第19話 栗栖桃香の垣間見える本心

 森本は病院の個室部屋のベッドで意識が無い状態だった。眠っているようにも見える。鼻と口を覆う酸素マスクをつけていた。

 頭には包帯が巻かれ、点滴を打っている。注射が嫌いな真はその管を見ると、身震いした。


「とりあえずは、安静にしていた方がいいね」

 あかねは立ったまま腕を組み、森本を見ながら言った。

「そうですね」

 丸椅子は三脚用意され、そこに森本の母親と、栗栖、そして渡辺も座っていた。


 森本の母親は彼の手を握り、「翼、翼」と、思いを込めるように叫んでいる。涙を流していた。

「まあ、今だに意識を取り戻していないですが、取り合えず一命はとりとめて良かったです」

 そう、渡辺は言ったが、どこか他人行儀に感じた。


 栗栖も何か森本に言いたかったとは思うが、あまりの森本の母親の気迫に圧倒され、言葉を失っていた。

 真は森本を見ていると、あかねは真の袖を引っ張って、病室を出た。


「一命はとりとめて良かったね」

 そうあかねは口角を上げた。

「そうですね」


「取り合えず、今日のところは安静にした方がいいね。お母さんには別に事件のことを詳しく聞くほどではないけど、栗栖さんを何とか聞き出したいんだけど、どう?」

「そうですね……」

真は栗栖の後ろ姿を見た。彼女は静かに森本を見ている。彼のことが好きなのだろうか。


「別に、聞いてみてもいいんじゃないですか。彼女もずっと森本君の傍にいたいか分からないし。どうせ、僕たちは通夜に行く予定なんだから、その間は、彼女は森本君の傍にいれるでしょ」

「……分かった。じゃあ、聞いてみるね」

 そう言って、あかねは再び入室した。


「栗栖さん……。ちょっと聞きたいことがあるんですが。少し席を外してもいいですか?」

 そう恐縮しながらあかねが言うと、栗栖は何も言わず立ち上がった。相変わらずモデルのような体形で、真よりも身長が高い。


 ロングでしなやかな金色に帯びた髪型から、なるほど森本が好むのも分からないではないなと真は頷いていた。


 それを見ていたあかねは、

「何納得してるの?」

 と言った。

「いや、何でもない」

 真は頭を掻いていた。


                     


 三人は休憩室に入って、正方形のテーブルに東西南北に四つ椅子がある。彼女らはそれぞれ座った。

「聞きたいことって、何ですか?」

 栗栖は先程の表情とは打って変わって、奇麗な髪を見せびらかせるように、かき上げた。


「水野さんの事件について聞きたいんですが、水野さんが森本さんに好意を寄せているというのは存じてましたか?」

 あかねは彼女の目線を逸らさずに言った。

 栗栖は「あ、ああ」と、まるで忘れてたように言った。「知ってました。でも、水野さんだけではなく、翼君はたくさんの女子生徒から好まれてますよ」


「でも、水野さんはそれを目標に、森本君の演劇部に所属し、そして主役の座まで勝ち取った。……確か、森本君から聞いたんですが、栗栖さんと付き合ったのは一カ月前かららしいですね」

「そ、そうですよ。それが何か?」


「どちらから告白をされたんですか?」

「あたしからですよ」


「ちなみに、森本君のどこに惹かれたんですか?」

「何ですか。尋問ですか?」


「ただ、興味があって聞いてるんです。みんな彼が元芸能人だし、イケメンだから好きだっていう人が多いです。栗栖さんは何かなって……」

「あたしも、翼のファンですよ。小学生から好きでした」


「ふーん」あかねは一度彼女から目線を逸らした。「となれば、恋人関係になれたことに対して、それが達成できなかった女子生徒たちを見下しても、可笑しくないわけですよね」

「何なの、あんた」そう言って、栗栖は立ち上がった。「ケンカでも売るつもり?」


「別にケンカなんて売ろうと思ってないですよ。本当に好きだったら、見下していると言われても可笑しくないでしょ。だって、これほど好んでいる女性の中から選ばれたんだから」

 栗栖は少し黙っていたが、「あんたって、本当にクズよね。姉妹そろって」


 そう捨て台詞を吐いて、休憩室を後にした。

 突然声を張り上げたので、休憩室の患者たちは驚いてその光景を見ている。


 あかねは大きなため息を漏らして言った。

「真君、何か飲む?」

 彼女の目線は自動販売機だった。

「あ、すみません。僕カフェオレで」


「もう、遠慮しないんだから」

 そう言って、あかねは小銭入れから五百円を渡した。

「その代わり、買ってきて。あたしもカフェオレ」

 もう、こき使うんだから。と言いたかったが、真はぐっとこらえた。


 冷たい、缶コーヒーを渡すと、「サンキュー」と、あかねは残りのお金とともに缶コーヒーを受け取った。

「栗栖さんは森本君のことが本当に好きなんでしょうか?」

 そう言って、真は缶コーヒーを振った。


「さあね。どっちでもいいよ。興味ないから」

「何で、その話をしたんですか?」


「うん? 事の成り行きでね。あたしは水野さんの立場で考えてるから。でも、あの考え方からすると、水野さんを意識してた感じはあるね」

「やっぱり、この事件は森本君の絡みなんでしょうか?」


「うーん、どうなんだろうね。少なくとも関係性はあっても可笑しくないよね」

「水野さんの両親はどう思ってるんでしょうか? 今日は彼女のお通夜ですけど……」


 その言葉に、あかねは思わず「あっ」と、思い出したように言った。

「もうこんな時間」あかねは自分のシリコン式の腕時計を見た。

「四時半ですね。そろそろ引き上げましょうか?」

 何も知らない真にあかねは言った。


「あたし、まだ喪服の購入前の試着してない」

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