第2話 女子生徒の首吊り

 真が車から降りると、パトカーも何台も止まっていた。騒ぎが大きくなっているなと思っていたら、運転席から降りた、国分慎太郎もビデオカメラを持ちながら、「ニヒヒヒヒ」と、気味悪い笑い声だった。


 真は国分がどんな人間かは、一緒に仕事をして分かっていたので、そこには気にも留めていなかった。


「国分さん、中へ行きましょう」

 と、二人は校内に入っていくのだが、そこには生徒たちで溢れていて、理科室まで通れない。


「ちょっ」真は通れないことに対して、何とか強引に行こうとするが、騒ぎが予想以上に大きいと分かると、どうすることもできない。


 国分は校内に興味があるのか、いろんな場所を撮っている。


「おい、お前たち、もうチャイムが鳴ってるんだ。さっさと教室に戻りなさい!」

 そう大声を上げたのはジャージ姿の先生らしき人物だった。


 ざわついた生徒たちは、それぞれ教室へと戻っていく。警察はようやく静かになったことでホッと胸を撫でおろしていた。


 真も中にと思っていたら、そこに警察が声を掛けられた。


「あなたたちは何者でしょうか?」若い警官が真に言う。

「僕らは、こういう者です」真は名刺を差し出した。


「天橋出版社……。ああ、あの暴力団を問い詰めた出版社!」

「そうです。それを解決したのは僕です」と、真は自分に指を差した。


 あれから、真は更に出版社の売れ行きが好調だったことと、暴力団を解決した一人ということで、天狗になっていた。


 警察には表彰状を貰えるし、週刊誌からはうろたえているであろう、そちらの方は伸び悩んでいた。


 みんなが、自分が書いた記事を手に取り呼んでくれる。それがたまらなく快感だった。


 だが、若い警官は冷静に対応した。


「まあ、マスコミ入ってきても、今我々は捜査の取り込み中なんで、昼からにしてもらえません?」

「そこを何とかしたいんです。僕事件を解決してるんですよ」

 そう、せがむ誠に、奥の方かゴリラ刑事の長柄いた。


「おう、お前は確か……」

「飯野真です。こないだはお世話になりました」


「ああ、あのお嬢ちゃんの助手だったかな」そう長柄は指を差して、真が見ると、中で菅刑事と二人で事件のことを話している。


「あかねさん。いつの間に……」


 自分たちもこの事件を聞いた後、すぐさ現地に向かったのだが、それよりも早く行動ができるとは。やはり刑事の知り合いだと情報がすぐに行き届くのだろうか。


「あの、あいつは何だ?」

 長柄が真に言って、その目線の先には、相変わらず「ニヒヒヒヒ」と、笑っている国分がいた。


「あ、すみません。国分さんも天橋出版社のジャーナリストなんです」

 そう国分を見ると、彼は科学室の人体模型をニヤニヤ笑いながら、動画を撮っている。


「まあ、ちょっと変わってる方ではありますけどね」真は苦笑いを見せた。


 あかねは真に気づいて言った。「あれ、まこっちゃんじゃない。今日はあたしが呼ばなくても来てくれたの?」


「いやあ、身近に事件が起きたので、何としてでも情報収集して、記事にしたいと思いまして……」


「記事にする前に、やる仕事があるでしょ」

「やる仕事って?」真は何を言い出すかは予測できたが、一応聞いてみた。


「助手よ。助手。あたしにとってはあんたが必要なんだから……」

 承認欲求が強い真にとっては、嬉しい言葉だった。しかし、慌ててあかねが、


「あれだよ。必要って事件解決に向けて必要だからね。勘違いしないでね」

 ――何を思ってるんだ。真はまた苦笑した。


「被害者の水野明日香はここで首をつって死んでいた。そうですよね。石田さん」菅は手を腰に当てて、石田を見た。

「あ、はい。別の警察の方にも申し上げた通り、彼女は首を吊っていました」


「彼女一人ですか? 他に誰かいたとか……」

「いや、それが。私も慌てて警備室に向かったんで、誰かいたとかは想像もつかなかったんで……」


「ということは、もしかしたら一人じゃないかもしれないということですか?」

「え、ええ」と、石田は委縮したようにこくんと頷く。

 それを国分はニタニタ笑いながら撮っていた。


「ねえ、あの人誰?」あかねは嫌そうな顔を露骨に出して、腕を組む。

「あの方は、僕の出版社の先輩です。ちょっと変わってますけど……」と、真。


「おい、君。録画は止めてくれないか? 今、真剣な話をしてるんだ」菅は苛立った様子で怒鳴った。

「はーい、すいませーん」と、国分は悪びれる様子もなくビデオカメラを下げた。


 あかねは苛立ちがピークに達したのか、スタスタと国分に近づき、ビデオカメラを奪った。

 思わぬ行動に、国分から笑みが消えた。


「ちょっと、待ってよ。それ色々宝物が入ってるんだ」

「何が、宝物だよ。ただの悪趣味じゃん。と、いうことで、これは没収です」


「返せよ。俺の物だぞ」そう言って、国分は何とか彼女からビデオカメラを取り返そうとするのだが、あかねは器用に、奪われまいと、両手を交互に使って国分からカメラを触れさせない。


「とにかく、警察が立ち去ったら、あんたに返すよ。それまではあたしが預かっとく」

「そんなあ……」

 国分は悔し涙を見せて、次第に嗚咽交じりの号泣になった。その姿を見て、ますますあかねは国分に対してひいていた。


菅は国分とあかねのやり取りを一部始終見た後に、石田に目を向けた。「すみません。途中でしたね。一人かもしれないし、一人ではないかもしれないと……」

「私が、科学室に行こうとしたときに、教室のドアが開いてあったんです。普段戸締りは先生方が行ってくれるのですが、何故か、その時はドアが開いてまして、変だなと思ってたんです。そしたら――」


「首を吊っていた姿を発見した」

「はい……」


「菅さん。それって、やっぱり誰かがいたんじゃないかな。ドアが開いてたって気味が悪いよね」と、あかね。


「しかしな……」菅は頭をかいた。「ここに被害者の遺書があるんだ」そう言って、彼は一枚の封筒に入っていた紙を取り出した。

「ん、なになに?」あかねは顔をのぞかせて手紙の内容を見た。


――私は、学校と勉強と家庭環境の歪みから、自分の居場所を無くし、生きる希望も無くしました。最期はみんなの前で首吊りを披露したいと思います。さようなら――


「文章が短文だね」あかねは菅を見上げた。

「まあな。色々と書こうと考えたが、結局は短文になってしまったかもしれないしな」

 そう言って、菅は顔をしかめる。


「でも、これだったら何が一番彼女を苦しめたのか、分からないですよね。僕がもし遺書を残すのなら、誰々を呪ってやるとか書きますけどね」真は菅に遺書を渡され、文面を見た。

「え、真君。誰かに恨みを抱いてるの? あたしじゃないよね?」あかねは両腕をさすって

身震いしている。


「いや、例えばの話ですよ。これだと、怨恨なのか、何なのかが分かりにくくないですか?」

「自分の居場所を無くしたことが原因じゃないのか?」

 菅が言うと、あかねは「うーん」と、頷いた。


「しかしさ、あたし他殺線が濃厚だと思ってるんだよね」と、あかね。

「それは、どうしてだい?」


「だってさ、この水野さん、どうやって首を吊ったんだろうね」あかねは天井を見上げる。

「それは上の、電灯に紐をひっかけて……」


「いや、そうじゃない。ひっかけてどうやって輪っかに首を入れたかだよ」

「そりゃあ、椅子を用意して、蹴とばしたら、首が締まるだろう」


「その椅子は、どこにあるの?」

 菅は腕組みをして「そうか……」と呟いた。


 国分はニタニタと笑いながら言った。「蹴った椅子がないんだよ。確かに理科室の机と椅

子はある。机を使ったにしても、奇麗に並べられてる。真ん中だけ、まるでショーのように

見せびらかせたんだ」

「イヒヒヒヒ」と、笑っている。


「そうなると、自殺戦は無くなるということだ」

「他殺ということだね。誰かいた可能性もあるよね」

 菅とあかねは二人とも腕組みをしながら、国分を見た。


 彼は相変わらず「ニヒヒヒヒ」と笑いながら、室内を物色している姿を見ていて、二人は

同じ時にため息を漏らした。

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