第32話 今になって窃盗……


 校長室から出ると、学校の職員室が慌ただしくなっている。

「どうかされました?」

 あまりの騒然ぶりに、あかねは近くにいた先生に尋ねた。

「科学室の薬品一つが無いらしいんだよ。沖田先生何してるんだ」

 そう若い男の先生は頭を抱えている。


 白髪交じりで痩せ型の沖田は真っ青な顔をして職員室に入った。

「沖田先生、ビンはありました?」

「いや、無い。生徒が言った通りだ……」


「生徒さんが、使われるという事なんですか?」

 恐る恐るあかねが沖田に聞く。

「あ、探偵さん。丁度良かった。科学室の薬品が無くなってしまってね。鍵は掛けてたんだが」

 そう言って、沖田は鼻の下を掻いた。


「鍵はどこに?」

「私が持ってるんだが、実は、科学部が薬品を使いたいという事で、私が鍵を渡したんだが、そこで、薬品が無いという事が発見したんだ」


「薬品が無い……。それは何という薬品ですか?」

 真が言って、スマートフォンで調べようとした。

「クロロホルムだよ。良く、刑事ドラマで人を眠らせるために使う薬品だ」

「眠らせる……」

 あかねは右手を顎に持って行き、考えていたが、やがて薄み笑いを浮かべた。


「分かりました。多分、犯人が何らかのやり方で盗んだんでしょう」

「犯人? 水野さんの事件の犯人か?」

 相変わらず沖田は、青ざめている。もうすぐ冬だというのに、額から汗が止まらない。


「はい、間違いありません。ただ、一つ聞きたいことがあるんですが」

「何だい?」


「最初の水野さんの死体現場で、警察はきっと薬品庫も調べたと思います。その時は、ありましたか?」

「いやあ、どうだったかな」

 沖田は目線を上に上げて、どこに向けて言っているのか分からないくらい、完全に動揺していた。それを見て、あかねはニヤッと笑った。


「ありがとうございます。行こう、真君」

 あかねは職員室を後にした。

「あ、はい」

 真も続く。


「ちょっと、君たち。犯人は……」

 そう言い残す沖田だったが、「沖田先生、校長先生がお呼びです」と、言う若い先生に対して、沖田は肩を落としていた。


                  


「さっきの薬品の件、大丈夫なんですかね?」

 帰り道、真はあかねに言った。

「大丈夫とは?」


「だって、沖田先生、凄く焦ってましたよ」

「まあ、沖田先生はどんな人なのかは知らないけど、盗まれたことは知ってたんじゃないかな」


「え?」真は唖然とした。「どういうことですか?」

「まあ、これはあたしの推測なんだけど、沖田先生は水野さんが殺されたその翌日、警察と薬品庫の中を確認したと思う。その時に、本当は盗まれていたのを知っていたけど、隠したってわけ」


「どうして、隠していたんですか?」

「例えば、隠さないと相当な処罰が待っていたとかじゃないかな。そう、本当は厳重に鍵を掛けないといけない薬品庫を、面倒くさくて鍵を掛けるのを忘れてたとかね」


「あ……」

 真は察した。だからあれ程、青ざめていたのか。

「校長にこっぴどく怒られるだけだったらいいけどね」

 あかねは言って、しばらく歩きながら沈黙が流れた。


 一つの目の角を曲がると、あかねはうつむき加減でぽつりと言った。

「ねえ、真君。真君は愛かお金どっちが大事?」

「え?」

 あまりにも唐突な質問に、真は再度、度肝を抜かれた。


「そりゃあ、愛の方が大事だと思いますよ。やっぱり、お金はどうにかなりますよ。愛の方が見えない分、大事だとは思いますけどね」

 すると、あかねはフフフと笑った。

「あかねさんはどっちなんですか?」

 真は恥ずかしさで感情的になりながら言った。


「あたしは、両方大事だと思ってるんだ」

「どっちが大事って言いませんでしたっけ?」


「まあ、正解はどっちも大事。というか、比べるのが間違ってるんだ。そもそも見えないものと見えるもの。価値が分からないものと、価値があるもの。全然違うじゃん。でもね、これを天秤にかける人がいるんだ」

「はい」

 真は相槌を打った。


「その天秤にかけてしまった時、または知らず知らずに天秤にかけてしまった時、片方のことを考えてしまって、もう片方は欠如するんだ」

「何が言いたいんですか?」

 真は半分苛立っていた。先程まで事件のことを話していたのに、急にお手上げになったのか。


 すると、あかねはかすかに口角を上げた。

「あたし、犯人分かっちゃった」

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