第3話 水野明日香について 1

「水野明日香は高校三年生だ。性格は高校一年の時から俗にいう不良で、授業中にガムをか

んだり、態度が大きかったり、仲のいい友達と喋ったりして、授業に集中する様子もなかっ

たのだが、二年生の時に急に気が変わったように、髪を茶色から黒に染めたり、授業に真面

目に取り組むようになったようだ。これは生徒の証言からえている。


 勉強の方は二年生から徐々にできる人物になったらしい。学年の成績はクラスでは二年

の時点で真ん中だったのだが、亡くなる前には、クラスではトップファイブに入るくらいだ」


「へえ、常にテストの点数は一桁だったあたしとは大違いだね」あかねは菅に言った。

「自虐ネタかい? 今は君も随分と立派な大人になったと思うよ」


「ハハハ、お褒めの言葉ありがとうございます」そう、あかねは軽く会釈をした。

「それで、水野は演劇部に所属していたんだ。これも近々ある文化祭で、主役に抜擢されて

いたようだ」


「凄いね。主役って……」

 菅とあかねと真の三人はそれぞれ校庭のベンチに座った。菅だけ一人別のベンチで座り、

真とあかねは二人で一台のベンチに座り、購買で購入したメロンパンをかじっていた。


 グラウンドからはクラスの男女別々で体育の授業が行っている。もうすぐ三時間目の授

業が終わる頃だ。


「でも、そんな華やかな水野が、どうして殺されなくちゃいけなかったんだろうね」

「さあ……。性格は負けず嫌いだったから、それが仇となったんじゃないか?」と、菅は残

り一口になったメロンパンを、口を大きく開けて押し込んだ。


「真君はどう思う?」あかねは隣の真を見た。

「怨恨だったんじゃないでしょうか」


「どうして?」

「何となく……」

思わず、あかねはズッコケそうになった。「……ま、まあ、生徒たちの証言も聞いていな

いからね」


 そこでチャイムが鳴り、生徒たちの休み時間になった。体育を行っていた生徒たちは白い

歯を見せながら、笑顔で校庭の方に歩いていく。


 何人かが三人の姿を見た。せせら笑っている感じがしたあかねは薄目で睨みつけていた。

「あれ、お姉ちゃん」

 そ、声が聞こえたので、三人が見ると、そこには体操服姿のつむぎが走ってきた。


 真はドキッとした。まさか、つむぎの体操服を見られるなんて思わなかった。彼女はほの

かに胸を揺らしながら近づいて来た。


 それなりに大きいのだろうか。真は彼女の胸に集中して見てみたい願望と、自制心と戦っ

ていた。


「菅さん、姉がお世話になってます」と、つむぎは菅に丁寧にお辞儀をした。

「こちらこそお世話になってるよ。あかねちゃんがいなかったら事件は解決できないこと

ばかりだからね。それよりも、つむぎちゃんが体育をやっていたということは、被害者と同

じクラスなのかい?」


「そうですよ。水野さんは同じクラスでした」つむぎは悲しそうな表情を浮かべる。

「何であたしには言わなかったの?」あかねは嫌見たらしく言う。


「別に、学校のことなんて話す必要ないでしょ」

「そりゃあ、そうだけど……」


「水野さんとつむぎちゃんは仲が良いのかい?」菅が聞く。

「いいえ、特に……」


 そう言うと、菅が苦笑いをした。「それだったら、別に水野さんの名前なんてあかねちゃ

んに言う必要性もないよな」そう言って、ポケットからハンカチを手に取りこめかみから噴

出する汗を拭く。


「じゃあ、あんた誰と仲良しなんだよ」と、あかねは舌を出した。

「お姉ちゃん知ってるでしょ。あたしは別に誰とも深い付き合いはしたくないって」


「だって」と、あかねは顔を向ける人がいないのか、真に言った。

「え?」と、真は驚いた表情をする。


「ほら、あんたも水野さんのこと聞いておきたいんでしょ。黙ってないで聞いたらどう?」

 真はつむぎに聞いた。「水野さんと仲が良かった人っていますか?」


「仲が良かった人……」つむぎは顎に手を置き、考えた素振りをした。「水野さんはどちらかというと、不良グループと付き合ってましたね」

「不良グループ? タバコとか早退したりとかですか?」


「そういう事もありますけど、大人しい生徒をからかったりしてましたね。特に、石留さんっていう人とは、かつてはいつも一緒にいてましたけど」


「その子は、同じクラスなのかい?」菅は前のめりになって聞く。

「いえ、一年と二年生の時は一緒のクラスだったんですが、三年は違いますね。でも、水野さんも石留さんも演劇部所属なんです」


「そうだ、演劇だ」菅を遮るかのようにあかねは手を叩いた。「彼女演劇で主役をやるつもりだったんでしょ。それだったら、脇役もいるよね。それに彼女は主役を勝ち取ったんだから、怨恨で殺したとか?」


「殺した? 殺害されたんですか?」つむぎは目を見開いて菅に聞く。

「まあ、他殺と見て捜査はしている」菅は腕と足を組んだ。

つむぎは興味があったのか、口を開いて言葉を言おうとしたが、押し黙った。


「演劇は三年生が中心で行われてたのかい?」

「いや、多分そんなことないとは思いますよ。確かに三年生は凄く演劇に力を入れてますけど、二年生や一年生も入部はしてると思います」


「三年が力を入れてるって、何でわかるの?」と、あかね。

「演劇部は三年生が結構入ってるのと、後、今度の文化祭でほとんどの三年生が主役と脇役をやるって噂は聞いてるから」


「なるほど……。これって、主役が水野さんだから……。例えば恋愛が舞台なのだとすれば、男と女役が必要じゃない?」と、菅。

「はい。今回恋愛がメインの作品らしいです。男性役は森本君で、アイドルみたいな……。そんな人です」


「アイドル……。モテるってことだよね」と、あかね。

「そう」とつむぎは言って、運動場から見える校内の掛け時計を見上げた。「あ、もうこんな時間、あたし着替えてこなくちゃ。すみません途中で」

 そう言って、つむぎはみんなに深く頭を下げて走り去った。

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