第26話 結局振り出し

「どうして、菅さんが謝るの。悪いのは学校でしょ」

 菅が車を運転して、真は後部座席、あかねは助手席に座って言った。

「まあね。しかし、俺たちが事件を解決する立場ではあるからね。色々と言われるんだよ」


「ふーん。あたしたちは依頼を受けての客になるけど、警察は事件が起きてしまったら、そうなるんだね。面倒くさいね」

「そうだよ。しかし、事件を解決しないと、もっと迷惑が掛かる」


「さっきの、校長が言ってた。あの噂はしらを切りましたね」

 真は後部座席から顔を出した。

「まあ、しらを切るのは分かってたよ。もし現物証拠を見せても、あの人なら認めなさそうだからね」


「しかし、アレが噂か真実かどうかも捜査しなくちゃね。前の学校でそんな証言あるかな」

 と、あかね。

「どうだろうね。もしかしたら関係を持ってない、元生徒が話をしてくれたらだけど、被害者の生徒はその話を聞き入れて、合意の上で関係を持ってるはずだから、隠し通すんじゃないかな。実際に成績を上げてくれたのであればなおさらだな」


「しかし、森本のお母さんってPTAの会長だったんだね。そうなると、西京高校は森本家に頭が上がらないわけだ」

「そうだな。あの人も、そういう意味では要注意だな」

 菅は前の車を見ながら言った。


                 


「ああ、この人は、見ましたよ」

 そう言ったのは、居酒屋“ふるさと”に勤務している、五十歳くらいの華奢な女性だった。彼女は写真を見た途端、明るい声ではきはきと言った。


「そうですか。ちなみに、お一人でですか?」

「違いますよ。もう一人の同じくらいの年齢の方と、仲良さそうに話してました。メガネを掛けた方ですね」


 “ふるさと”は十人も入ったら大層繁盛しているとわかるくらい、駅前のこぢんまりとした居酒屋だ。


「ちなみに、この方は何時から何時までいらっしゃいました?」

 菅は聞いた。

「九時からこの店が終わるまでだから……。十二時ちょっとまでかな。とにかく、酔いつぶれてましたよ」


 深夜まで飲んで、翌日も元気に出勤してきたのか。二日酔いだったんじゃないのか。真は水野の、事件の日の校長を思い返してみた。


「うーん、深夜まで飲んで、次の日にあの事件か。校長もたまったもんじゃないな。でも、これでアリバイは成立になった。校長はシロだ」

「残念ね。ここで状況が一変するかと思ったんだけどなあ」

 あかねは後頭部の後ろで両手を組んだ。


「すみません。どうも、ご協力ありがとうございます」

 菅は女性店員に頭を下げた。


                


「いや、しかし。校長のあの噂は事実かもしれないけど、殺人とはまた違うってことだな」

 帰りに、菅は運転しながら言った。

「本当に、犯行時刻は十時から十一時だったのかな。何だかそれすらも疑ってしまうんだけど」


「それは嘘じゃない。死体解剖をした結果なんだ。彼女はちゃんと晩飯を食べて時刻も分かってる。それを崩せることはできない。それに、もし違うとしても、せいぜい三十分くらいだ。その三十分早かった場合、校長は犯行に及ぶことは不可能だ」

「そうだね……」

 あかねは舌唇をかんで、歯がゆさを感じていた。


 真は気づいたことがあった。

「あの、僕は思うんですけど、もし校長が犯人だった場合、森本君を突き落とすことの動機が分からないです。だって、森本君を突き落としたから、あんなに彼のお母さんが社長室に怒鳴り込むと予想できるはず。それだったら、校長にとっては不利にしかないとは思いますけど……」


 すると、あかねは言葉を失った。

「確かに、そう言えばそうだね。俺たちはどうやら水野さんに焦点を当てすぎていた。今回は二人も犠牲者がいるんだ。その二人を憎んでいた人物に該当する」

 と、菅。


「二人を憎んできた人物……。そして、男だと、あいつが怪しいね。あの、森本とつるんでた前原っていう奴。あいつ見舞いにも来ないし、結局、ただモテたいから森本と付き合ってたんだよ」

「それだと、ますます森本君を突き落とす理由が分からなくなる。それに水野さんとはどういう関係なんだ?」


「例えば、元カレだったとしたら……」

 そう言うあかねに対して、二人ともきょとんとする。

 あかねは二人を一瞥して、ため息を漏らした。

「……どうやら、振り出しに戻ったようだね」


                


「それじゃあ、またな」

 そう菅は二人に手を上げて、車を走らせた。

 あかねと真は手を振って、しばらく車を見送った。


「ねえ、今回の事件、中々進展進まないね」

 あかねは菅の車が見えなくなった後に、ぽつんと言った。

「そうですね。水野さんを殺害する動機のある人物はたくさんいるけど、森本君と共通点が……」


「やっぱり、演劇部の生徒たちかな」

 ……そうだ。演劇部の女子たちだ。彼女たちなら主役になった水野を妬むことはあるし、森本を突き落とすことも……。


「どうでしょうね。森本君を突き落とす意図が見当たらないですが……」

「うーん、実は栗栖さんがやったという事は?」


「栗栖。あの、森本君を好きかどうか分からない人ですか?」

「そうだよ。まず、森本を真剣に追い求めていた水野さんが邪魔だった。そして、今度は森本を突き落とした」


「なぜ、そんなことをする必要があります?」

「悲劇の彼女を演じれるじゃない。栗栖もバカじゃないから、そうすることで、自分の株でも上げたかった……。違うかな……?」


「何か違うような、当たってるような」

 真がそういうと、あかねはかぶりを振った。

「もう、分かんない。難しいクイズを解いてるみたい。何か引っ掛かるんだよな……」

 あかねは顎に手を置いた。


「何がですか?」

「何がって明確には分からないけど。何か、見落としているような……」

 あかねはそう一人で呟いていた。

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