第8話 妹王女の勘違い

「宰相閣下はお忙しく、手が空いたら顔を見せるとの事です」


「そうなの?……ご苦労様」


「はっ。失礼致します」


私が、正義を全うするためにお姉様に毒を盛ってすぐに、北の塔に入れられてから二日目。

もう何度も聞いた伝令に、私は少しずつ焦り始めていた。





「お姉様‼︎」


「どうかしたの?私の可愛いミリアーネ」


駆け寄ったら撫でてくれる温かい手が好きだった。


「あらミリアーネ、もう授業は終わったの?少しだけ待っていてくれるかしら?

……これを宰相様に回して。この前渡した資料も合わせて提出するように言っておいてね。それとこの山は王太子付きの文官に渡して。質問があればいつもの方法で聞くとも伝えて欲しいわ」


「かしこまりました」


私には難しくてわからないお仕事をしている時の、凛としている姿をかっこいいと思った。


「それでね、帝国はね––––」


「ミリアーネ貴方すごいわね‼︎とってもよく勉強出来ているわ‼︎さすが私の自慢の妹よ」


「えへへ、そうかなあ?」


今考えると、連日仕事に追われて忙しかっただろうに、欠かさず取ってくれたお茶の時間。

そこで勉強した事を話すと褒めてくれる、あの陽だまりの様な笑顔が大好きだった。


「貴方達、一体誰に向かってその様な口を聞いているの?ミリアーネは私の妹よ?

これからはよく考えてから話す事をお勧めするわ」


いつでも守ってくれるその背中に憧れた。


ずっとそばに居てくれるんだと思ってた。

ずっとずっとこの日常が続くと思っていた。


それなのに、お姉様はある日突然、帝国へと行ってしまった。


手紙は来るけど、お姉様は一度も帰ってこなかった。


そんなお姉様がいない生活が始まってしばらくすると、私の耳に変な噂が入って来た。


いわく、お姉様は民の血税を自分のアクセサリーや服の為に浪費している。

曰く、お姉様は闇ギルドを支援している。

曰く、お姉様は禁止されている奴隷を使って人体実験をしている。

他にもお姉様が犯罪に手を染めているという類いの噂を沢山耳にするようになった。


最初は全く信じていなかった私だけど、聞くとこの噂はお姉様が帝国へ行く随分と前から流れていた噂らしい。


つまり、お姉様は意図的に私に噂の存在を隠したという事だ。


「お姉様?」


「っ⁉︎どうしたの?ミリアーネ」


帝国に行く三年ほど前から、私に見せないようにしていた書類の山。私に見られそうになったら慌てた様子で隠していたあれらは、いったいなんの資料だったのだろう。


「第一王女殿下を疑うわけではありませんけど、そういえば第二王女殿下の側近は第一王女殿下がつけた方々じゃなくて?」


仲が良い令嬢にお茶会でそう言われた時、ふと不安になった。

お姉様から付けられた側近達を、本当に信用して良いのだろうか、と。


それでも、すぐにその考えは打ち消した。確かに彼らはずっと、私のことをお姉様の代わりに支え続けてくれていたのだから、大丈夫だと。


疑う事はない。

彼らは味方だ。

そう信じた。

そう信じようとした。


けれども、一度覚えた不安というのはそんなすぐ消え去るものではなく、依然と私の胸に残り続けていた。


その不安がさらに増すようになったのは、私が十三歳の時。

異世界から聖女様が降臨された直後だった。


「ミリアーネちゃん……クリスティーナさんが……」


初めて行うお母様とのお茶会で、聖女様が悲しそうな顔で近付いて来た時、胸が嫌な予感でざわざわするのが分かった。


「実はね……これを見てほしいの」


王妃であるお母様と聖女であるリコさんの連名で書かれている書類には、お姉様とその側近のみんながやったと言う悪事の証拠があった。

しかも、噂よりも重大な犯罪についての資料も揃っていたのだ。


「え……。いや、お姉様は」


優しい姉。強い姉。賢い姉。……私が見ていたそれは、本当に正しいの?


よく考えたら、私はお姉様のことをほとんど知らない。私のことも、家族のことも。

お姉様が帝国に行くまで、お姉様やお姉様の側近、お姉様がつけた私の側近のみんなからしか情報は聞いた事がなかった。

お姉様が帝国に行った今だって、ほとんどは側近のみんなから聞いた情報だ。


お姉様が、自分に都合の良いように情報を操作するのは簡単だったんじゃ無いの?


いや、大丈夫。正しいはず。だって、側近のみんながそう言ってるから。お姉様の付け、た、側近……?


「あのね、聖女が他の世界から来る前に、前兆として結界ができる事があるの。その時間差は大体五年から九年なんだ。私が来た世界とこの世界は世界線として離れたところにあるから、時間差も大きいらしいよ」


王国にお姉様が結界を張ったのは、お姉様が六歳の頃だから丁度九年になる。

お姉様が、私を、騙していた……?


揺らぐ私に、お母様がさらに声をかけた。


「今までごめんなさい‼︎わたくし、わたくし、クリスティーナに脅されてたの‼︎貴方に近づいてはいけないって。近づいたらミンニールを殺すって。本当にごめんなさい‼︎王太子であるミンニールはどうしても守らなければいけなかったの‼︎」


頭を下げて謝り続けるお母様の姿に呆然としてしまう。


「王妃様は、その、王太子様をお育てすることで精一杯だったらしく……。そのことに気付かれた第一王女殿下が、『両陛下がお育てしないのであれば私が第二王女殿下を育てる』と申されまして……」


昔、お母様と顔を合わせる事が少ない事を不思議に思った私が侍女に聞くと、そんな言葉が返って来た。


私はお母様とあまり話した事がない。お兄様とも、お父様ともだ。

全く話さないお姉様と違って私は、顔を合わせたら少し話すけど、ほとんど関わりは無かった。


それは、そんな理由からだったの?


あの優しいお姉さまは、全て嘘?


「お願い‼︎ミリアーネ、いまさらわたくしと仲良くしてとは言わないわ。でも、信じてくれないかしら?そして、クリスティーナを追い詰めるために力を貸して‼︎」


「私からもお願いします、ミリアーネちゃん‼︎困っている王国の国民のために、力を貸して‼︎」


『王女として、民のために動ける人間になりなさい』


お姉様、貴方に教えてもらったように、私はセレンスティア王国の第二王女として、王族としての、王女としての心構えを忘れて民を苦しめる、貴方を断罪します。


私はその時、覚悟を決めた。

お姉様から王族位を剥奪して、しようという覚悟を。


それから一年間、私はお姉様が付けた側近から出来るだけ自然に距離を取り、外からの情報を手に入れることに専念した。


お母様とのお茶会の時は、何とかみんなから離れられたものの、その後はまた今までの状態と同じようになっていたからだ。


一年かけてなんとか側近のみんなから離れて、お母様やお父様と一緒に選んだ側近に変えた。


「ミリアーネ殿下‼︎考え直してください‼︎このままでは大変な事になります‼︎」


「ミリアーネ様‼︎どうかご再考を‼︎」


何度も何度も側近達にはそう言われたけど、そんなにお姉様を守るのは大事なのだろうか。犯罪に手を出しているのに?


私がそうやってなんとか側近達と離れることが出来たのと同じ頃、聖女様とお母様がやっていたお姉様とその側近の犯罪の証拠集めも終わったらしい。


宰相閣下はお姉様を信じているから、宰相閣下には気が付かれないようにしないといけず、少し時間がかかってしまった。


でも、もう直ぐ終わる。

そう思っていた。


私が十四歳になってすぐの、ミンニールお兄様の王立学園卒業記念パーティーで、お姉様に対する断罪は行われた。


「反省、してないんですか?」


「ええ。貴方と聖女様の慈悲で極刑を免れて国外追放になったのに、クリスティーナはそんな事やってないとしか言わなかったわ」


「そんな……」


お姉様の事だ。証拠があったらちゃんと反省して謝ってくれると思っていたのに。

ここ一年で、あの心優しい聖女様に次女に命じてしていた数々の悪行も、聖女様は謝ったら国外追放で済ましても良いというとても優しい沙汰にしてくれたのに。


ここまで来て、私はやっと気がついた。お姉様は本当に変わったんだと。

もう、何を言っても、何をしても、無駄だろうという事を。


「ミリアーネ、この薬をクリスティーナに飲ませてもらえない?王国の民のために、もうこうするしか無いわ」


「わかりました、お母様。私は正義を貫きます」


たとえ、お姉様を手にかけることになっても。


「愛してましたわ、お姉様。大好きでしたわ、お姉様。

でも、貴方は変わってしまった。罪なき民を殺しておいて、そうやって笑って生きている。許されない事です。

それでも、私を育ててくれたのは貴方ですから。私と聖女様、そしてお母様からの慈悲です。せめて、私の手で安らかに眠って下さい」


翌日、お茶に誘ったお姉様が薬を飲んで倒れ、事切れるのを確認してから呟いた。





私はお姉様を手にかけた事で、無罪放免とはいかないという事で北の塔に入った。


それまではずっと、自分のしている事は絶対に間違っていない、正しいと思っていたけれど、塔に入ってから、山ほどある時間で色々と考える内に、少しずつ不安になって来ていた。


そして、その不安はこの二日間で焦りに変わって行っていた。


何度会って、お姉様の話をしたいと言っても来てくれない宰相閣下。

一度も来てくれていない家族達。

今までに無いほど騒がしく、ザワザワとした空気が途絶える事なく続いている外の様子。


知らない光景に、私は今更ながらずっと、自分の選択について考え続けている。


「お姉様……」


最後に握った、お姉様の冷たい手が、ずっと頭から離れなかった。

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