第15話 化けの皮

 森本も何食わぬ顔で部活にやってきた。手をポケットに入れて歩いていたが、どこか昨日会った気迫とは違って見えた。


「おい、森本」

 あかねは仁王立ちになって、彼に叫ぶように言った。

 森本は下を向いていたので、何事かと顔を上げると、そこには昨日見た、すぐにいじける? あかねがいた。


「何だ、あんたたちか……ビックリすんだろ」

 森本は露骨に嫌悪感を出した。実演なのか本当なのか、良く分からない。

「あんたにも水野さんのことで聞きたいことがあるんだ」


「何だよ、昨日言ったじゃねえか」

「あんな適当に逃げてたら、あんたが水野さんを殺したんじゃないかって疑うよ」


「だから、水野とは関係ないって言ってんだろう」

「相変わらず、口の利き方が悪いなあ。みんな協力してるんだから、あんたも付き合うんだよ」

 そう言って、あかねは部室に入ろうとした彼から手を握って、連れ出した。


                   


「それで、俺が水野を殺したって疑ってんの?」相変わらず、森本はポケットに手を突っ込んだままだった。

「別にあんたを疑ってるわけじゃないよ。あんたって超モテモテらしいじゃん」

 森本は思わず笑みがこぼれた。この男も承認欲求が強い。


「まあ、別に相手が勝手に好きになっていくだけだよ」

「水野さんに対してはどうだったの? 恋人関係にならなかったの?」


「あいつは顔がもう一つだったからな。美人だったら別にいいけどな」

 そう言って、森本はニヤついた。

「あんたって、本当に最低だね!」

 あかねがきつく言うと、森本はヘラヘラと笑った。


 どうやら、化けの皮が剥がれてきたようだ。これが本来の彼なのだろう。真はメモを取りながら、思っていた。


「しかし、お二人さんって、どんな関係なの?」

 森本はあかねと真を交互に指を差した。

「あたしと真君は探偵と助手の関係だよ」


「へえ、俺てっきり彼氏彼女の関係だと思ってた」

「何だよ。あたしは別に……」

 あかねは頬を赤らめた。真も何だか意識してしまい、心の中がモヤモヤする。


「お、熱いね。ヒューヒュー」

 森本はからかい始める。

「うるさいなあ。そんなことどーでもいいんだよ。あんたは彼女いるの?」


 すると、森本は笑いながら言った。「いるよ」

「へえ、どんな人?」

 あかねは森本の話を聞くことで、先程の件から遠ざからせようとした。


「栗栖っていう日本人とアメリカ人のハーフなんだ。かなりの美人だぜ」

「美人には目がなさそうだね。あんた」


「まあ、女は美人が一番でしょ。あんたもそれなりに可愛いよ」森本は腕を組んだ。

「フン」と、あかねは鼻を鳴らした。「そんなふざけた話に乗りませんよーだ」


「それよりさ、何で昨日しょげてたの?」

 森本は頭の後ろで両手を組んだ。

「別にあんたには関係ないよ。栗栖さんっていう人は美人だからモテるの?」


「そりゃそーだぜ。三年四組のアイドルだからな。五組は笹井つむぎさんだけどね」

「つむぎもアイドルなの?」

「男子たちはみんな噂してるぜ」


 真はつむぎの全体像をイメージした。ロングヘアでサラサラな髪、顔は小さく目は釣り目、鼻筋は通っていて、薄い唇、身体は細身であるが、意外と胸に張りがある。お尻に関しては多分小さいのだろう。背は百五十七センチの真よりも十センチ以上小さい。だが、小さいから許される素直じゃない部分がある。


 何だろう、そんな可愛くて、これから更に美人になる女性をなめまわしてみる男子たちが、真にとっては止めてほしい気持ちがあった。


 あかねは身震いした。

「つむぎに何かしでかしたら、あんたたち承知しないからね」

 すると森本は笑いだした。

「ハハハ、確か昨日もそんなこと言って、刑事に怒られてしょげてたんだったよな」


「うるさい! その栗栖さんって人はあんたが告白しまくったの?」

「あいつからコクってきたんだよ。やっぱり、有名人は得だぜ。あんまり芸能界に居座ったら色々あるけどな」


「何で芸能界辞めたの?」

 あかねはきょとんとした顔で聞いた。真もそれを思っていた。

「ん? まあ、楽しくないから。だって、学校もあんまり行けなくなるんだぜ。それに、事務所の大人たちに逆らえないじゃん」


「まあ、言ってることは分かるし、気持ちも分かるよ」

「気持ちが分かるかよ。芸能界もいたこともないくせに」

 森本は露骨に嫌悪感を出した。


「そうだね。それは分からないね。あんたも色々と苦労してるんだね」

「そうさ。まあ、いろんな女からモテまくることは悪くないぜ」

 そう言って、森本は笑いながら親指を立てた。


「君たち、まだいたのかい?」

 その声にあかねと真は見た。森本は後ろを振り返ると、そこには的野の姿があった。

「あ、すみません」

 あかねは頭を下げた。


「いや、いいよ。今日は水野さんの件もあって、部員の子たちは早めに帰ってもらおうと思ってるし、実際に来ていない生徒さんもいるから……」

「俺はもういいよな?」

 森本は自分に指を差す。


「うん、いいよ。ありがとう」

 あかねは手を上げると、森本は「じゃあ」と言って教室に入っていった。


「じゃあ、私もこれで……」

 と、的野が後にしようとした時に、あかねは言った。


「すみません。的野さんに聞きたいことがあるんです」

「何をだい? 昨日全て話したつもりなんだが……」

 的野は嫌な顔をせず、顔だけ振り向いている。


「水野さんに対して、居残りをさせたのは本当ですか?」

 あかねの唐突な質問に、的野は少し時間を要して言った。

「……まあ、させてたよ。どうしても彼女は光るものがあったからね」

 的野は明らかに答えたくない質問だったのだろう。あかねとは目線を合わせていない。


「体罰をしたという話も聞いているんですが……」

「……すまん。それについてもどうしても熱が入ってしまって……。彼女にはもっとこうして欲しいと、手を上げてしまったんだ。本当に申し訳ない」


「それは、校長先生には報告していますか?」

「……すまん」


「と、いう事は認めるんですね?」

「認める。しかし、学校では内緒にしてくれないか」

 的野はこちらに向き直して、土下座をしようとした。


「いえ、土下座はよしてください」と、あかねは困った様子で言った。「それに、この件は水野さん殺害の動機に関わるかもしれません。その為、このことを隠すという、お約束は出来かねます」

「そこを何とか、出来ないのか?」的野はしつこく土下座をする。


「殺害の動機が別のことであれば、あたしたちは聞かなかったことにしますけど、もし、その動機が殺害につながったのであれば、打ち明けます。あたしたちも隠蔽はしたくないので、土下座を止めてもらえますか?」

 そう言われても、的野はしばらく土下座を止めなかった。何事かと思って、生徒たちはその現場を見る。


「これ以上のことは、こちらから言うつもりはありません。では失礼します」

 あかねはスタスタと靴音をわざと立てて歩いていった。真はどうしたらいいのか分からないまま的野を一瞥したが、あかねの後を続いていく。


 階段を二階まで降りると、職員室から女性の先生が出てきた。

「良かった。あなたたちまだ帰ってなくて……」

 先生はホッとしたような表情をした。


「何かあったんですか?」

 と、あかねはきょとんとする。

「それが、変わった方が、校長先生と話をして……」

 そう言うと、あかねと真は思わず顔を合わせて、頭の上にハテナが浮かんだ。

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