一部最終話 お風呂に浮かぶもの
Side:アレックス
執務室には公爵一人しかいなかった。
クリスさんは入って早々に剣柄から手を離す。
他に気配はない。
「よく来たね。クリス、アレックス君。掛けたまえ」
クリスさんは私をソファに勧める。
何かを察したのか、彼女は私の後ろに立ったままだ。
「
彼はひとり頷く。
「大勢の犠牲者が出てしまいました」
「ああ、今さらだが残念だよ……」
公爵は死を覚悟しているようだ。
クリスさんは私をみる。
彼女の言いたいことが伝わった。
「クリスさん、席を外してもらえますか?」
「……ええ。分かりました。どうやら彼女が来たようです」
ガシャン!
執務室にある大きくない窓が四散した。
咄嗟に魔障壁で彼女を包み、ガラス片を弾く。
「いてててて……どうやら間に合ったようだな」
「「「……」」」
ドアから入ってこい。脳筋が。
「ジルちゃん、私扉の外で待っています。絶対誰も近づけさせませんから」
「ありがとうクリス姉様! アレックス、リンダは?」
「裏の螺旋階段を占拠してもらっています」
ジュリーのことを訊こうと思ったが、ジルは静かに首を振る。
クリスさんは彼女を気遣う様子をみせたが、すぐに外に出て行った。
「ノアは仕留めてもらえたようだね? これでこの世界に転生者は我々だけになった」
ノアが死んだ……。
彼は結局、被害者なのか、加害者だったのか、私にはわからない。
「ジルさん?」
ジルは俯いたまま言葉を発さない。
公爵の決意を悟ったようだ。
重い沈黙が流れる。
「話があるのでは? 二人とも黙っていてはわからんぞ?」
「もうやめよう……親父」
私も彼をみた瞬間に気が付いた。
転生前の彼はジルの父でもあり、異世界ジャンプの筆頭出資者でもあり、元総理大臣の男。
行方不明と聞いていたが……。
「息子……いやジル。我々はこの世界に骨を埋めるのだ。今さら親子の縁を持ち出すなど……笑止」
「じゃぁ、なぜ俺を殺さなかった?! あんたならいつでも社会的にも抹殺できたはずだ」
演技掛かった公爵は軽く頷くと面白そうに答えた。
「利用価値があるからに決まっているだろう? 政治とはそういうものだ」
思い返すと彼女の伝説のほとんどはスレーター公爵の息が掛かっている。
私もまた、遠からず彼に導かれてここへきた。
「あんたとは前世でもそうだったが、分かり合えないようだ」
「もう満足したのかね。……やはり貴様は政治を分かっておらん」
「わかるわけないだろうが! 母がどれだけ苦しんでいたか、そして妹もそうだ……あんたは……」
「ここはフランゼールだ。零れ落ちた水は元には戻らん」
「ゴタクはもういい。あんたは結局、母の死を受け止められずに異世界に逃げただけの軟弱な男だ。もう話はない」
ジルは額に脂汗を浮かべ、ゆっくりと立ち上がろうとした。
血の匂いがする。
彼女の座っていたソファが赤く染まっている。
「ちょっと、ジルさん、血が……今治します!」
ソファに再び倒れ込む彼女に急いで治癒魔法を施した。
どうやら血を失い過ぎて気絶したようだ。
「ジルは……無事かね?」
「ええ、気絶しただけです。命に別状はありません。……ところで閣下、立ち入ったこと伺いますが、彼女の母親、あなたの奥様はいつお亡くなりに?」
心配げな視線をジルから戻した彼は弱弱しかった。
「ふぅ。……君たちがこの世界に来る十年も前の話だ。彼のいうとおり、私は家庭を顧みず、いつでも妻は側にいるものだと信じていた。……だが彼女が死んだときに側にいたのは息子と娘だけだった。わ、私は……死の病に冒されていることすら知らなかった」
「あなたは著名な政治家で、多忙だったのは皆知っています……」
「だからだよ。息子が納得しないのは。彼にとって日本や世界などどうでもいい。身近な家族や友人を常に優先した。政治家には決してなれない優し過ぎる血なのだ」
「……」
私の父も家に帰って来なかった。
いつも母は一人泣き、そして私を連れて家を出た。
そんな父を見ていたはずなのに、私は同じ過ちを犯した。
愛する者を失う仕事にどれほどの価値があるのか。
仕事とは本来、愛する者と幸せな生活を築くための手段ではなくてならない。
……わかってはいるが……彼の苦悩は自虐でしかない。
「家族のために働いてきた……か」
私は無意識に口から出てしまった。
それは呪いの言葉。
「君もわかっているようだね。我々とは一生わかりえない人種なのだよ。だからこそ――」
彼は立ち上がると割れた窓から外を眺めた。
「――私はここで理想郷を作りたかった。残り短くてもいい、本当の成熟した政治で世界を変えたかったのだ」
「議会制や民主主義でもない、なぜ王政を選んだのですか? 初めから王になれば……こんなくだらなこと」
「君の言う通り、だったかもしれん。だがエッジデバイスを切った生存率は知っているだろう? あの生存率は能力や思考がかけ離れているほど下がるのだ」
知らなかった。
ノア計画は八年を根拠としていたのはデタラメだったのか?
「魂と精神、肉体の相性とは依り代の器の大きさが元になっている。……笑っているが、息子と脳筋のブライ家はすこぶる相性がいい」
二人ともジルを思い浮かべたようだ。
つい頬が綻ぶ。
「さぁ、話はこれぐらいでいいだろう。私は敗れ、君たちが勝った。最後に息子と話せただけでも満足だよ」
「う、ううっ……」
ジルが目を覚ます。
「……お、おい、どうなった、お……公爵?」
私は懐から薬を取り出した。
「ジルさん、話は付きました。苦しまずにコレを使っていただきましょう」
「……そうか。公爵の選択……なんだな?」
「ジル、アレックス君。……最後に頼みを訊いてくれるかね?」
こちらを向いた公爵は乾いた表情をしていた。
清々としている。
「聞こう」
「私のこちらの家族……妻のエレナ、娘や養女、孫に至るまで今回のことは何もしらん。エレナと娘は私が別人だと気が付いているかもしれぬが……どうか私の命に免じて逃がしてやってほしい」
「何が家族だ。偽善、欺瞞だよ」
「ジルさん!」
「いいんだよアレックス君。彼のいう通りだ。私を暖かく迎えてくれた人々に罪はない」
「それだけ分かっているならいいさ、エレナさんに免じて……逃がそう」
「ありがとう。それに君のメイドを預かっているそうだ。迎えに行ってくれ……さて。そろそろその薬をもらおうか」
私はジルに頷くと公爵に薬を渡す。
彼は何錠か口に放り、水を流し込んだ。
机卓の向かいにある立派な椅子に静かに腰を鎮めた公爵は目を瞑る。
「……」
「……いつ効き始めるのかね?」
「……小麦粉を固めたものです」
「アレックス……?」
「どういうことかね、アレックス君」
私は渡した薬を摘まむと自分の口に放った。
「美味しくないですね」
「いや、そうじゃなくて!」
私は二人の間に立ち、敬礼を公爵にむけた。
「公爵閣下、報告いたします。首謀者のマーカスは死に、王の安全も確保されました。これにて一件落着です!」
「……」
「アレックス!」
「いこう、ジルさん。……城の者たちが飲んだ私の薬はあと二刻(四時間)ほどは効いているハズです。神算鬼謀の閣下なら、何事もなかったようにできますよね?」
「……ああ」
「転生者はもう私たちしかいないんです。どうせなら楽しく、仲良くしていきませんか?」
「お、俺は構わないが……親父が」
「公爵閣下と呼びなさい。……ジルがよければ……だが」
私は立ち上がり、公爵に再度一礼をするとジルを出ていくように促した。
「市民生活に影響するような大事件はこりごりですから。まっとうに
「アルは放っておいても王になるさ。今度ふざけたマネをしたら――」
ジルの話はよほど
「それでは失礼します」
「……う、うむ」
扉を出るとクリスさんとリンダがジルを待っていた。
お互い愛おしそうに抱擁を交わしている。
「おい、アレックス、どこへいくんだ?」
「家に帰るよ」
私は三人と別れ、激戦の跡がついた城内を降りていく。
途中至る所で眠っている人たちがいた。
大橋を渡り、誰もいない城門を潜る。
敷地の外は真相をしらない衛兵や騎士たちが走り回っている。
貴族街を抜け、私は目的の家の扉を開けた。
「ただいま」
返事なんかない。
誰もいないのは分かっている。
ジュリーと私の愛の巣。
ジルがクンスカした下着がテーブルの上にあった。
「ジュリー……」
私はその下着を掴むと膝を着いて泣いた。
「ちょっと、ヤダ、変態、何してんのよ」
「え?」
振り向くと酷く汚れたジュリーが立っていた。
「ジュ、ジュリー!」
「うわぁ、私の下着ビチャビチャじゃない、だ、抱き着かないでよ」
そういいながら、私の頭を撫でている彼女も泣いていた。
END
☆☆
side:ティナ
ジル様は無事に帰ってきた。
今回の騒動は陸軍の大佐が仕組んだクーデターで、すべて未遂に終わったそうだ。
街にはまだたくさんの衛兵さんや自警団が警戒していたが、徐々にいつもの王都に戻りつつある。
「ふぅ……きもちいですねぇ」
「ああ、たまらん」
「どこみて”たまらん”発言してんのよ、変態」
「そういうリンダさんもさっきから――」
「だぁぁぁ! きもちいいわね! や、やっぱりお風呂は最高よ!」
今日はスレーター公爵様のお屋敷にジル様、クリス様、リンダさんと私はお邪魔していた。
しかも公爵様の計らいで、巨大なお風呂をお借りしている。
「それにしても羨ましいです……ジルちゃんの肌、真っ白ですべすべして……うふふふ」
「姉様くすぐったい。傷だらけだから恥ずかしいよ」
「どれどれ。本当だわ! ティナちゃんも触らせてもらったら?」
「私はいつも揉みしだいていますから」
「そのいい方やめろ! 勘違いされるじゃないか」
「揉みしだかれるほど……ないじゃない」
「失礼だな、リンダも私と変わらないじゃないか。ヴァンパイアには巨乳はいないのか」
わちゃわちゃいいながら二人はおっぱいをまさぐりあっている。
予想通り、私に矛先がかわった。
「貧乳同士で揉んでいてもつまらん。ティナや、こっちにおいで」
「クリスさん、ちょっといいかしら」
ジル様はどさくさに紛れて全員のお尻や股の間に手を入れてくる。
リンダさんはなんだかんだいってクリス様にも弄られて喜んでいる。
そのクリス様はいつでもやさしい表情を私たちに向けてくれる。
そして私は……。
「……ずっとお
彼女達との幸せな日常がまた戻ってくる。
閑話
まもなくUP!
~~~~~~~
あとがき
拙い初執筆でしたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
この先の構想もありますが、一度しっかりと完結させていただきます。
本当にありがとうございました!
新作
『愛されギフトは迷惑でしかありません~追放冒険者の辺境開拓』
https://kakuyomu.jp/works/16818093076271562063
よろしくお願いします。
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