の指揮の元で魔物は駆除されていき、王国の民たちの暮らしは前と同じとまではいかないが、ある程度まで戻ったそうだ。
クリス様の妹のミリアーネ様は、このまま北の塔に幽閉され続ける事が決まったらしい。
ミリアーネ様以外の王族やリコは、平民になってすぐに魔物が出ている間の対応で恨んでいた人たちの手で殺された。
まあ、平民に落ちれば、王族という事を盾に好き勝手やっていた彼らがそうなるというのは帝国にいる、今回の計画を知っていた人間は全員が予測していたから、誰も驚かなかった。
リコ殿は、王族ではなかったが、クリス様を偽聖女だと言い出したのが彼女だったかし、平民の間には彼女が地下牢に入っていたなんて知られていないから、自分たちが危険な目にあった元凶なのに、自分たちのために何もしてくれないという感じの恨みを買ったんじゃないかと思う。
人とは勝手なものだ。そして流されやすいものでもある。
いくら平民でも、少し考えれば税金をムダ遣いしているのはクリス様じゃなくて他の王族たちだと分かるのに、簡単に流された。
貴族たちは、クリス様が不正をしたり偽聖女を騙ったなんて話、嘘だと分かっていてリコの味方をして、率先して噂を流した。
そっちの方が都合が良かったからだろう。
不正に厳しいクリス様は貴族に嫌われていたから。
宰相閣下……国王陛下には、もう二度とアンネローズ様やクリス様のような人が生まれないように頑張って欲しい。
クリス様が死んでから、もう少しで二年が過ぎようとしている。
クリス様の近くにいた俺やアンナ、セリアン殿、シュバルツのような側近達や、家族同然の扱いをしていた皇帝陛下、高妃殿下、エドワード殿下に殿下の婚約者であるアリス様、そしてアウグスト殿下も、少しずつ前に進んでいる。
来年、アウグスト殿下が二十歳になって成人したらエドワード殿下が即位される。
アウグスト殿下はいまだに婚約者を決めておらず、生涯独身でいるつもりらしい。
俺はアウグスト殿下の側近に加えてもらっていて、来年エドワード殿下の即位と共に臣下となるアウグスト殿下が大公位を賜ったら、殿下の他の側近達のようについて行こうと思っている。
セリアン殿は宰相補佐の任を与えられていて、時々皇帝陛下とクリス様やアンネローズ様の話をしながら過ごしているそうだ。
シュバルツはエドワード殿下付きの影として忙しくしているそうだ。
クリス様の元にいた時とあまり変わらない仕事内容に満足しているが、時々始まる婚約者と弟可愛い自慢はやめて欲しいとゲンナリしながら話していた。
そしてアンナは、
「お帰りなさい、クラウス」
俺と結婚して伯爵夫人になっていた。
「お帰りなさい、クラウス」
「ああ、ただいまアンナ。いつも出迎えありがとう」
かつての同僚で今の旦那様をキスをして出迎える。
クリス様に仕える事ができなくなってから、お義母様の家が持っていた伯爵家を継いだクラウスと結婚してから半年が経つ。
クラウスは侯爵家の次男で伯爵家当主、対して私は一代限りの男爵の娘。
身分が釣り合わないと渋っていると、クリス様––皇族の筆頭侍女だったという経歴があるのだから気にする必要はないと言われ、好意を伝え続けられたので、まずは恋人から始めませんかと返事をした。
互いに好意を持つようになっても、クリス様が亡くなってから二年も経っていないのに結婚するという事に迷いはあったのだが、
「クリス様ならむしろ、自分のことなど気にせずに早く幸せになって欲しいと願うと思いますよ?家臣が幸せになるところを見るのは、主人としても幸せだと言うような方ですからね」
とセリアン様に、
「そんなこと言ってたら、クリスめちゃくちゃ怒ると思うぞ?」
とアウグスト殿下に言われて、結婚する事を決めた。
それからは今まで以上に大事にされて、幸せな日々を送っている。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
愛しい旦那様と優しい義父母。
頼りになる義兄と美しい義姉。
伯爵夫人として必要な勉強をしながら送る、とても幸せな日々。
だけど、クリス様がいない。
元々、クリス様は【
【離魂症】とは、魂の器である肉体から魂が離れてしまう病気で、症例が少なく、原因が魂の方にある為に治療法が見つかっていない。
普通の病と違って、普段は健常者と同じように過ごせるのだが、少しずつ魂に耐えられない体が壊れていって、頭痛や眩暈、嘔吐や吐血などという症状が出てきて、最終的には、息をするのも辛い激痛に苛まれながら死に至るという恐ろしい病気。
それでも、すくすくと育っていくクリス様を見て安心していた。
でも、子供のみで背負うには重すぎる事情や仕事。
そして少しでも隙を見せれば狙われる命。
私と同じようにクリス様が幼少期から仕えていた侍女ですら、毒を盛る事があった。
ただでさえ病の進行によって壊れゆく体は、毒によってそのスピードを早めていた。
二年前、帝国から王国に帰るときにはすでに、余命三年。成人まで持つかどうかと言われていた。
それでも、あと三年。
今現在までは、生きれる可能性があった。
いまだに夢を見る。
二年前にクリス様は王国に帰らなくて、帝国で過ごす夢。
アウグスト様や皇族の皆さん、アリス様に大事にされて、私やクラウス、セリアンとシュバルツという側近に囲まれて幸せに天寿を全うする夢。
いつもそれが現実になればいいのにと思う。
仕える主人であり、我が子のように育ててきた子供でもあるクリス様が、簡単にいなくなってしまってから、私はずっと、何かが足りないような感覚を覚えている。
それはきっと、クリス様の側近であったみんながそうだ。
私の旦那様も。
普段、今の日々を幸せだと思いながらも、クリス様がいない日々を送る度に、何かの拍子に足りないと思っている。
悲しみは時間が解決してくれるというけれど、大切な人を失った喪失感は、どうしたら埋まるのだろう。
二年。
たった二年というべきか、もう二年というべきか。
二年という歳月を送りながらも私はいまだに、私の、クラウスのそばにあった、彼女の陽だまりのような優しい笑みを探している。
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