第18話 溺愛する母親
「お客様、どれにしましょう?」
「とにかく、一番安い喪服下さい」
あかねは近くのフォーマルスーツの店に来ていた。すぐに店員に声を掛けていたのだ。
「この喪服なんてどうでしょう。お値段はお安いですよ」
あかねは値札を見た。げっ、一万円。
「もっと安いの無いですか?」
「いえ、ウチはこれが一番お手頃価格でして……」
そう、男性店員がハンカチを取り出して汗を拭く。太った体形をしている若い社員だった。
「別に、良いものを欲しいわけじゃないんですよ。ホントに破けてもいい素材の喪服でもいいから」
「そう言われましても……」
男性店員が困った様子でいると、上司であろう四十代の女性店員がこちらに来た。
「どうされました、お客様?」
「あの、あたし安い喪服が欲しくて。今日友達のお通夜がありまして……」
「まあ、そうなんですか……。ですが、当店ではこの喪服が一番最安値でして……」
同じことを言うんだったら、来なければいいのに……。と、あかねは内心ご立腹だった。
「分かりました。これのエスサイズを下さい」
「かしこまりました」
今日は平日だからか、来客者がいない。その為、自分は目立つ客なのだろうとあかねは思った。
すると、聞き覚えのあるメロディーのスマートフォンが鳴りだした。
あたしのスマホだと、ポケットからスマートフォンを取り出した。菅からだった。
「もしもし……」
あかねは電話に出た。
「あ、お忙しいところ悪い。今大丈夫かい?」
「何?」
「森本翼君が誰かに階段から突き落とされて、病院に緊急搬送されたんだ」
「何だって? それ、本当なの。菅さん」
「ああ、多分な。俺は今から学校に行って状況を見てくる」
「わかった。森本が緊急搬送された病院教えて」
菅は病院の住所を言うと、あかねはいても経ってもいられず、フォーマルスーツ店を後にしようと自動ドアまで歩いていた。
「お客様、洋服は?」
後ろから何事かと、女性店員が慌てて大きな声で言う。
「すみません。服と靴、一番安いものお願いできますか」
そう言って、あかねは店を後にした。
十歩くらい駆け足で歩くと、また戻ってきて、自動ドアの前に立ち、入っていった。
「あと、靴下も安いのお願いします!」
「何で、僕もですか?」
助手席で真は言った。
「あんたは助手なんだよ。それに森本が大けがしたんだから、行ってあげなきゃ」
真はあかねを見た。彼女は真剣な眼差しで歯を食いしばって、車の速度を上げている。法定速度を超えているだろう。
「あかねさんって、結構面倒見がいいんですね」
と、真が褒めると、
「うるさい、静かにして!」
と、大きな声で、顔色変えずに言った。
相変わらず、素直じゃない人だなと真は少し微笑んだ。
「今、緊急手術してる森本翼君は、どちらにいますか?」
あかねは受付の女性に聞いた。
「今は、一階の手術室ですが」
「ありがとうございます」
そう言って、あかねは走っていった。真も続く。
「ああ、あなたたち、森本さんとどういった関係でしょうか」
「友達です」
そう言い残して、あかねは手術室に向かった。
手術室の前にあるソファにあかねと真は座った。
あかねは腕時計を見る。時刻は二時半。彼が転倒した時刻は、多分一時位だから一時間半経っている。
それに、今夜の通夜のこともある。あの店いつまでやってるんだろうと、スマートフォンをいじって検索しようとした。
「あの、お二人は翼の友達?」
そう声を掛けたのは、五十くらいの女性だった。上着一枚を左腕に掛けている。
「いえ、あたしたちは探偵です。もしかして、森本君のお母さんですか?」
「はい、そうですが……」
森本の母親は二人とは違う別の椅子から立ち上がって、こちらに近づいてきた。
「探偵さんですか。もしかして、こないだの生徒さんが殺されたという事件で?」
「はい」あかねが言って、二人も立ち上がった。あかねは探偵手帳を見せた。「あたしたちはその事件の調査をしていたのですが、今回森本君の話を聞いて、彼に何かあったらと思いまして、慌てて来たんです」
「まあ、そうなの」
森本の母親は今にも泣きそうに涙を溜めていた。
あかねは、先程森本の母親の椅子の隣に座っている女子生徒を見て言った。
「あの、そちらの方は?」
「ああ、彼女は、翼の彼女なんです。えーと、名前は……」
森本の母親が名前を忘れたのだろう、考えていると、後ろから、
「栗栖です」
と、彼女は自分答えて、立ち上がった。
この女性が森本の彼女なのか。確かに背も高いし、美人でハーフな顔立ちだ。しかし、笹井つむぎも負けてない。と、真は一人妄想をしていた。
「先生方は?」
あかねが言うと、森本の母親は言った。
「体育の渡辺先生が付き添いで来てくれたんですが、今トイレ行ってますわ」
「そうですか……」
あかねは言葉を失った。この時に、事情聴取をしたら不謹慎になる。
そう思っていると、栗栖があかねに近づいてきた。
「初めまして。栗栖桃香と言います。あなたが、翼君が言ってた探偵さんですね。よろしく」
「あ、よろしくお願いします」
「翼君は誰かに背中を押されて、頭を打ってるんです。実際に頭から血が流れれてたんで、あたしも気が動転してました。あなたは水野さんとこの事件は関係あると思いますか?」
逆に質問をしてきたので、あかねは頬を掻いた。
「まあ、あくまであたしの推定ですけど、関係あるんじゃないかなと思います」
すると、森本の母親があかねの両手を握った。
「探偵さん。お願いですから、早く犯人を捕まえてくださいな。このままだと翼が可哀そうで……」
「分かってます。お母さん」
あかねはそこまで息子を想ってくれる、母親が羨ましく思った。
「おい、お前たち、来てたのか?」
そう言ったのは、体育の顧問の渡辺だった。体育の顧問だけあって、ジャージ姿でガタイがいい。
「はい、二日前の朝はどうも」
あかねは頭を軽く下げた。「それで、彼の容体はどうなんですか?」
「意識はなかった。頭を強打してる。どうやらポケットに手を突っ込んでたから、支えるものが無かったんだな。まあ、森本はモテモテだったからな」
――モテモテだったから、誰かに恨まれても仕方がないという事だろうか。そんなことあって許されるものなのだろうか。真は半ばこの先生のいう事の意味が分からなかった。
その時、真は渡辺の後ろにいた栗栖を見た。彼女はうっすらと笑いを浮かべていたことに、真は目を疑った。
「今日は、翼の誕生日なんです。こんなおめでたいことなのに、誰が何のためにこんなことをしたんでしょうか?」
森本の母親は頭がパニックになっているようで、思わず渡辺の袖を握りしめて感情的になっていた。
「まあ、落ち着いてください、お母さん。気持ちは分かりますが、今は手術されている先生の話を聞かないと分かりません」
「そうですが……」
森本の母親が肩を落とすと、そこで手術室のライトが消えた。
五人はそれを見上げると、ドアが開いて担架が運ばれた。上であおむけになっているのは森本だった。
手術担当の先生の姿が現れると、森本の母親は急いで、先生にしがみつくように袖を握って言った。
「ああ、先生。翼はどうなったんでしょう?」
「命には別条ありません。ただ、頭を強打してるので、意識が戻っていません。頭と脳は繋がっているので、脳出血があるかもしれないので、翌日MRIの検査をしてみます」
「そこで、異常があるという事でしょうか?」
「まあ、お母さん。その話は後で……」
そう言って、医師は頭を下げて去っていった。
泣き崩れる母親に対して、真は相当息子を溺愛している人だと思った。これなら森本が好き勝手にしても、許してしまうのではないのかと考えてしまう。
真は自分の母親を想像してみた。決して愛情が無いわけではないが、ここまで溺愛するほどなのだろうか。親の気持ち問うのは、二十三の青年には分からなかった。
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