第7話 捜査内でのケンカ

「何で、あたしたちが森本に会いに行かなくちゃいけないんだよ」

 あかねはポケットに手を突っ込みながら、滑らすような適当な歩き方になっていた。


「まあ、あかねちゃん取り合えず落ち着こう。立場的に今回の事件の件を聞きに行くんだから、こちらから行くのは当然だよ」

 菅がなだめようとすると、キッと、あかねは菅を睨んだ。

 思わず、菅は後ずさりをする。


「菅さん。あなたは部外者だからいいけど、こっちは妹が取られてしまうんだよ。そんな状況になったことないでしょ。例えば息子さんが誘拐されたりとか考えてみてごらん、いてもたってもいられないよ」

「あのねえ、狙ってるって、誘拐じゃないよ。ただの異性として意識してるっていう意味で……」


「どちらも一緒です。妹が嫌々押し付けられるのは変わりないんです!」

「そうだ、そうだ」

 真が後ろから言うと、あかねは思わず真を見た。


「何で、あんたが加勢するの?」

 真はしまった。と、焦った気持ちになった。


「いやあ、あかねさんの立場を考えたら、どうしても気持ちが入っちゃって」

「ふーん」と、あかねは見下したように薄ら笑いを浮かべた。「まあ、いいけど。とにかく、森本という奴を問い詰めてやる」


「おいおい」

 菅は事件のことから離れてしまっていることに困惑していた。あかねは森本がいる校庭のベンチまで足音をわざと立てて歩いていた。


 そして、ベンチに座って談笑している男子生徒たちがいた。あかねはすぐさまその二人に向かっていった。


「ちょっと、あんたたち。どっちが森本翼なんだよ!」

「え?」


 突然の怒鳴り声だったので、二人とも驚いて見上げると、そこには高校の制服ではなく私服の女性――あかねが腕組みをして仁王立ちしていた。

「いや、森本先輩は……」喋った男子生徒一人はあかねに対して委縮した。


「何、聞・こ・え・な・いんだけど!」

 二人ともあまりのあかねの気迫に押されて、固まって森本がいる別のベンチの方に指を差すのが精一杯だった。


「あっちか!」

 あかねは完全な蟹股で、森本の方に歩いた。


 森本はもう一人のイケメン前原とたわいのない話をしていて、笑顔を見せていた。

「こらー、森本! どこだ!」

 あかねが彼らに姿を現す、森本は冷静に言った。


「何だよ、あんた。新人の先生か?」

「あんたが森本か?」

「そうだぜ。それが何だっていうんだ?」


 森本翼は反抗的な釣り目に、鼻筋は通っている。顔は小さく、薄い唇、肌には気を付けているのか、ニキビ一つもなかった。背も真よりも高そうだし、体系はやせ型なので、いかにもスマートな容姿だった。バンドマンのように金の髪を肩先まで伸ばしている。


「あんた、笹井つむぎを狙ってるらしいじゃない。その言葉、二度と言わせないように、その喉を絞めてやろうか」

 これには森本も少し驚いてはいたが、冷静に立ち上がり、「あんたこそ、その言葉を二度と聞かせないようにさせてやろうか」と、両腕をポキポキ鳴らして先頭モードに入った。


「ちょっと、待ってください」と、真が間に入った。「あかねさん。いくら何でも、初対面の生徒に対してそんなこと言ったら、学校出禁になってしまいますよ」

「それは嫌だ。でも、つむぎは渡せない」

 あかねのヒートアップした感情は止められる状態ではない。


 その時、後ろから菅が、あかねの頭にゲンコツを落とした。

「痛―い、何すんの」あかねは自分の頭を両手でさすった。


「俺たちは事件を解決するために学校に訪れてるんだ。これ以上変な真似をすると、お前は捜査に加わることはしない。分かったか!」

 菅は明らかに、ご立腹な顔をしている。いつもの穏やかな性格からは程遠かった。


 あかねは「……分かったよ」と、半分すねたように言った。

「取り合えず、お前は後ろに下がれ。しばらく捜査に加わるな」そう菅は、あかねを自分の後ろに立たせ、森本に「取り乱してすまなかったね。このバカにはしっかりしつけるから」と、詫びた。


「いえ、いいっすよ。別に……。それで、あんたらは何? 朝の刑事?」

「ああ、紹介かまだだったな。私は菅というものだ」そう言って警察手帳を見せる。


 本物の警察手帳を見た二人は一気に緊張が走っていた。

「おいおい、俺たちヤバいんじゃねえ」と、前原はへらへら笑っていたが、森本は相変わらず冷静だった。


「それで、この二人は?」森本はあかねと真を見る。

「二人は、私の知り合いで、探偵とジャーナリストをやっている。彼女の方が探偵だ」

「ふーん」森本はあかねを見た。あかねはいじけているようで足をブラブラと蹴る動作をしている。目には涙を溜めていた。


「それで、この女が言ってた笹井がどうかしたのか?」

「いや、その話は忘れてくれ。まあ、彼女は笹井つむぎさんのお姉さんなんだ。ただ、それだけだ。すまなかった」

 そう言って、菅は頭を下げた。すると、前原が言った。


「あんまり似てねえよな。姉妹なのに」

「まあ、色々とあってな。そこは詳しく聞くのは止めてほしい。私たちが君たちに聞きたいのは水野明日香の件だ。彼女の死亡推定時刻は九時から十二時過ぎとされる。この時間に君たちは何をしていたかを教えて欲しいんだ」


「何をしてたかなんて、外でブラブラ歩いてたんだよな」前原は森本を見た。

「ほう、お前たち、未成年が深夜まで外で歩いてたというんだな」菅は誇らしげにニヤッと笑った。


「いやあ、十時に帰ったんだ」慌てて前原は自分の顔の前に右手を出して横に振った。

「怪しいな……。それを証言できる人間は?」


「俺たちしかいねえけど。でも、本当だぜ。本当に十時ぐらいに家に帰ったんだ」

 森本は鼻からため息交じりに吐いた。


「オッサン。あんた、俺たちが水野を殺したとでも思ってるのか?」

「まあ、可能性の話だ。君たちが殺したとは思ってはいない」

 菅は思わず苦笑いをした。森本という人物は目つきが鋭く、真剣な話になると、殺気立ってくる。


 しばらく森本は菅を睨んでいた。菅は動揺していないふりをするために、どっしりと構えているように足を開いていたが、真から見ると、蛇に睨まれたカエルの様だった。


「……俺たちは十時に別れた。その後、俺は自分の部屋で映画を観ていた」

「何の映画だい?」


 森本は思わず舌打ちをした。「……何だっていいだろ。サブスクで映画を観たんだ」

「わ、分かった」菅は声が震えている。見かけよりも小心者だとは真も薄々感じていた。「その後はどうしてたんだい?」


「その後、風呂に入って寝た」

「それを証言できる人は?」


「親に聞け」森本は貧乏ゆすりをした。

「ああ、すまない」菅は別に悪いことしていないのに、謝っていた。真は、菅の苦手な人物はこういった威圧的な態度をする人なのかもしれない。


「それで、前原君は家に帰って何をしてたの?」真は自分も言うしかないと思って聞いた。

「俺は、部屋でインターネットを観てたぜ。ママが証言できるけどな」


「ママ?」

「ああ」前原は恥ずかしそうに頭をかいた。「ウチの母親だ」


「なるほど……」

 真はメモを取った。菅もあかねもだんまりしていたら、自分が聞くしかない。


「もういいだろ」森本は両手を頭の後ろに組んだ。「俺たちもあんたたちに付き合いたくないんだよ」

「ちょっと待って。森本君は演劇部所属だよね。しかも今回水野さんのヒロイン役だよね。水野さんはどういった人だったの?」


「どういった? 別に普通」と、森本は顔を合わさずに言った。

「普通ってどういう意味?」


「普通は普通だろ。特に特徴もない。別に大して意識したわけじゃないし。向こうが勝手に意識しただけ」

「意識した? 水野さんは森本君に気が合ったってこと?」


 すると、森本は苛立ちを隠しきれなかった。「もういいだろ。俺たちはあんたらと付き合ってられないって言ってるだろ」

 そう言って、森本は立ち上がった。前原は彼の気迫に押されて続けざまに立ち上がる。


「森本君は、昔テレビに出てたんだよね。それで、一躍有名人として人気があるって聞いたけど……」

 真が言うと、森本は面倒くさそうに頭をかいて前原に「行こうぜ」と、言って去っていった。


「お、おい、君たち……」菅が慌てて引き止めようとしたが、真は顔を横に振った。

「安易に追わない方がいいですよ」


「どうして?」菅は振り向いて真を見る。

「あの二人、僕らに対してからかってるだけですから」

 真は冷静に二人の後ろ姿を遠目で見つめていた。

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