第34話 犯人は……
的野は演劇部の生徒たちを見送った後、一人資料に取り掛かっていた。
その資料とは来週の日曜日に行われる文化祭の劇だ。
ヒーローとヒロインがあの状況になってしまって、的野は混乱して校長に文化祭では今年は演劇をやらないとまで、会議で発言した。
しかし、西京高校ではこの演劇が一番来客者は盛り上がる。地方の劇団員も見に来るくらいなのに、今更止めるわけにはいかない。
その為、ヒーローとヒロインを変えなくてはいけない。立候補がいたらそこに入れるつもりだった。水野の代わりはすぐに決まった。あのライバルの山本静香だ。彼女も表情には現れなかったが、水野明日香の枠に入るには気が引けるはずだ。実際に決まった一週間前から必死に台本を覚えていた。
問題は森本翼の代わりだった。これは立候補がいなかった。ただでさえ男子生徒が少ない演劇部だ。何か呪われているんじゃないかと噂も流される、この演劇部。抜擢された人が何かと不運を起こすのではないのかと、みんな手を上げなかったのだろう。
仕方なく、的野は二年生の桜井を推薦した。
推薦した理由は特になかった。ただ一番熱心に演劇に取り組んでいるし、それに逆らわない優しい性格だったので、申し訳ないが彼にした。
毎日、放課後に練習をしたのだが、桜井の方がどうしても足を引っ張ってしまう。仕方がない。彼は元々大道具担当だったので、台本もあまり目を通していない。それとは反対に山本は水野に嫉妬していた分、大半はすらすらと演技に入った。事件が起きなくても、台本は全て読んでいたのだろう。
――もしかしたら、山本が嫉妬に狂って水野を殺したのではないのか。
的野は慌ててかぶりを振った。何を思っているんだ。水野も山本も自分の大切な生徒なんだぞ。
きっと自分が疲れているのだ。最近、深夜までずっと演劇のことを考えている。社会の授業なんて、集中して教える気力もない。
明日は文化祭のスケジュールのチェックだ。この段階でもいろんな客から電話やメールのやり取りが入ってくる。この文化祭の一番の見せ場だ。
的野はため息を漏らした。
来年から先生が二人体制に戻るというのに、どうしてこんな事件が起きてしまったのだろうか。
犯人に対して敵対心を抱いていた。
その時、部屋のドアからノックの音が聞こえた。
「はい」
的野は返事をする。
「開いてますよ」
そう言った後、一人の人物が現れた。
「何だ、君か。どうしたんだ、忘れ物か? もうこんな時間だから早く帰らないとお母さんが心配するぞ」
的野はそう言うが、その人物は部屋の鍵を閉めると、黙々と的野に近づき、ポケットから用意していた、ハンカチを的野の鼻に当てた。
「おい、何をする……」
的野は抵抗する間もなく、そのまま力を失い、気を失ったように眠りについた。
――どうやら、大量に染み込ませたクロロホルムと、的野の疲れが早めたようだな。
その人物はそう思ってニヤッと笑った。
ポケットからロープを取り出して、ピンと伸ばし、彼の首に巻こうとした。
「ハハハハハ、残念だね。誰もいないと思って、そのまま的野先生を殺害しようとしたって無駄だよ」
「誰だ!」
「あたしだよ。あたし。笹井あかねだよ」
あかねはそう言って、端に置かれてある掃除用具の物置から飛び出した。
その人物は、目を見開いて驚いている。
「あんたがこうやって殺害してくるかと思って、あたしはここに隠れてたんだ。あんたがいつ的野先生を殺すのか、分からなかったから、先生の承諾の上で、ここ何日かは放課後にこの掃除用具に隠れてたよ。ああ、じっとするのも疲れるね」
「くそっ」
その人物はあかねに殴りかかろうとした。
「おっと、ちょっと待って、凶器はロープ一本しかないんだから、いくらあたしを殺害しようとしたって無駄だよ。それに……」
部屋のドアがガチャガチャと音がした。あかねはそれに向かって「はーい」と、走ってドアを解除した。
ドアを横に滑らせて、やってきたのは真だった。
「真君、鍵を閉めて」
あかねの指示に従い、真は鍵を閉めた。
「まさか、この人が……」
真はその人物を見ては、あっけに取られている。
「そうだよ。こいつが水野明日香を殺害、森本翼を階段から突き落とし、そして、今的野靖を殺害しようとした人物、石留千尋だ!」
あかねは石留を指差した。
「ふん、何を言ってんの。あたしは忘れ物を取りに、この教室に足を運んだんだよ。殺し? バッカじゃない」
石留はお手上げのポーズをとった。
「でも、的野先生は眠ってますよね。これは?」
と、真。
「知らないよ。疲れてるから眠ったんじゃない。あたしは何も知らないよ」
「でも、あんたがハンカチを嗅がせたのはあたし見たけどね」
あかねは腕を組んだ。
すると、石留は半分怒った表情をして、ポケットからハンカチを取り出し、投げ捨てた。
「調べたらいいじゃん。クロロホルムが入ってる液体を染み込ませたから」
「なぜ、そんなことをしたんですか?」
真は言った。
「なぜって、疲れてるから、眠らせたんだよ。先生もあまり寝付けられないって言ってたし……」
「とはいえ、そんな毒になるような薬物を使っていいものかって思うけどね」
あかねはそう言った。
「それよりさ、何、あたしが明日香と森本をやった加害者ってこと? ふざけんなって」
「ふざけてなんかないよ。あんたはあの日、ファストフードから出てきたところで、待ち合わせをし、そこで学校に入ったんだ」
「そんなことしてどうするの? あたしがわざわざ明日香を殺す理由がある」
石留は笑った。
「と、あたしは先日までそう睨んでいた。でも、今回の事件はもしかしたら、裏をくぐったんじゃないかなって思った」
「裏?」
「本当は他殺ではなくて、やっぱり自殺なんじゃないかなって……」
「じ、自殺だったんですか? でも、あの椅子もなかったし、遺書も言葉少なかったし……」
真は動揺している。
「他殺と仮定した場合、動機が可笑しなことになる。その上、水野は家庭環境が悪く、演劇では才能が開花したことで、的野からのパワハラ指導、クラスメートからのイジメ、おまけに校長から身体の関係になった。どう見ても、ストレスが爆発しても可笑しくない。もしかしたら彼女は鬱も患ってた可能性だってある。
それで、自殺をしようと決意した。部屋で一人死ぬのも良いとは考えてたのかもしれないけど、最後に、親友とたわいのない話をしたかったんじゃないのかな」
石留は腕を組んでいる。どこか身構えているようにも見えた。
「それで、わざわざ学校に行ったというわけですか?」
「学校に言った理由はもう一つあって、これは今回の演劇の台本なんだけど。主人公の水野が演じる役者が、途中自殺未遂をするところがあるんだ」
そう言って、あかねは的野が眠っている机から台本を取り出して、真に投げて渡した。
真はその台本を受け止める。
「水野は最後まで演劇をしたかった。単純に楽しかったんじゃないのかな。あなたはどう思う?」
あかねは石留に目を向けた。
「さあね」
石留は手をポケットに突っ込んだ。
「それをあなたに見せるように首を吊った。もちろんその話は前々からしてたと思う、自殺をほのめかすような発言は。だが、あなたはそれを必死で止めた。何故なら、親友だったから」
「違う!」
石留は叫んだ。
「じゃあ、これはどうして持ってるの?」
あかねは高校一年生の時に、二人で出かけた有名バンドのライブの後に取られた写真を見せた。だが、印刷をした紙のカラー写真だった。
「どうして、これをあんたが持ってるの?」
石留が言った。
「先日、あんたの家に行ったんだ。その時に出迎えてくれたのが、あなたの母親だった。千尋は外出してるという事だったから、しばらく待ってみたよ。でも、帰ってくる気配が無かったから、お母さんの合意の上、あなたの部屋に入らせてもらったよ」
「何やってんだ、あのババア」
「あんたって、最近あの家に帰ってないんだってね。お母さんから聞いたよ。それで、これは推測だけど、あなたの家庭にも複雑だっていう事が分かった。お母さんはずっとあなたの文句ばっかり言ってる。勉強しろだの、遊び歩くなだの、一見子供に対して想っているだけなのかと思いきや、数分ごとに電話をするんだね。あたしはそれに驚いた。そして、その時の表情……。アレは娘に対してかなり恨みを募っていたと思ったよ」
あかねは石留を見た。彼女は強気な表情ではいたが、どこか怯えているようにも見えた。
「それで、あたしはピンときたね。この母親は、いわゆる“毒親”なんだと……」
「ああ、そうだよ」
石留はぽつりと言った。
「ウチの母親は毒親だ。それが……」と、言うと、石留は強がっていたのが一気に溢れて涙を流した。
「それが、何だっていうんだ……」
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