第36話 シミュレーションな私

side:ジル


「スレーター公爵だよ」

「なんだって?」


「辛うじて異世界リンクやデバイスを切ることができたが……ヤツは死ぬどころか徐々に宰相の体に馴染み、持ち前の狡猾さで周囲を毒していったのだ」


 俺が転生する一年前か。

 狂わずによく耐えたものだ。



「なぜヤツは今日まで待った? 地球の知識があればもっと簡単に国盗りどころか、世界を支配できただろうに」

「記憶はどの程度残っている? 君は最終臨検でこちらに来たことは覚えているか?」


 そういえば俺の一泊二日の旅行が成功すれば正式に国策として異世界ジャンプが採用されて……。でも俺はこいつらのせいで幼女に転生してしまった。



「君が帰らないことで私が考案したノア計画が発動する。いや、した、が正しい」

「ノア計画? なんだそれ?」


「帰還猶予の八年を過ぎると……このNo.624は完全封鎖シャットダウンされる」

「え?」


 シャットダウン?

 どういうことだ?


「帰還猶予とは生存率が0%になるまでの期間を指すんだ。……八年を過ぎると自力で戻れないと判断され……危険な異世界として完全に分断、異世界サーチから抹消される。ヤツは余計な鎮圧部隊が派兵されないようにこの八年を待っていたのだろう」


 誰ひとり帰れない……。

 もしかして俺かアレックスが転生してから今日で八年が経ったというのか。

 なんてことだ……。俺は一生、女の体。ジルちゃんは二度と戻れない。

 ぼやけた窓の外は重い雲が続いている。



「ふ、ふざけるな」


 視界が歪み、魔力が部屋を覆う。

 もう自分がわからない。


「ジ、ジル、頼む、最後まで、話を、頼む!」


 少年の汗だらけの歪む顔をみて俺はなんとか自重した。


「ふーふーふー、てめぇ、許さねぇ。待っていたのはスレーター公爵だけじゃないだろ!」


「……分かっている。言い訳するつもりはないが、彼を追ってきた仲間で生き残ったのは僕一人だったし、幼児の体では何もできなかった。……ヤツに警戒させないことが最優先だったんだ」


 狂っている。

 俺とアレックスはヤツを閉じ込めるための道具にされた。

 この男は誰も地球に還さない、生かさないつもりでいる。


 スレーター公爵が何者なのかなんてどうでもいい。

 俺は……。


「他のやつらは殺されたのになぜおまえは生きている?」

「ヤツはギフトで転生者が誰だかわかる。僕はまだガキだったから泳がされていたのかもしれない……君とアレックスが生きている理由はまったく別。取り込もうと必死だったはずだ」


「なぜ?」


「ああ、君らは――」



 何か言おうとノアが口を開いたとき彼の胸は爆ぜ、鮮血と肉片が俺に降り注いだ。


「ちゃんと息の根を止めないからこうなるのじゃ。うしし」


 手首をさする爺さんが崩れるノアの後ろに立っていた。

 完全に虚を突かれた……俺のミスだ。

 

「クソジジイ!」


 俺は床を蹴ると腰の短刀を手に殺到する。

 最速の一撃にも関わらず、余裕の笑みを浮かべながら爺さんは避けた。


「ほれっ!」

「ぐあぁぁぁ!」


 無言の突きが腿を抉る。

 手数、スピード、反応、どれも俺を上回っている。


「くそっ!」

「殺りたくないのう。気に入っておったのにな。降らんか?」


 壁に数回叩きつけられ、その都度ミシミシと室内が歪んでいく。


「悪いな。強者とはとことんやりたいんだ」

「すぐにノアを殺しておけばよかったものを」


 周囲の護衛たちを目で抑え、犠牲者をこれ以上出さないようにけん制しておく。


「そらっ!」


 回し蹴りをなんとか撃ちこむ。

 カウンターで短刀は叩き落とされた。


イケジイスレーター公爵の中身が入れ替わっているのは気が付いているんだろ?」

「当たり前じゃ。だが……正直、儂にはどうでもよい。お館様スレーター公爵はお館様じゃ」



 手強いってもんじゃない。

 このままではクソジジイに殺される。


「どうした? 出血が酷いようだな。ほれ」


 またレイピアのような細い剣で突かれた。

 突きと引きが同じ速さで捕まえることができない。


 

「これで終わりじゃ!」

「終わるわけ、ないだろがっ!」


 急所をずらし、脇腹で受け止める。

 ズブズブ……。


「オラッ!」


 俺は渾身のフックを爺さんのこめかみに放った。


「ぐぇ」


 手首を掴み、肝臓に拳を叩き込む。

 そして肘をカチ上げ、顎を浮かせる。


「悪いな」


 うなりながらそのまま喉に噛みついた。


「ガフガフッ、や、やめ」


 喉笛を噛み千切る。


「ギヒヒヒヒィィィィ!」


 動かなくなった爺さんが事切れたのがわかった。


「はぁはぁはぁ。……いてぇ」





 腰が引けている護衛の中で治癒魔法を使えるヤツはいなかった。

 朦朧としてきた。

 しかたなく、開いた腹にぐるぐるとサラシを捲き、隣の部屋に入る。




「……やあ。……残念だ」

「私もよ」


 鉄格子の中に裸のジュリーが待っていた。

 ぐったりと倒れているのは爺さんの配下たちかもしれない。

 ノアにわざとつかまり、爺さんや俺たちにここへ向かわせるダシに使われたのだろう。

 凌辱をうけたのだろうが俺には関係ない。

 彼女は公爵の一味。




「アレックスに伝えることがあるなら聞こう」


「……ないわ」



「そうか。さようなら」

「さようなら」



 俺は彼女たちの始末をノアの手下たちにまかせ、しっかりと葬るよう金を置いていった。




◇◇◇


Side:アレックス



「ここは私に任せていって!」


 リンダはフラグを次々とたてていく。

 城に侵入を果たしたが、公爵の私兵で溢れていた。


 螺旋階段の踊り場で彼女は次々に階下へ魔法を放つ。


「死ないでくださいね!」

「あの……彼女は不死ですから……」



 クリスさんは先頭に立ち、立ちはだかる兵士を秒殺していく。

 後ろから追われることが無くなっただけでも助かる。

 

「アレックスくん、他の雑魚を頼みます!」


 中隊長のような指揮者を彼女は睨みつけると他の兵士に目もくれず、あっという間に迫り組み伏せた。


「ふん!」


 クリスさんの気合とともに聞きたくない音が鳴り、短い悲鳴が泣き声に変わる。

 殺到する兵士たちの勢いが明らかに落ちた。


「アギャァァ!」


 ……ついに誰も突っ込んでこなくなった。



「彼はどうやら執務室のようです。急ぎましょう!」

「は、はい」


 海が割れるように兵士たちは脇に避け目を逸らす。

 まるで不良に因縁をつけられないように避けているようだ。


 最後の戦い、これでいいのだろうか。



「危ない!」


 クリスさんに吹き飛ばされ、そのクリスさんも吹き飛んだ。


「クリスさん!」

「大丈夫!」


 飛ばした相手が杖を振るう。

 ぎりぎりで風の刃を躱した。


「宮廷魔術師?!」


「撃ち続けろ!」


 空気を読まない彼らだが、少しはこういう展開がないと締まりがない。


 だが高度な魔法は 肉弾戦ゴリラのクリスさんと相性最悪。

 それに初撃を彼女はまともに喰らっていた。

 ここは私が戦わねば!



「え?」


 次々と石や氷の槍がクリスさんに向かっていくが彼女はそれらを簡単に躱している。


「に、人間じゃない!」


 それは私も同感。

 六人の魔術師に囲まれているのに鼻歌まじりにストレッチをしている。


 腰からジャラリ。


「怯むな! 魔法は使えん! 撃ちこめ!」

「アレックスくん、ちょっとそこへ伏せてくださいね」


 私は言われたと通り、床に伏せるとビュンビュンと頭上を唸る鎖が、魔法の着弾よりも早く魔術師を直撃していく。


「……魔術師の距離なのに……」



 血しぶきと鈍い骨の砕ける音、鎖は生き物のごとく次々に襲い掛かっている。

 彼らが次弾の詠唱を終える前に決着はついてしまった。


 ジルは本当に彼女に喧嘩を売ったのだろうか。

 阿呆なだけじゃない、大馬鹿者だ。




「もうすぐ執務室です! 準備はいいですか?」

「は、はい! ……ジルさん、来ますよね」


「ジルちゃんが?」


 私は問うたわけではない。

 確信に近い予感が口を出たのだ。


 とうとう私は突き止めた。


名前 :アレキサンダー・アンブロジーニ(愛称アレックス)

生まれ:1689年生まれ16歳(男)

続柄 :アントニオ・アンブロジーニ騎士爵の長男

種族 :ヒューマン

職業 :軍人・ジャンキー(中毒者)

状態 :虚弱


統 率:3

武 力:12

知 力:68

内 政:6

外 交:9

魅 力:85

魔 力:69

運  :24


スキル:調合5/土魔法5/回復魔法5/性技5/鋼糸術4/睡眠魔法4/身体強化4/生存技術4/採取4/交渉4/錬金2

ギフト:不老/調薬/奇策妙計/解析/毒耐性/麻痺耐性/催眠術/看破/雌雄

性 格:独創/冷徹/妄想癖/孤高

称 号:『ドラックマスター』『ゴーレムマスター』

 

 なぜレベルや経験値が無効なのか考えた。

 中途半端な5で止まるスキル、中二病のような称号、“漢字”でみえる能力。

 


“あのオッサン、渋いゲームが好きなのね”

“参りましたよ。〇長の野望や三〇志の能力値を取り入れろ! なんて無理ばかりいいますし――”


 あの時、部下の報告を真剣に聞いていればよかった。

 彼は自分のした異能設定ことがわかっていない。


 設計者マスターである神の対語。

 この世界の法則を無視できる唯一の存在。

 

 出した私の答えは簡単だった。



「ええ……来るでしょう。彼女はルールブレイカー破天荒ですから」 

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