第9話 演劇部の顧問として
「水野さんが今回亡くなられて本当に残念です」
そうぽつりと的野靖が言った。
菅たち三人は、先程石留に事情聴取をした、別室の小ぢんまりとした部屋で聞いていた。
菅は発言した。「的野先生は演劇の顧問もしていて、もう何年になるんですか?」
「まあ、私はこの学校に赴任したのは五年前何ですけど、演劇部の顧問はもう二十五年ほどになります、私が大学の時に演劇のサークルに入っていて、色んな学校に舞台で演じたことが凄く楽しかったので、それを生徒たちにも生かせたらなっと思いまして、演劇の顧問をやらさせていただいてるんです」
「へえ、そうなんですね。ということはプロの舞台の芝居も見るのは好きなんですか?」
「はい、毎月に一回は見に行ってます」
そう的野は落ち着いた表情で言った。五十前後という歳であり、頭が大分禿げ上がっている。メガネもかけていて、知的な先生に見えた。しかし、演劇という身体を使って表現することが好きなのは意外にも見える。
「凄い、演劇がお好きなんですね。そういった方が部活の顧問をやってもらえるのは、同じ、将来演劇の世界に入りたいという人にとっては、大切な先生なんじゃないですか?」
「そうだと、有難いんですけどね」的野は笑顔を作った。歯並びも奇麗だった。やっぱりそういった美に興味がある人は、自然と奇麗な雰囲気を醸し出しているのだろうか。
「実際に、演劇の世界を目指したいという人はいらっしゃいましたか?」
と、菅は聞いたが、真もあかねも先程の件で疲れが溜まっており、そして、やっと一番まともな人物に会った的野だから、二人とも菅に任せて落ち着いて聞いている。
「そういう生徒はいますよ。しかし、私はどうしても気合が入ってしまうというか、教え方が熱心になってしまうんですよね。最近はそれが体罰だとかそんなことがありますから、なるべく抑えてはいるんですけど、どうしても、上手い生徒や、一生懸命演じている生徒を見ると、口出しをしてしまうのも事実なんです」
的野は反省の色を見せた。教師をやって三十年近くもなるのに、華奢な体で、謙虚な態度で接している。第一印象は真面目な感じには見えるが……。真は注意深く彼を見ていた。
「亡くなった水野さんは演劇熱心ですよね?」
確かではなかったので、恐る恐る菅は聞いた。
「うーん、まあ、高校一年から彼女は演劇部に所属していたのですが、その時は、大道具の方をやっていました。というのも、私の印象としては、友達と一緒にどこのクラブにも興味が無いし、別に帰宅部でもいいけど、取り合えず入ってみるかというような子に見えたからです」
「実際に中学生の時も演劇部に所属していたらしいですから、何かしら演劇には興味があったのかもしれませんね」
「ですが、奇抜な外見で、不良グループの一人だと思っていたので、私はあまり相手にはしてなかったんです。しかし、学園祭では大道具といえども、普段の部活での演劇は彼女にもちょい役をやってもらったんです。もちろん、不良グループだけでなく全員演劇に携わってる人たちはね。その時に、彼女だけ凄く上手い表現をするなって、すぐに分かりました」
「長年、演劇を見てきた勘ですか?」
「ええ、そうだと思います。その時から、私は彼女と接点を持ちました。もちろんそのちょい役を演じたことに褒めたたえました。彼女は、褒められることはあまり慣れていないようで、最初は素直ではなかったんですが、色んな演技をやって欲しいと言うと、まんざらでもなくしてもらえました。褒められることは好きなんだと思います」
「へえ、そこから彼女は更生したんですか?」
「更生という言葉が合っているのかは分からないですが、彼女は演劇が向いていると確信してから、変わりましたよ。学校ですので、普通は身なりも清潔にしなくてはいけないのは承知なんですが」
と、彼はこの発言を言おうが一瞬迷っていて、うつむきながら目を右左ときょろきょろ動かしていた。
それを察した菅は、「大丈夫ですよ。あなたが仰った言葉は誰にも漏らしません」と、言うと、的野は安堵の表情を浮かべて続けて発言した。
「私は、その人のファッションが例え服装を改造して、奇抜にしても、それは個性的でいいのではないかと思っているんです。なので、あまり全体的に同じ格好というものが悪くはないけど、いいとも思えないんです。その為、水野さんにも服装のことは一回も注意はしなかった。
しかし、ある時に彼女は服装を清潔にして来たんです。丁度彼女が二年生に上がった時だったので、季節の変わり目だったのかもしれませんが……」
「その期間に、何かしら彼女に変化があったのかもしれませんね。それから的野先生は彼女に演劇指導を?」
「ええ、その前に、水野さんが丁度二年生に上がった時だったかな。私を呼んで、こういった別室を使って、話してくれました。プロの演劇、女優としてやりたいと……」
「へえ、夢を持ったということですね」菅は目を輝かせて言う。
真も感嘆した。何だか生徒の一人を更生だけでなく、夢まで持たせるとは……。
「私もそれには嬉しかったですし、演劇指導に身が入りました。しかし、何が彼女の心を動かしたのか分からないのが残念です……」
「それでも、彼女は的野先生の指導の通りに、みるみる上達していったんでしょう?」
「はい、私が激を飛ばすこともありましたが、彼女自身がいろんな役を演じて、それにみるみる上達もしていきました。いや、元からセンスはあったので、隠していたのを露わにしたというのが本音でしょうか?」
「なるほど。それで、今回彼女を主役にしたいということになったわけですね」
「今回だけでなく、私個人としては二年生から主役の座に選びたかったんですけどね。それだとあまりに不公平だと騒ぎ出す生徒や、そのお母さんもいらっしゃるので……」
「まあ、難しいですよね。先生方は……」
菅と的野は互いに苦笑いをした、年齢も近いし、ともに話しやすいのだろう。
「ところで、水野さんは同じ演劇部に好きな男子生徒がいるということは、ご存じでしたか?」と、菅。
「はい、それは知ってました。森本君ですね」
「はい」菅は相槌を打った。
「森本君は皆さんも知っているとは思いますが、子役時代にタレントや俳優をやっていたこともあり、それを知ってる女子生徒からはいつも囲まれていました。彼もまんざらではなく、ちょっと己惚れている生徒ですね」
「あんな奴のどこがいいの?」あかねは寡黙だったのに、森本の話になると急に発言した。
「まあまあ」菅は嫌な顔は出さず、あかねをなだめた。
的野はあかねを見ながら言った。「でも、あなたが言うのは分からなくもないですよ。顔は良いし、元芸能人です。だけど、演技はそれほどいいものは持っていないし、サボり癖もあるし、勉強も運動もそれほど成績が良くない。それに女子と遊ぶのが好きだというところもあって、半分の女子生徒は森本君のことが好きだったみたいですけど、半分は嫌っていましたから」
「それは男子生徒もですか?」菅はあかねよりも先に喋った。
「まあ、そうですね。先生たちからもあまりいい評価はしなかったんじゃないかな。一部の男子生徒は森本君の近くにいることで、自分も女子生徒からモテているという錯覚を得られたい人もいましたから」
真は昼休みに森本と一緒にいた、前原という男子生徒はその内の一人なのではないかと推測した。
「と、いうことはそんな己惚れていた森本に対して、水野さんは恋心を抱いていたということですね」
「まあ、簡単に言うとそうですね。私もなぜそこまで森本君が好きなのかいまだに分からないですけど、若い子たちはやっぱりインフルエンサーの人を好きになるのでしょうね」
「そうですね。それで、今回の文化祭の演劇に主役は水野さん、脇役には森本君が抜擢したということに対しては、先生がお決めになられたんですか?」
「はい、主役は水野さんで進めたかった。彼女は学力も成績が良かったけども、もっと魅力的な部分があると、みんなに見せたかったというところもあります。その為、私は身を粉にして彼女と今回の作品にむち打ちをしてきました。それで、相手の森本君が演じる脇役には、本来なら別の男子生徒にしたかったのですが、彼女が森本君のことが好きだということを知っていたので、モチベーションを上げてもらうために、敢えてヒロインに入れたというわけです」
「ちなみにどういった作品ですか?」菅は前のめりになって聞く。
「ロミオとジュリエットの恋愛作品をちょっと似せた、恋愛劇を構成してました」
「原作は先生が考えたんですか?」
「まあ、考えたというと変ですけど、あくまでロミオとジュリエットを題材にして、ちょっと加えたという感じなんで、私が創ったと言ったらそうでもないんですけどね」
「へえ、見てみたいです」
そう言ったのは、また後ろからあかねだった。彼女も恋愛の作品が見たいのかと真はあかねの意外な部分を知ったので、ちょっと温かい気持ちになった。
「そう言ってもらえると、有難いです」的野は笑顔を見せた。
「文化祭は行うつもりですか?」菅は冷静に聞いていた。
「まあ、こればかりは校長先生が判断するので、私たちは何とも……。だけど、私自身やった方がいいのか、やらない方がいいのか分からないです」
「それは亡くなった生徒さんが、今回の作品の主役だからですか?」
「もちろんそうです。あれほど私が熱血に教えたので、それがきっかけで、自殺してしまったんじゃないかと悔やんでいるので、複雑です……」
「そうですよね……」
四人は一気に沈黙が訪れた。改めて水野明日香の存在が大きいものだと痛感した。
菅は恐る恐る聞いた。「ところで、的野先生は昨日の九時から深夜まで何をされていたのでしょう?」
「九時から深夜まで……。家内と過ごしてましたけど……。どうしてですか?」的野はきょとんとした顔で菅を見る。
「いやあ、今回の事件はもしかしたら他殺なのではないかと捜査してるんです。自殺にしては椅子や机が遠い場所にあるので、首を吊るには敢えて輪の中に首を入れるようにジャンプするしかないので。可笑しな格好になるんです」
「……なるほど。私はその現場を怖くて見れなかったですが。そんなことがあったんですね。校長先生が自殺だとおっしゃってたので、想い詰めてと思ってました」
「あの校長先生が……」
菅は午前に校長が嫌な雰囲気を出して、自分ら三人を追い出したことを振り返って、怒りに浸透していた。
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