第12話 王国と帝国 執事視点

「降伏ですか?」


我が主人クリスティーナ様が亡くなってから七日。帝国から王国に宣戦布告してから六日が経った。


昨日、ついに抗うことの出来なくなった王国が降伏宣言をしたため、皇帝陛下の名代であるエドワード皇太子殿下を中心として、殿下の側近、護衛、そしてクリス様の側近であった私ことセリアン、アンナ、クラウスの三人が帝国側の人間として。


国王陛下と王妃殿下、ミリアーネ第二王女、そして王太子と偽聖女のリコが王国の人間として帝国と王国の国境にて、講和条件を決めるために、今日の午後から集まる事になっていた。


クリス様がシュバリエと名付けた青年は、表に出る事が苦手な為、エドワード殿下に付く護衛に紛れて同席すると言っていた。


一日近い猶予は、今回限りの移動方法として使わせてもらった風の大精霊様と闇の大精霊様による転移魔法での疲れを取ってもらう為らしい。


流石にやりすぎると、今は静観してくれている他国からの批判が来そうなので、その辺はエドワード殿下も、アウグスト殿下も自重していた。大変渋々ではあったが。


こちらの都合で王国側の人間に関しては指名させてもらったが、あちらの護衛の人間に紛れ込まされていたらしい帝国暗部の人間や、シュバリエからの報告書によると、随分話をしながらこちらに向かっていたらしい。


念の為、アウグスト殿下が予想した七日よりも早く王国が降伏した時のために、宣戦布告をしてからずっと、我々は国境にいたのだが、まさか本当に早まるとは思っていなかった。


「うん。アウグストは七日って言ってたんだけど……。五日だったね。

アウグストが予想を外すなんて珍しい。心当たりはある?」


そう聞かれて、エドワード皇太子から受け取った書類を見た私は静かに首肯する。


「シュバリエの報告書では、誰もクリス様のやっていた事を引き継げていないそうですので、その分早まったのでしょう」


引き継げたとしても七日という判断だったと考えると、クリス様以外の王族の無能っぷりがよくわかる。


「?……だが、クリスはきちんと資料を用意して保管していると言っていたよ?

ずっと自分がいるわけじゃ無いから、その後もちゃんと出来るようにと」


「クリス様の悪い癖が出たのですよ」


「……そうか。なるほど」


クリス様は、周りの人間の価値は正しく評価できるのに、自分の事や自分のやった事に関する事への評価が異常に低かった。


「元側妃で王妃教育を受けていないアバズ、王妃に、国の運営に関してほとんど何もわかっていないバカ、失礼しました。国王陛下、そして王太子教育から逃げ回ってばかりいて偽聖女にうつつを抜かす王太子ゴミ野郎

彼らに、クリス様がやっていた事が理解できるはずがないでしょう?

何かやろうとしても、優秀な人間は宰相閣下の手を借りて、軒並み帝国へと亡命していますし、そもそもアイツらに分からない事を理解しようという努力をする力は無いので、書類は溜まっていく一方です」


「よく理解できたよ」


なんの苦労もしてないあいつらに、クリス様と同じ事ができてたまるか。


クリス様がやっていた事を知っている人間であれば、誰もが同じ事を思うはずだ。


特に、私やアンナ、クラウスのようにアンネローズ様が王国に嫁ぐ前から仕え、クリス様が生まれた時から知っているような人間は、その考えが強い。





王国に嫁いだアンネローズ様は、クリス様を産む前から現国王からの度重なる暴言によって精神が不安定になっていた。


クリス様を産んだ後は、現在王妃となった、当時の側妃の執拗な嫌がらせも加わり、たとえ子供であってもドレス姿の人間に怯えるようになった。


クリス様が男装をしているのは、母を怖がらせないようにする為にしていたのが定着したからだ。


でも、たとえ男装していたとしても、アンネローズ様にとって、自身に酷い事をする男の子供という存在を見るのは辛かったのだろう。

アンネローズ様とクリス様の交流は最低限だった。


二歳、三歳児とは思えないくらいの賢さを見せていたクリス様は、その事に関して少し寂しそうな顔はするものの、何も言わずに従っていた。


せめて交流の時に褒めてもらえるようにと、空いた時間で、必死に勉強していた。


王女なら本来必要ない、武術も騎士に頼んで習っていた。

今思えば、自身の立場に何か察するものがあったのかもしれない。


クリス様が三歳になってすぐの頃。

数少ない、アンネローズ様とクリス様の交流日に、護衛についていた騎士が裏切り、アンネローズ様を斬り殺した。


クリス様は、他の護衛騎士––クラウスが気づいて守ったために生き残ったが、まだ幼いクリス様の心には大きな傷が残った。


アンネローズ様を殺した犯人は王宮に忍び込んだ賊であると公表されたが、側妃と国王の仕業であるのは自明だった。


クリス様は、その日からまるで何かに追い立てられるように勉強にのめり込むようになった。

その姿に、私は政務に仕方や公務の種類などについて教えることしか出来なかった。


成長するごとに増える、食事に紛れる毒や刺客。

朝早くから公務に加えて、不正をする貴族との話。毒殺の危険があるので下手に食事など取れず、夜は刺客に怯えながら眠る、神経を削り続ける生活。


たった四歳の頃からそんな生活を続けていたクリス様は、十一歳の時に、留学に来ていた帝国の皇太子を頼り、十二歳の時に帝国に渡る事で、ようやく一息つく事ができたようだった。


血が繋がっているとはいえ、今まで交流が無かった、しかも他国の頂点に立つ一族を頼る事を渋るクリス様を、側近全員で説得したのは、皇族の方々にも褒められたし、本当に英断だったと思う。





なのに、四年もしない内に、帝国でのいささか多忙ながらも穏やかな生活を、またも王国の奴らによって壊された。


「セリアン達は逃げなさい」


冤罪によって断罪された直後、普段命令という言葉を嫌うクリス様が、珍しくこれは命令だと言った。


私達が何度考え直して欲しい、嫌だと言っても、覆す事はなかった。


嫌々ながらも命令に従わざるを得なかった私達が、王国の騎士に追い付かれる寸前で帝国の騎士達に保護されて聞かされたのは、クリス様が死んだという知らせと、王国への報復計画、そして、精霊王様からクリス様の、今までの感謝の言葉と先に死んでしまう事への謝罪、これから幸せになって欲しいという願いだった。




私たちの願いは、クリス様の幸せだったのに。


クリス様さえ幸せだったら、それで良かったのに。


私達が不甲斐ないばかりに、むざむざクリス様を王国に殺されてしまった。


このままじゃあ前に進めないんです。


だから、私達家臣が一度だけ、貴方様の意思に背く事をお許しください。


「じゃあ、みんな準備は良いかな?王国に、自分たちが傷つけた人間が誰なのか、思い知らせてやろう」


「かしこまりました。エドワード皇太子殿下」


私の唯一の主人を害した達を、罰しに行きましょう。


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