第14話 ぶりっ子生徒

「何、あたし昨日ちゃんと話したんだけど」

 石留は面倒くさそうな顔を露骨に出して、腕を組んでいる。

「そういえばさ、石留さんは何で演劇部に入ってんの? 森本君が好きじゃないんでしょ?」

 と、あかねは言った。


「あたし?」と、石留は自分に指を差した。「あたしは別に特にやることなかったから。一年の時は楽しかったよ。明日香と二人でたわいのない話をしながら、大道具をやりつつ、サボったりさ。それで、明日香が、森本のコイバナをするわけ。あたしは男に興味が無かったから、熱心に話をする明日香をバカじゃないとも思ってたけどね」

「それで、何で演劇部に?」


「ああ、ごめんごめん。話がそれちゃったね。あたしん家、親がお金持ちなんだよね。それで、小遣いも結構もらってるから、バイトもしなくていいし、何もしないのも退屈だったから演劇部に入ったわけ」


「ふーん」あかねも彼女と同じように腕組みをした。「あたしたち、いろんな人に聞いたんだけどさ。あんた水野さんにイジメしてたんだよね」

石留はそのことを聞くと、一気に顔つきが変わった。「誰がそんなこと言ったの」


「それは教えなーい。取り合えず、本当か嘘か答えて」

「まあ、いえば、明日香が急に真面目になったからだよ。主役に上がるだけでなく、明日香はこの部員のまとめ役にもなってた。だから、あたしたちが手を抜いているところを注意したりしたから、あたしたちも明日香に仕返ししてやろうと思ったわけ。それが、どんどんエスカレートしたんだ。悪い?」


「悪いよ。イジメをした人間は許されるものじゃないね」

 あかねはきっぱりというと、石留は「ふーん」と、目を細めた。


「あんたって、あたしと似たような部分を持ってるって、昨日の刑事さんが笑ってたけど、こういう者に対しては、激真面目なんだね。あたし、結構ショックだな」

「ショックで結構。イジメは許されるもんじゃないからね。それで、どんなことをしたの?」


「え? あいつの机に落書きをしたり、靴の中にゴミを入れたり……」

「もっとひどいことしたんじゃないの? 言ってみなさい!」

 何だか、あかねが石留の姉のような存在に見えてくる。


「身体には攻撃してないよ。本当だって」

「まあ、いろんな人に聞くから。もっとひどいことしてたら、あんた承知しないよ。そういえば、さっきあたしたちと言ってたよね。あんた以外にもイジメをした人間がいるってこと?」


「ああ、相添っていう、あたしと一緒のクラスの女子なんだけど、あの子も森本が好きなんだ。あいつなんて、森本がテレビに出てた時に、ファンクラブに入ってた奴だから、あたしが明日香にちょっかい掛けてたことにすぐに食いついたね」

「ふーん、相添っていう奴ね。分かった、そいつにも聞いてみる。あんたはもう下がっていいよ」


「何だよ。冷たいな」

「今回の件で、あんたはショックだったけど、あたしもショックだった。あたしも素行悪いけど、あんたみたいに人を傷つけるようなことはしてこなかったから。それと、最後に水野さんが殺害された、九時から十二時半、あんたどこで誰といたの?」


「誰って……。一人で夜歩いてたよ」

「外に出てたってこと。十二時まで?」


「十二時までじゃないよ。その時には家に帰ってたよ」

「ふーん。分かった。じゃあ、またどこかで」


「……分かったよ」

 そう言って、石留はしょげた気持ちで教室に入っていた。なんだかんだいって石留はあかねに嫌われたくないんだなと、真は肩をすくめて笑った。


                         


 相添遥にも事情聴取をした。彼女はショートカットの短い髪で、目は狐のように釣り目であり、細目であった。

「相添さんは、森本君のファンでしたよね?」

 あかねが言うと、相添はムスッとした顔で、


「今でもあたしの中では、彼でいっぱいです」

「森本君はこの部員ですよね。実際に会ってみてどうでしたか?」

 相添は腕を組んで天井を見上げた。


「やっぱり、翼君は、あたしにとっては旦那様でしかないです。もう、カッコいいとしかない。最初見た時はビックリしました。翼君がそこにいるということに、何度も彼の名前を確認したの。そしたら、森本翼っていう名前だったから、もしかしたらって、あたしその男子に聞いたのそしたら、“そうだよ、俺が元芸能人の森本翼だよ”って、声も優しいトーンだったし、あたしはその日、目がウロコでした」


 おーい、どこを見てるんだ。帰って来いよ~。と、思うくらい、彼女は森本の話になると、多弁になるんだなと、真は思わずニヤついた。


「ま、まあ、森本君に対しての気持ちは分かりました。それで、相添さんは今回水野さんが主役に抜擢したことにどう思ってましたか?」

「そりゃあ、嫌だったですよ。何だよこいつって。今回はキスシーンも入れるかもしれないと噂ではあったから余計ですよ」

キスシーン……。その言葉だけで、真は顔が赤くなりそうなくらい、恥ずかしかった。


あかねは冷静に聞いた。

「それで、いろんな人に聞いたんですが、石留さんと相添さんは水野さんにイジメをしていたということは本当ですか?」

「え……」

 急な発言に躊躇する相添に対して、あかねは付け加えた。


「石留さんはイジメをしていたって、白状しましたけど……」

 すると、「あたしもしてました。石留さんと二人でやってましたよ」


「どういったことをですか?」

「それは、水野さんの机に落書きをしたり、靴箱にゴミを入れたり……」

 これは石留の話と該当してるな――真は思わず頷いた。


「殴ったりしたことは?」と、あかね。

「ないですよお。それに、あたしにとっては、一か月前から水野さんのイジメを止めたんですよお」


「それは、どうして? 水野さんと森本君は文化祭でキスシーンがあるんだよね」

「噂ですよ。う・わ・さ。本当はないとは思いますけど、森本君は水野さんに興味はなさそうだし、それに、森本君彼女がいるから。ターゲットを変えたんです」


「彼女? あいつ彼女いるの?」

 あかねは驚いて声を上げた。


 ――まあ、顔がいいからいても可笑しくないだろ。それよりもターゲットを変えたって普通に言う相添のほうが凄い。と、真は横目で見ていた。


「いますよ。一か月前くらいからですけど、前から仲良かった女子がいてまして、その女子に嫉妬してましたけど、それが翼君の口から“俺の彼女”と言われたとき、もうホントーにショックでショックで。あたし、死のうかなと思ったくらいです」

「そんな大げさな」

 と、あかねと真は同時に声を上げた。思わずお互い見る。


「でも、ホントーに眠れなかったんだから。笹井先輩。あたしを慰めてくださいよお」

 そう言って、相添はあかねの腕にしがみつくような動作をした。

 あかねがちょっと引いてる。そんな光景を真は初めて見た。


 あかねは軽く咳払いをした。「取り合えず、森本君には彼女がいるという事が分かりました。あと、水野さんが亡くなったことにどう思いますか?」

「あたしは水野さんが亡くなったのは悲しいですよ。イジメをしたから追い込まれて自殺をしたのかなあ。とにかく、悲しいです」


 ――本当に言っているのか。このぶりっ子はと、真は半信半疑だった。


「最後に、二日前の夜の九時から十二時半までの時刻に相添さんは何されてたんですか?」

「普通に自宅で音楽聞いたり、後、昔録画しておいた翼君がテレビに出てたのを観てました」

 あかねは真が全てメモを取ったのを確認すると、


「以上です。ご協力ありがとうございます」と、お辞儀をした。

 すると、相添は驚愕して、

「えー、笹井先輩、あたし翼君がいないと何もできない女の子なんですよ。一カ月我慢したねってナデナデして下さあい」


 と、急にあかねに抱きついてきて離さなかったので、あかねは青ざめた表情で固まっていた。それに真は笑いをこらえるのに必死だった。

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