第31話 真相

「お邪魔しまーす」

 そうあかねは元気よく、見慣れた部屋の中に入った。真も続く。

「何回来るんだ君たちは。それよりも、事件を解決できるものを持ってきたって、本当だろうな」

 校長先生は苛立ちを隠しきれなくて貧乏ゆすりをあからさまにこちらに見せた。


「大丈夫、持ってきましたよ。お、今日は寒いのをよくわかって、エアコンが利いてますなあ。生徒室はまだ、エアコン掛けてないのに……」

「うるさい。私は別に先生には寒くなったらそれなりの体調管理をと生徒には言っている。エアコンを掛けないのは先生方が悪い」

「まあ、良いですよ。、……どっこいしょっと」

 あかねはいつもの黒いソファーに座った。真も向かい合って座る。


「それで、何かね。その事件に解決できるものを早く話しなさい」

 校長は二人を見て言った。

「校長先生。一昨日に元木さんという女子生徒さんと二人で喫茶店に入りましたよね?」

 真が校長に言った。


「な、何を言ってるんだ」

 校長は突然のことでうろたえている。

「それを僕は見たんです。丁度、喫茶店にいたんで……」


「私は喫茶店なんて入っていない。人違いじゃないのか」

「本当にー」

 あかねは悪巧みをしているようにニヤッと笑った。


「本当だ、私が隠してどうする」

「じゃあ、真君、アレを見せて」

 真はポケットからスマートフォンを取り出し、立ち上がって、校長に見せた。


「ここに、校長先生と元木さんの二人がどこに行ったか、尾行した録画があります」

 そう言って、再生ボタンを押した。

 その一部始終を食い入るように見る校長。

「……後ろ姿じゃあ、私か分からないじゃないか」

 校長は半分緊張と安堵の表情を見せる。


「ええ、確かに私服姿なので、一見誰だが把握できません。ですが、最後の部分は顔が完全に分かります」

 真は早送りをして、終盤の校長の顔が露わになった部分を見せた。

「ん……」

 校長は眉をひそめて、いかにも怪訝そうな雰囲気を露骨に表した。


「これでも、まだ言い訳をするつもりですか?」

 校長はようやく諦めたのか、椅子をぐるっと回転させて、後ろの窓の方を見た。


「いくら欲しい?」

「はい?」

 真は一瞬校長の言っている意味が良くわからなかった。


「これを見せて、事実と判明したのなら、お前たちはお金が欲しいんじゃないのか?」

「いえ、僕たちは事件解決のための真実が欲しいんです。これは校長先生ですよね?」


「ああ、そうだ。しかし、それを黙認できるなら金をやってもいいぞ」

「いいえ、お金はいりません。森本君のお母さんにも早く事件を解決して欲しいと言われてるんですよね」


「その話と今回の私がしたことと、どういった関係があるんだ?」

「水野さんって、高校二年から成績が良くなったっていうのはご存じですか?」

 あかねはソファに座りながら、校長を見た。


「ああ、知ってるよ」

「水野さんはあなたの隠蔽工作を身体で売った一人だったんじゃないですか?」


「ふん、何が言いたいか分かってた」

 校長は鼻息を漏らし、独り言のように呟いた。


「真実を教えてください。教えなければ、この録音は警察か僕のコラムによって、マスコミが慌ただしくあなたに攻め寄るでしょう。その時は校長という名前ではないでしょうけど」

 真は自分のスマートフォンを強く握りしめていた。

「わ、わかった。私はこの座を奪われたくない。嫁も子供もいるんだ」

 校長は吹っ切れたように観念した。


「じゃあ、教えてくれるんですね」

「その代わり、君はその録音を消去すると約束してくれ。今すぐに消去をしろ!」

 校長は語尾を強く誇張して威嚇した。


 しばらく沈黙が流れて、真は仕方なく口を開いた。

「分かりました。今から消します。その代わり、この事柄を全て話してください」

「分かってる」

 校長は固唾を呑んで、真がスマートフォンを削除する動作を確認していた。

 真は録音のデータを消した。


「ほら、これで、録音は消去しました」そう言って、真はスマートフォンの画面を校長に見せた。「さあ、話してください。水野さんとは関係があったんですか?」


 すると、校長はニヤッと笑った。

「何のことだ?」

「さっき、僕が録音を消去したら話すって約束ですよね?」


「知らない。私は何も知らないよ。君たちはこれで証拠は無くなったんだ」

「ハハハ」

 あかねは笑った。


「これが証拠だよ」

 あかねは自分のスマートフォンの録音を押した。


 ――真実を教えてください。教えなければ、この録音は警察か僕のコラムによって、マスコミが慌ただしくあなたに攻め寄るでしょう。その時は校長という名前ではないでしょうけど

 ――わ、わかった。私はこの座を奪われたくない。嫁も子供もいるんだ

 ――じゃあ、教えてくれるんですね

 ――その代わり、君はその録音を消去すると約束してくれ。今すぐに消去をしろ!

 ――分かりました。今から消します。その代わり、この事柄を全て話してください

 ――分かってる

 

 あかねはここまで聞くと、再生を止めた。

「まあ、これ以前も全て録音させてもらったし、実際に真君のスマホには録音消しても、元木さんと校長の話は、あたしの事務所のパソコンにも保存してるし、真君の方も保存してるよ」

「何だと!」

 校長は今にも血管が切れてしまいそうなほど叫んだ。


「こんな重要なものは二重も三重もコピーさせてもらいました」

 あかねは鼻の下を掻いて勝ち誇ったかのようにエラそうな態度を取った。


「さて、話してもらいましょうか。おっと、あたしたちはちゃんとあんたが全て話したら、このことには警察にもマスコミにも漏らしません。どこかの誰かさんと違って、あたしたちは誠実なので」

「くそったれ……。分かった。話そう」

 校長は観念したようで、一気にふてぶてしい態度から、背を丸めて弱弱しくなった。


「私は女子高生と関係を持ちたかった。それでこの隠蔽工作を十年前から行っていた」

「十年前も!」

 あかねは目を丸くする。


「ああ、そうだ。私が校長先生になってからだ。まあ、構想はもっと前からだったが。それで、お互い合意の上だったものだから、それほど公にはならなかった」

「噂はあったけどね」


「まあ、外で会っていたから、誰かに見られてしまった事は何度もあるだろう。しかし、私と関係を持った女子高生たちは、身近な親や親戚に見られない限り、私には突っ込むことはない。それに、私もしらを切れば何とか逃げ切れた。

 しかし、水野君が亡くなったときは私はどう隠すか焦った。何せ水野君も私と関係を持った一人だったからな」

「という事は、認めるんですね」

 と、真。


「ああ、水野君は一年生の頃からどこか記憶があった。というのは、彼女はいろんな悪さをしてきたから。当時の担任の先生は優しかったので、彼女とつるんでいるグループにはお手上げだった。

 それで、私は一度、何人かの不良グループをそこへ並べて、説教したことがある」


「へえ、ちゃんと先生としてやってること、やってんじゃん」

 あかねは頭の後ろで手を組んだ。

「まあ、他のクラスの授業中に遊び歩いたりしていた連中だ。上級生のクラスにもお邪魔する奴らだ。中々の度胸だろう」


「それは、石留さんも?」

 あかねは校長に聞いた。

「ああ、そんな子もいたかな。何せ一日のその時だけ説教したからな。まあ、それで懲りたら元々やらないよな」


「という事は、建前だけその場を作ったってわけ?」

「そういう事だな。先生のモチベーションを上げたかったからな」


「それで、水野さんと正式に関係を持った時というのは、やっぱり二年生になってから?」

「そうだな。彼女が二年生になってから、彼女の方から隠蔽工作の話をしてきた。いわば、噂で聞いてたんだな。校長先生と関係を持つと、成績を上げてくれるという話を。それで、私もその時は複数の女子高生たちと関係があったから、その一人として招き入れたという事だ」

「うわ、キモ……」

 あかねは両腕をさすった。


「後は彼女と何回も会って、全てのテストを好成績にさせたよ。もちろん先生に唆してな」

「分かった。とにかく、水野さんと関係があったという事だね。それで、亡くなる前、水野さんに気づいたことある? 身体の関係持ってたんだから分かるでしょ」


「彼女は何か病気を持っているのかというくらい、みるみる痩せていったよ。私はてっきり性病に掛かってしまったと思いこんで、病院に連れて行ったこともあった。私が頼んで彼女が性病の検査結果の用紙をもらったが、結果は異常なしだった」

「じゃあ、ストレスによって痩せていったってこと?」


「分からない。そう思って、私がご飯をごちそうしたことも何度かあった。食欲は普通にあったんだけど」

「他にはどんな性格の方でした?」

 と、真が聞く。


「そうだな……。どこか影がある子だったな。悪さをするときもあれば、一人でぼんやり何かを考えている素振りもあったし、ミステリアスだったな、彼女は」

「痩せていた、ダイエットとかじゃないよね」


「彼女は元から痩せているほうだ。それに体形は特に気にしている様子でもなかった。ダイエットはあり得ないだろう。逆に普段からあの子は化粧をしていたが、日に日に濃くなったな」

「日に日に厚化粧になったってこと?」


「ああ、まあな。寝不足だったのか知らないが……」

「彼女の家庭は先生だから当然知ってるよね?」


「ああ、複雑だ。私が言うのもおかしなことだが……」

 校長は苦笑いを浮かべた。

「分かった、ありがとうございます。このことは事件と関わることが無ければ内密にします。事件と繋がったら、申し訳ないですけど……」


 校長は何かを言いかけたが……。「……仕方がない。どうせ、事件に関係があったら辿っていって私は解雇される」

 真は校長の顔を見た。怒りに満ちた表情はもうなくて、そこには何かに怯えている老人のようにも見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る