第20話 通夜内でのケンカ

 八時過ぎに、真、あかね、つむぎの三人は水野明日香の通夜に行った。

 会館の中に入り、二階にある水野様と書かれてあったのを発見し、中から少し声がしたので、真は緊張が走った。


 しかし、あかねは何食わぬ顔で、靴を脱ぎ、戸を滑らせた。

「すみません」

 そう言うと、中にいた人の何人かは彼女を見た。


「今回、水野さんのお通夜だと聞いたので、線香だけ上げさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 と言ったのは、四十代の女性だった。目の下にクマが出来ている。


「失礼します」

 と、あかねが言って、つむぎ、最後に真の順番で上がった。

「あ、笹井さん。あなたも来たの?」

 そう言ったのは、担任の岡本だった。何だ、岡本も他人に全く興味が無いのかと思いきや、少しは常識がある先生なんだなと真は胸を撫でおろした。


「はい、水野さんとはあまり話をしたことはないですけど、色々とお世話になったので」

 そうはきはきと目をそらさずに話すつむぎに、岡本は頷いた。どうやらつむぎは岡本のお気に入りらしい。


 あかねは一番に水野の前で正座をして、ポケットから数珠を取りだし、手を合わせた。そして、香を右手の浄指でつまみ、額を軽く捧げて、焼香に入れる。

 あかねは水野の高校の時の写真を見た。彼女は目を開けた時はこんな顔だったのかと、初めて知った。特別美人でもなければ、ブサイクでもない。しかし、笑顔の写真の中に、八重歯が可愛らしさを物語っていた。


 あかねは数珠を掛けて手を合わせた。その時間、十秒。

 また、一礼をする。

 真とつむぎの順であかねと同じ動作を彼らはしている最中、あかねは先程の四十代の女性に声を掛けた。


「明日香さんの、お母さんですか?」

 あかねはまた正座をした。

「はい、そうです……」

 水野の母親、都美子は確かに、疲れは溜まってはいたが、涙は流れていなかった。


「この度はご愁傷さまでした。娘さんを亡くされて……」

「いえ、そんなこと言ってくださってありがとうございます。私は、今回の葬式が終わると、この方と真剣に結婚を考えてます」


 え、このタイミングで? と、あかねは目を疑った。思わず、

「はい」

 とだけ言って、また話した。


「こちらの方は?」

 あかねは都美子がこの方と言った男性を見た。

「俺は、ずっと都美子と付き合ってた者だ。この機会に、結婚しようと思ってな。昨日話したんだよな」

 と、男、溝手大地が笑顔を見せて、都美子に言った。


「そうねえ」

 二人の世界があるようだ。あかねはそれよりも娘が悲しいとは思わないのかと思った。

「あの、娘さんはどんな方でしたか?」


「まあ、明日香はあんまり喋らない子だったわ。それ以上に、私は仕事ばっかりしてたから、あんまり接してないのよ」

 都美子は四十七になる。金髪に染めた髪で、厚化粧をしている。


「あんまり接していないって、一緒に暮らしてたんじゃないんですか?」

 あかねは感情的になってしまう。自分でも押えないといけないと必死になっていた。

「もちろん暮らしてたわよ。だけどね。私も一日中仕事してたから、あの子を放って置いちゃったからね」


 何だか、実の娘が亡くなったというのに、まるで他人事のように言う都美子に対して、あかねにしては理解不能だった。

 つむぎは岡本と話をしている。真は人見知りが暴発して、あかねの隣にいる。


「かまってられないほど、忙しいってことですか?」

 真が聞く。

「忙しかったわよ。あの子が色々と問題を起こすたびに、私は学校に呼び出されたんだから。誰のお陰でご飯が食べれているのかっつーの」

 何だか、話せば話すほど、都美子の本来の性格が明るみに出ると、あかねは思った。


「そちらの方は、明日香さんと会ったことがあるんですか?」

 あかねは伊藤に言った。

「会ったよ。まあ、俺たちは一緒に付き合ってるって知ってたから。今後お父さんになっても可笑しくないから」


「この人ったら、明日香に、一緒にお風呂に入らないかって言ってたわよね」

 そう都美子が笑いながら言うと、伊藤は慌てて首を横に振った。

「言ってないって、だから」

 言ったのだろう。あかねは思わず悪寒がした。


「あの、せっかくこの場だから、一つだけ言いたいんですが、あなたたちは明日香さんが学校でどんなことに取り組んでいるとか、ご存じないんですか?」

「知ってるわよ。成績も良くなったんでしょ。だから?」

 逆に聞いてくるとは思わなかった。あかねは思わず、


「だからって何ですか! あなたの一人娘なんでしょ。大切に思わないの! バカじゃないあんたら!」

 そう叫んだので、来室していた、先生たちや、生徒たち、そして、明日香の親戚の人たちも一斉にあかねに注目した。


「バカってお前、誰に向かって口きいてるんだ」

 そう言って、伊藤が顔色を一気に変えて、立ち上がった。

「あんたらに、口きいてんだよ!」

 あかねも感情的になる。


「おい、立てよ」

 そう言って、伊藤はあかねの胸倉をつかもうとするが、暴力に当たると分かっているのか、手をポケットに突っ込んだ。


「表出ろ!」

「出てやるよ」

 あかねがそう言うと。真が止めた。


「あかねさん。ここは、この場ですから……」

 すると、あかねはしばらくうつむいた挙句に「そうだね」と、小さく言った。

「すみません。僕らが間違った偏見をしてしまいました。申し訳ございません」

 真が頭を下げると、あかねも頭を下げる。


「ほう、お前たち、大人に向かってバカって言ったのは大きいぜ。謝るんだったら土下座くらいしてもらわないとな」

 そう溝手は腕を組んで見下すように言った。

「分かりました。あかねさんも……」


 真は先に頭を地面に近づけて「すみませんでしたー!」と叫ぶように張り上げた。

 あかねは躊躇していたが、つむぎと目が合って、つむぎはコクンと頷いた。仕方なしに真に続いて頭を畳について謝った。

「すみませんでした!」

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