第30話 尾行の行方

「飯野さん、あそこ」

 つむぎは顎で差す。

 今日は天気もいいから、人通りも多い。校長たち二人は隠れるように速足で手を握っていた。


 真たちは喫茶店を出た後、直ちに尾行をした。真は思いついたように、二人の後ろ姿をスマートフォンで録画をする。

 今校長と一緒にいる、元木という少女はどんな気持ちだろう。彼女はこれが初めてなのか、それとも常習なのか。

 校長が先に立ち、迷わず歩いている。しばらく歩くと、いつしか風俗店が立ち並ぶ道に出た。

 

 真は何となく予感はしていたが、息を呑んだ。時々、つむぎの方を見る。あまりにも速足なので、彼女が付いてきているのかが心配だった。

 ようやく立ち止まったのは、何十年も経営していているのだろう、外観が黒ずんでいる、小さなラブホテルだった。


 校長たちは互いに何かを言っている。交渉の確認なのだろうか。それとも、元木の両親には内密にと、懇願しているのだろうか。

 真は思い出して、動画をズームして、校長の顔を録った。校長の顔を取れていなかったので、これを見せても誰だか分からないとなってしまうところだった。

 元木が頷いた後、校長は辺りを確認しだした。とっさに真は見えないように壁に隠れる。


 つむぎとの距離が近くに感じる。ここに来て、自分はつむぎが好きなんだと、再確認してしまう。

 何を考えてるんだとかぶりを振って、国分の顔を思い浮かんだ。


 あのニヒルな笑みで、クックックと笑う姿を見て、気持ち悪い反面、この噂をくれたことに感謝をしている。

 真はまた顔だけ、ホテルの前の通りを見る。二人は中へと歩き出していく。

 二人がホテルのドアの向こうまで入っていくのを確認すると、真はつむぎに言った。


「すぐさまここから離れよう」


             


「今日はありがとう、事件を解決できるものが一つ録れた」

 帰り道、つむぎと歩幅を合わせながら、真が言った。

「いえ、こちらこそ、喫茶店のコーヒー代ありがとうございます」

 そう言って、彼女は手を前で重ねて頭を下げた。


「しかし、元木さんはアレによって、成績を上げてるみたいだ。水野さんもその噂があるけど、つむぎさんはどう思う?」

「あたしは、十分関連があったと思います。水野さんは勉強熱心というほどではなかったので……」

 勉強熱心ではないから、成績が良くなるのがおかしいという事か。


 二人は笹井探偵事務所の前にたどり着いた。

「本当にありがとう。お姉さんによろしく」

「ありがとうございました」

 二人は互いに礼をして、去っていった。


 真はまだ時刻は一時前だが、昼食はどこが一人で食べることにした。あまりつむぎと一緒にいたら、つむぎが気を遣うのも可哀想だ。

 それに、自分も空回りしてしまいそうで怖かった。


 一方つむぎの方も、同じことを思っていた。自分も気を遣うし、真にとっても気を遣わせることになる。

 しかし、真が事件を追うことに対して、性格が変わるんだなと感心していた。

 何というか、事件に集中するというか……。


 ――意外と面白い人かも。

 そう思って、つむぎは肩をすくめて笑った。


             


「だだいばー」

 そう言って、あかねは事務所に帰宅した。


 事務所からはつむぎが鼻歌交じりに掃除機を掛けている。

「どうした? やけに機嫌がよさそうじゃん」

 そう言って、あかねは奥に入って、テーブルに座り、つむぎの視界に入れた。

 つむぎは掃除機を切った。


「ん? 何でもないよ」と、つむぎは笑った。

「真君とのデートはどうだったの? やけに早かったじゃん。もしかして、行ってないんじゃない?」

 疑いの目で見るあかね。


「いや、行ったよ。近くの喫茶店に。でも、それよりさ、良い情報があったよ」

「何、良い情報って」

 あかねは立ち上がり、冷蔵庫から小さいストロー付きのジュースを取り出す。


「校長先生、あたしが知ってる女子生徒と、ホテルに行ったのを飯野さんが録ったんだ」

「撮ったって、写真」

 あかねはストローをジュースの飲み口に差し込み、一口飲んだ。


「違うよ。録画。丁度、喫茶店に二人が現れた」

「うそ、偶然だね。それで、真君は必死になって尾行したんだ」


「そうね。飯野さんって……」と、思い出したようにつむぎは笑った。「一つのことに集中すると我を忘れるんだね」

「え? そうだったかな」

 あかねは真とのやり取りを思い返す。しかし、そんなふうには見えなかった。


「本当に、そうだった?」

「そうだよ。普段はお姉ちゃんが主導してるから、何も思わないんだよ。それが、誰もいないから、必死な感じが、普段と違って面白かった」

 そう屈託のない笑顔を見せるつむぎを見たのはあまり見たことが無かった。


「へえ、じゃあ、デートは大成功だね」

 あかねがそう言うと、

「デートじゃないよ。ただ、尾行しただけ」

 と、つむぎは向きになった。


「それよりさ、お姉ちゃんはどこ行ってたの?」

「ん? あたしはある生徒のお家に行ったんだ。そこで、話を聞くと、やっぱりなって思った」


「どういうこと? ある生徒って誰?」

 つむぎはきょとんとする。

「まあ、人って色々あるんだよ。水野さんも、そして、その子も……」

 それ以上、黙り込むあかねに、つむぎは内容がよく分からなかった。

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