第5話 変わる表情

「失礼します」

 菅が先頭で校長室に訪れ、続いてあかね、そして最後に真が入った。


「すまないね。私も色々と今回の事件で仕事があったから、やっと手が空いたところだ。とはいえ、今日は彼女の件ばかりだが……」

 校長は残念そうな表情をした。何となく、本当にショックを受けているようには見えると真は感じた。


「校長先生、お疲れのところ申し訳ございません。私たちも仕事ですので、事情聴取には協力してもらいますよ」

「ええ、承知の上です」校長先生はゆったりとした背もたれのある椅子だが、机に両肘を置いて、前かがみになっていた。「三人ともどうぞ、そこのソファに座ってください」


「すみません。お言葉に甘えて座らせていただきます」菅はあかねと真を一瞥して校長に向けて軽く会釈した。

 三人は向かい合ってソファに座った。黒いソファが二つありその間には小さな木製のテーブルがある。

 菅が一人分のソファを、あかねと真は隣に座った。


「早速ですが、亡くなった水野明日香さんはどのような方だったんでしょうか?」菅は手帳を取り出してメモを取る仕草をする。

「まあ、私よりも仲の良い生徒の方が有力だとは思うが、成績は優秀だったのは聞いたことがあるよ。それに彼女は演劇部で活躍してるという話も聞いている。……どういう意図だったのかは分からないが、未来ある生徒を失ってしまった事は大きいな」


「そうですね。ただ、不良グループともつるんでいたといった噂も耳にしたことがあると言う生徒もいます。それはどうですか?」

「不良グループ……。私はそれに対しては知らないが、ただ、演劇部では相当力が入りすぎて、色々と揉めていたという話は聞いたことがあるが……」


「他の方もそう言います。それほど西京高校は演劇が素晴らしいのでしょうか?」

「ええ、この高校は演劇が素晴らしいです。特に今年の春には演劇に力を入れている大学や、俳優の事務所の方も内密で来られました」


「それほど凄いんですね。知らなかった」

 あかねは目を丸くする。つむぎもそこに入れたらきっと彼女の美貌でスカウトが来てたかもしれない。まあ、演技は上手いかどうか知らないけど。と、あかねは横目でつむぎを想像していた。


「なので、その主役を抜擢された水野さんは、相当凄い生徒さんだよ。今回は歌も歌う予定だったから、リハーサルで一回聞かせてもらったけど、アマチュアにしてはちょっと抜けてるね」

「それほど、素晴らしい才能を持っていたのに、どうして殺されちゃったんだろうね」

 あかねは菅に言ったら、校長がぴくっと反応した。


「殺された……。彼女は自殺したんじゃないのかね?」

「すみません。首つり自殺と最初申し上げたんですが、自殺にしては不自然な点があるんです」


「どこがだ」

 校長はいささか感情的になっている。どうしてそんなに切羽詰まっているのだろうと、真は冷静に見ていた。


「例えば、机を使って足を蹴って首を絞めつけられたとしましょう。それだと、机からロープまで彼女の身長が足りないといけない。実際に彼女の身長は百五十九センチです。一番近い机から首に入るロープを彼女の方に引っ張ったとしても、二メートルはあります」


「椅子はどうなんだ」

「調べた結果、椅子一脚だと、ロープには届かない。その為、何脚も重ねたとしても、その椅子を蹴った形跡もない。つまり、椅子と机が奇麗に並べられている段階で、椅子は使っていないということになります」


「では、彼女は……」

「今のところ他殺の線で捜査を開始してます」


 そう躊躇なく菅は言った。きっと菅も相当心臓をバクバクしているのかもしれない。真もそうだ。校長が声を張り上げたところから、何を言われるかヒヤヒヤしている。


 少し間があって、校長は言った。「ということは、これからも学校に足を運ぶのか?」

「ええ、もちろん。事件解決に至るまでは」


「……まあ、私が全て事件を解決できることではない。警察に任せる。だが、生徒たちにはあまり干渉はしないで欲しい。私も今は時間が空いているが、色々雑用があって忙しいんだ」

「ということは、生徒たちにも事件に協力してもらっていいと?」


「そうじゃないと、事件が解決できないのだろう。そうしたまえ。……以上だ」

 校長はそう言って、無理やり切り上げて立ち上がった。

「あの、水野さんの演劇の顧問はどなたですか?」


 そう菅が言うと、「的野だ。ほら、さっさと出てってくれ。忙しいんだ」と、露骨に嫌な顔を見せた。

「失礼しました」


 菅は言って、真も続いて頭を下げて立ち去ろうとする。あかねは校長にわざと見せるように首をかしげて部屋を後にした。

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