第11話 影と弔鐘
「文官達をベッドにでも連れ込んで、味方にしたのか?」
ハア⁉︎お嬢がそんな事するわけないだろう⁉︎
お前は自分の母親のことを言っているのか?
「ああ、でもあんな貧相な体じゃ無理か。じゃあ、金でも積んだのか?」
お嬢の体が貧相とか……お嬢はどこの誰より魅力的な人間だろうが⁉︎
あの女神のような美しさと慈悲深さ‼︎
惚れ惚れするような決断力‼︎
悩ましそうに目元をキュッと細めて思案している凛々しいところも、問題が片付いた時に、安心したようにふにゃっと笑う可愛いところも、素晴らしいだろうが‼︎
美しいという言葉じゃ表せないくらいに美しいじゃないかあああ‼︎
いや、
嗚呼、お嬢のことを侮辱するなんて。今すぐ殺ってしまいたい。
いいよね、もう、よくない?
こいつなんかが、お嬢の素晴らしさを理解できないのは分かるし、こいつにそれを語りたいとは思わないが、お嬢を侮辱する奴なんかこの世からいなくなれば良いよね。
うん。でもなあ、僕はそう思うけど、お嬢はそうじゃないからなあ。
僕に今許されているのは、お嬢が守ってきた国がどうなっているか、見て、報告することだけ。
リコとかいう子は、地下牢に入れられてすぐは叫んで暴れてたけど、今はもう静かにしてる。
生かしておいてあげるなんて、ほんとお嬢の周りのみんなも優しいんだから。
いや、優しいのはお嬢だけか。
みんなは、あの子をギリギリまで生かして、絶望させるつもりらしいし。
僕としては、正直、この国がどうなろうが、心底どうでもいいんだよね。
だって、もうお嬢はいないもん。
孤児だった僕は、ずっとスラム街で生きていた。
自分が生きるために、誰かを犠牲にしないといけない。
そんな、底辺の、人としての権利なんて何一つないような場所。
兄と慕っていた人間を殺して、親友を殺して、恩師を殺して。
それでも、生きる理由なんて何一つないのに、死ねなくて。
名前なんてなかった。つける人間がいなかったし、必要なかった。
呼ぶ人間なんていなかったから。
殺して、奪って、また殺して。
そうして生きているうちに、闇ギルドの人間に目をつけられて、闇ギルド所属の密偵兼暗殺者として働くようになった。
ギルドの中では、『ナナシ』と呼ばれた。
ほとんど呼ばれない、適当につけられた名前。
名前なんて、個人を判別するための記号のようなものだと思った。
お嬢と会ったのは、ギルドにお嬢の殺害依頼が来たからだった。
お嬢はまだ五歳、僕が十三歳の時だった。
そんな歳で命を狙われるなんて、王族というものは、恨まれているものなんだなとどこか遠い世界の話のように感じながら、何人かの、同じ依頼を受けたギルドの人間と一緒に、月のない夜にお嬢の寝室に入り込んだ。
冷遇されていて、護衛も一人しかいない王女様の殺害。
本来なら僕一人でも失敗するはずのないほど簡単な依頼。
そのはずだったのに、結果は失敗。僕以外の人間は全滅。闇ギルドの中でも腕利きの刺客たちが、五歳の少女と一人の騎士に敗れたのだ。
王族殺しは重罪。
騎士によって制圧された僕も、拷問された上で死刑だろうと思っていた。
「私に仕える気はないですか?」
お嬢にそう言われるまでは。
最初は、この王女様頭おかしいんじゃないかって思った。自分の命を狙った人間をそばに置くとか、正気じゃない。
なのに、お嬢は本気だった。
僕の仕事は、お嬢の護衛兼密偵。
今まで不正を突き止めた貴族達や家族から放たれる刺客を排除する事と、不正をしている貴族達の情報を集める事。
「ありがとう、助かったよ」
集めてきた情報を渡すたび、お嬢は僕にそう言った。
貴族なのに、平民である僕に、毎回毎回お礼を言うのだ。
「ごめんね」
僕が刺客の血で手を濡らせば、なぜか謝って僕のことを抱きしめた。
お嬢も、震える手で刺客を斬ったのに。
お嬢は、自分の命を狙った人間にすら、同情する人だった。
優しく、賢いお姫様。
彼女のことが、もっと知りたくて。
流されるようにお嬢のそばにいるうちに、王宮内でのお嬢の立場が分かった。
国王である父親からも、継母からも、義兄からも疎まれ、貴族も大半が敵。
その中で、五歳の少女であるお嬢が改革のために足を踏ん張って立っている。
その事を知って、自分が怒りという感情を覚えている事に愕然とした。
感情なんていらないと、とうの昔に切り捨てたはずなのに。
「シュバルツ」
お嬢がくれた名前。
名前なんて、ただの記号。どうでもいいと思っていたのに。
その名前をお嬢に呼ばれる度に、自分が人として認められているような、世界に色が付いていくような、そんな感覚がした。
俺を人にしてくれたのは。
俺の心を救ってくれたのは。
お嬢だった。
お嬢のことを守りたいと思った。
体だけじゃなくて、あの優しい心まで。
そうしたら、お嬢の大事なものまで守らなきゃいけない。
お嬢の大切なものが、僕の大切なものになった。
僕を制圧した騎士は、僕のことを一緒にお嬢を守る仲間だと言ってくれた。
お嬢の側近をまとめる執事さんは、僕が貴族の屋敷に潜入する手段を増やすために、マナーを教えてくれた。
いるもお嬢のそばにいる侍女さんは、お嬢の側近以外誰もいない時に、僕にもお茶を用意して労ってくれた。
お嬢がいなくなった、価値のない世界でも。
この人たちと共に生きるなら悪くないと思えた。
僕が今生きているのは、僕の今があるのは、お嬢と騎士、執事さんと侍女さんのおかげだ。
あとは、帝国の皇族の人達か。
僕らの訴えを聞いて、お嬢を保護してくれたんだから。
僕は、お嬢の側近であるみんなと帝国のために生きる。
お嬢を傷つけた王国など、滅んで仕舞えばいいと思う。
たとえ、お嬢が大切に思っていた国だったとしても。
だから、今。
魔物に畑が荒らされ、食べるものがない上に国から支援も何もない事で、平民が飢えて死んでいたとしても。
訓練を怠っていた騎士たちが、魔物や、暴動を起こした民に殺されていたとしても。
貴族達が、私財を切り詰めても間に合わないほどの損害に頭を抱えて絶望していたとしても。
王族達が、お嬢のやっていた事を何一つ理解できないせいで、公務のほとんどが止まっていて、国が回っていないとしても。
財政が傾いている事を知らされても尚宝石やドレスを買い漁る王妃や、宰相に任せきりで何もせずに寝ている国王、民のことを考えない王太子によって、王国の国庫は空になり、平民の王族への不満は頂点に達そうとしていたとしても。
僕が言いたい事は一つだけだ。
「ざまあみろ」
お嬢を蔑ろにした罰を、噛み締めればいいんだ。
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