第16話 目覚めとその後 (終)

『ん……』


『⁉︎クリスティーナ、私の事がわかりますか?』


『るーちぇ……?なんで』


『今王を呼んできますから、ちょっと待っていて下さい』


私は……そう。


妹に毒を盛って殺されて、迎えに来たユミトと少し話して。

そして、えっと、しばらく寝ておくようにユミトに言われて目を閉じたんだった。


どれくらいの間、私は寝ていたんだろうか。


『クリスティーナ、良かった。目が覚めたんだね。今日は君が死んでから丁度二年の日だよ。君は二年間、ずっと寝ていたんだ』


『ユミト』


二年も寝ていたなんて、と驚くのと同時に、彼の名前を呼んだ自身の声に違和感を覚えた。


まるで、ユミト達精霊みたいに頭に響く声。


まさかと思って、ユミトを見る。


ユミトは少し困った顔で私を見ていた。


『察しが良すぎるというのも、困りものだね』


『……どうして?』


体は透けてない。大きさも普通の人と同じくらい。


この二つから考えられるのは、ユミトが精霊王の権限を使って私を新たな大精霊にしたということ。


『約束を守るため』


は?


『約束を守るためって……他にも方法があったでしょ?そんな事のために、一度しか使えない権利を使ったの?』


私の、ために?


私が死後、この世界に呼ばれる時にユミトとした


かつて私が来栖として生きた世界にあった乙女ゲーム。


私は、その乙女ゲームのせいで歪められそうになっているこちらの世界の理と、この世界の人間の意思を守る。


その対価として、ユミトは私の病気をこちらの世界で生きた後に治す。


私の【離魂症】は前世からだった。


前世は、魔力というものが存在せず、また酷くなる前に事故で死んだために、少し体が弱い程度の認識だったが、本当はそういう名前のついた病気だったらしい。


【離魂症】は原因が魂にあるから、何度転生しようと変わらず発症する。


『でも大精霊には寿命がないし、肉体がない魂だけの存在だからちょうどいいでしょう?』


でも、全ての大精霊が揃っている状態で、新しい大精霊を誕生させる時。

それは精霊王の大切な存在を選ぶ時だ。故に、一生に一度しかその権利を使う事はできない。


『いいんだよ。だって、僕君のこと好きだし』


すき……好き?


『今までも何度も好きだって言ってたでしょう?

アウグストと仲が良くないのは、彼も僕と一緒で君を狙ってたからだよ。……ねえ、君さえ良ければ、僕の伴侶になってくれないかな?』


でも、私は人間で……


『君は大精霊になった。もう人間じゃないよ』


同情してるだけじゃないの?


『酷いなあ。僕がそんな事しないって知ってるだろうに。もう心配事はない?来栖。ねえ、僕を選んではくれないかな。大切にするから』


『……私、前世も今世も恋なんてしてこなかったから、多分重いけどそれでもいいの?』


『⁉︎もちろんだよ‼︎ああ、嬉しい。これからよろしくね、来栖。クリスティーナ』


『こちらこそよろしくお願いします、ユミト』


その瞬間、世界中に精霊王の伴侶の誕生を知らせる鐘の音が鳴り響いた。







昔々、セレンスティア王国という国に、クリスティーナという王女がいました。


帝国の皇族の血も引く彼女は、家族から気に食わないからという理由だけで冷遇されて生きてきました。


それでもめげずに努力し、心優しく真っ当に生きていた彼女は、美しく可愛らしい少女へと成長していきました。


ですが、彼女が十六歳になったある日、異世界から来た魔女が仕掛けた罠によって命を奪われてしまいます。


精霊王様のことが好きだった魔女は、精霊の愛し子であるクリスティーナに嫉妬したのです。


怒った精霊たちや、彼女を大事に思っていた人々は王国を滅ぼして、今の王国、セレス王国に変えてしまいました。


彼女がいなくなって、彼女を愛していた精霊王は嘆き悲しみ、クリスティーナを大精霊として生かす事にしました。


そうして、月と太陽の精霊、クリス様は生まれたのです。


クリス様がクリスティーナとして生きている時に、彼女を大切にしていた人たちの元には彼女の精霊の加護が与えられ、とても幸せに暮らしましたとさ。


めでたしめでたし






「ねえねえ、おかあさん。いまのおはなしって、くりすおねえちゃんのおはなし?」


少年は、話を終えた母を見上げて尋ねた。

この話をしている時の母はとても楽しそうで、少年はこの話を聞くのが大好きだった。


「ええ、そうよ。アウグスト殿下……アウグスト大公閣下に会いに行った時にいる、かっこいいお姉さんのお話」


「じゃあ、せいれいおうさまはゆみとおにいちゃんだね‼︎」


「ふふっ、そうねえ」


「あらアンナ、お久しぶりね」


「あんなさん‼︎」


「お久しぶりでございます、アリス皇妃殿下。ご機嫌よう、ミア殿下」


「ごきげんよう‼︎」


「クリスの、おっと、クリス様の話をしていたの?」


「はい」


「アウグスト様も、幸せそうにしているわよねえ」


「本当に」


彼女の隣にいるのは自分ではなかったが、彼女の幸せそうな顔を見れるだけで自分は幸せだ。


そう言ってニヤリと笑う彼はいまだに独身を貫いており、後継には親戚筋から優秀な人間をもらって教育している。


「二人とも揃っているの?」


「「クリス様‼︎」」


「「くりすおねえさま‼︎」」


「二人とも元気ね。こんにちは、今日は天気が良いね」


陽だまりのような笑顔を浮かべて、夜の色の髪を結った男装姿の精霊は、菫色の瞳を機嫌良さげに細めてそう言った。


今日もきっと、彼女は穏やかな時を過ごすのだろう。


幼少期の分を取り返すように。










一度、いや、二度死んだ彼女は、三度目の生を楽しんでいる。


これは、悪役と呼ばれた彼女の死から始まった物語。


そして、彼女が幸せになる物語だ。







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