第35話 犯人の自白

「あたしが子供の頃、家はお金持ちだった。父方が中小企業を経営していて、それが大きく成長を遂げていたんだ。

 その為、お父さんがそこの社長、お祖父ちゃんは会長、伯父さんは専務だった。それくらい代々築き上げた会社だった。

 従業員も二百人くらいいる工場だった。その為、夏休みやゴールデンウィークなんかはどこの人かわからない若い男の人たちが家や観光地に集まってた。今思えば、会社の正社員の人たちだろうけど、あたしは誰か分からない、気分良くさせてくれる人たちとしか映ってなかった。


 そんな中で、不景気の風に煽られ、次第に会社は赤字続き。お父さんは営業利益を気にしだし、いつしか酒を浴びるようになった。

 この頃は、あたしは小学三年生だった。優しかったお父さんは次第に酒に溺れ、お母さんを殴る蹴るなどした。

 お母さんは元レースクイーンをやっていたくらい、美人な人だった。でも、あたしには勉強をして、大手の大学に出て、学校の教授にしたかったみたいだ。


 いつしか、お母さんはお父さんからの暴力に耐えられず、今度はあたしに暴力を振るった。勉強をしろと。

 あたしは元々、勉強が苦手だった。多分どこかネジが外れてるんだと思う。必死で覚えても、中々覚えられない。それが気に食わなかったみたいで、深夜遅くまで勉強させられた」


「ひどいね……」

 あかねは苦い顔を見せた。

「その後、会社は瞬く間に経営破綻した。父方は一気に抱えきれないほどの借金を背負わされた。

 ある日、あたしが家に帰ると、お父さんは二階の書斎で首を吊っていた。あの時の、衝撃は今でも忘れられない。金銭面で生活が苦しいとかじゃない。大切なものを失った悲しさと、小学生には刺激が強すぎて、しばらく、あたしは不眠症に陥ってしまった」

 石留はそこで口を閉じた。赤の他人に自分の過去を赤裸々に話していることに抵抗があったのだろうか。


「まあ、あんたの小学校時代は良く分かったよ。水野さんも同じように、家庭に穴が開いてた状態だった。そこで意気投合したんだね」

「そうだよ。中学生になり、あたしは毒親に反抗するように、制服から態度まで奇抜なやり方をした。あいつは物を使って、あたしの頭を叩いたんだ。それで流血して、警察沙汰になったこともある。

 でも、あたしは諦めなかった。不良になってこの人生をめちゃくちゃにしてやるって思ったね。仕事をしてる毒親には感謝だけど、借金取りの電話や訪問にうんざりだったから。そんな時に、不良グループの中から、明日香を見つけた。


 最初は自分自身かと思った。もちろん、そんなはずはない。話していくと、親の話で盛り上がった。あたしたちは仲良くなるまで、それほど時間はかからなかった。

 いろんな悪さをした。中学生でバイクに乗ったり、いろんな男と遊んだりさ。楽しくしていたけど、心の中が空っぽだった。その空っぽを埋めるために、あたしたちは何も言わなくてもわかる親友になっていった」


「そこから、水野さんが変わってしまったんだね」


「ああ、そうだ」石留は両手を強く握って、歯を食いしばった。「高校一年の時、あたしたちは演劇部で大道具担当だった。無論、明日香は森本のファンだったし、あたしもそれに付き合ってもいいかなって、演劇部に入った。全く演劇に興味なかったけど。

 でも、明日香は二年に上がった時に変わってしまった。ある一人の学生が病欠で、たまたま明日香がその子の代わりで演技をすることになった。それが的野の目に留まったんだ。


 初めは、あたしも同じ気持ちで喜んだよ。そりゃあ、あたしも親友が褒められるところは嬉しいさ。しかし、明日香もやる気が出てきて、徐々に距離が遠くなっていくことに違和感が残った。

 もう一人のあたしが、誰かに取られてどことなく遠くなっていく。それは、切なくもあったし、怒りにも似た。


 その時に、初めて明日香に対してからかってやろうと思った。理由は分からない。でも、今となったら、きっとあたしの心が空っぽだったんだね。

 こっちを向いてほしかった。もちろん明日香もあたしとは親友の付き合いだった。しかし、演劇との葛藤があったと思う。あたしも知ってていつまでも子供のような駄々をこねるような仕草をしてたみたいだね」


「それで、二人ともボロボロになったっていうの?」

 真が言った。

「まあ、明日香がパワハラを受けてた現場をたまたま見たんだ。明日香は何回も暴力を振るわれてたと思う。顔にあざが出来てたこともあったよ。あたしは誰がやったのかすぐに分かった。この今、気を失ってる。オッサンにね!」 

 石留は語尾を強めていった。


「森本君はどうして憎かったの? やっぱり、水野さんを振ったから?」

「あの野郎は、ただ興味が無かっただけじゃない。明日香は遊ばれてたんだ。どこそこの場所にいるからって言って、明日香も行かなくてもいいのに、他県まで行ってそれで、一日中待ちぼうけを食らったりしてたんだ。


 それを、森本たちが面白おかしく、その現場をカメラで撮って、それを現像して教室に貼ったりして、バカにしたんだ。多分、あのハーフの栗栖と手を組んだんだ。明日香が学歴も演劇も凄かったから……」


「栗栖っていう女は、何者なの?」

 あかねは言った。

「知ってる通り、あの野郎の女だよ。でも、お互い心から好きじゃないよ。森本は外人が好きだし、栗栖は森本の彼女という地位を手に入れることによって、満たされていたいと思ったんじゃない」


「クズだね」

「それもあって、明日香の精神はめちゃくちゃになった。あの日の夜会う前に、明日香から電話が掛かってきたんだ。あたしたちはしばらくコンタクトを取ってなかったから、ビックリしたよ。明日香から“会いたい”って言ってくれたのは……。


 それで、駅前のファストフードの前で待ってると、丁度明日香が中から出てきて……。その後学校に行ったんだ。明日香が行きたいっていうから。

 そこまで歩いて、明日香から何気ない会話をしてくれたんだ。あたしはてっきり、自分がからかっていたことに対してキレるのかと思ったけど、違った。明日香はあの時の、二年前のような屈託のない笑顔で、あたしとたわいのない話をしてくれたんだ。


 あたしも、いつしかあの頃と同じような感覚に戻った。あの時、もしかしたらあたしたちは思い違いをしていたのかもしれない。本当は二人ともどこかこんな何気ない会話を楽しみたかったのかもしれないって……。

 あたしは嬉しかった。でも、明日香はその時、頬がこけて痩せてたんだ。どうして痩せてるのかって聞いたら、今度の劇で減量しなくちゃいけなくてって、笑って言ったんだ。あたし、あの時、聞かなければよかったって思ってる。だって、明日香に嘘つかせたから……。

 たった一人の親友に嘘つかせたから……」

 石留はいつしか涙目になっていた。溜まりに溜まった水野明日香に対する感情が爆発したのだろう。


 真はそう思っていたのだが、何を思ったのか、あかねは石留を優しく抱きしめた。

「あたし、あんたの気持ちわかるよ」

 そう言って、あかねは石留の頭を撫でた。


「あたしは妹がこの場から消えてしまうと、絶対に復讐してしまうもん。あんたも一緒。かけがえのない人を失ったんだ」

 そう言うと、石留は一人で抱えていたものが、溢れて来たのか大泣きをした。

 真もそのやり取りにいつしか涙を浮かべていた


 その後、石留は罪を自白した。あの水野が自殺する前、石留に彼女は演劇を見せた。最後までヒーローでいつづけたい気持ちと、彼女が自慢の親友に見せたい気持ちの二つがあったと、真は思う。


 石留は水野が自殺するとは思わなかった。なので、椅子の上に、天井につるされたロープを彼女が自分の首を入れた時、まだ演技だけだと思っていた。それが椅子を自分で蹴飛ばした時に必死で救助しようとしたという。


 しかし、彼女は苦しむ表情を浮かべながら、抵抗もしなかったことに石留は、ストレスにさらされてこうするしかできなかった水野の現状に、涙したという。

 一人残された、石留は水野の為に復讐をすると誓い、他殺に見せかけるため、自ら遺書を作成し、椅子や机を奇麗に元通りにした。


 クロロホルムというのは眠らせるものだと、何かのマンガで知ったらしく、それを盗み、彼女は森本、的野、校長、そして水野の母親まで殺害し、最後には自殺をするという計画を立てていた。


 それに、あのあかねと真と三人で話した時も、彼女はいつでも自決できるように果物ナイフを隠し持っていたことも分かった。


 森本に関してはあの数日後に、目が覚めた。意識もはっきりしているようで、母親は病院で泣き崩れた。

 彼に関しても、今回の事件で、考えさせられる結果となった。もちろん、彼は被害者なので、相変わらず女好きな性格は変わっていないらしい。


 とにかく、彼女は水野が亡くなった後、復讐のことでしか考えられなかったのだろう。

 こうして、女子高生首吊り事件は幕を閉じた。

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