第35話 カイザーソゼ
side:アレックス
「マーカス教官……今、いきます」
私は両手を上げながら物陰から静かに出た。
「ははは。ようし、いい子だ。ところで君はこんなところで何をしているのかな? ジリアン嬢とリンダはどうした?」
「彼女たちは……わかりません。きょ、教官、こんなことはやめてください……」
両脇から兵士が近づき、私の腕をとった。
「やめる? 私は愚鈍な王から国を取り返すんだよ」
「……?」
「何度も言っているだろう? フランゼールは列強に囲まれている。この先の乱世を凡庸な王では乗り切れない。強かな新王と柔軟な組織が必要なのだ」
「……あなたが王に?」
「まさか。私はある国へ亡命する予定だ。そしてこの国に再び侵攻し、割譲した領地をいただく手筈になっている。すべて予定通りだ」
「……私はどうすれば……」
「アレックス。君は今回の謀略の立役者の一人。新王となられるアルバート第二王子の側近の道もあるぞ?」
「……側近。スレーター宰相閣下のご賛同はいただけそうですか?」
「私から強く推薦しておくよ。それよりそろそろ
「はい……王の暗殺ですか?」
「そうだよ。今、城内は君の薬で全員がぐっすり眠っている。今のうちなんだ……アレックス、大人しくしていなさい」
「わかりました……スレーター宰相閣下はどちらです?」
「君、しつこいね、一体、何が知りたい?! 静かに……ぐはっ!」
マーカスが火に包まれる。
時間稼ぎは上手くいったようだ。
「リンダ! ありがとう!」
「洗脳も防げたようね。今のうちに!」
「く、くそ! ま、待てぇぇ! 貴様ら許さんぞ!」
炎は盛んにマーカスを焼こうとしているが、彼は構わず剣を抜きリンダに迫る。
「きゃっ!」
「リンダ!」
間一髪、練り上げた小さいゴーレムが彼の剣戟を受け止めると、リンダを急いで逃がした。
「周りの兵の血はみんな吸ったわ。しばらくフラフラよ! ゲフッ」
やっぱり血を吸っても味方になるわけじゃなさそうだ。
連発で火球をマーカスに浴びせているが……怯まない。
部屋を飛び出したいが、彼を倒すまで出る訳にはいかない!
「ストーンランス!」
「ぬるいわぁぁ! ガキども!」
服は焼け焦げ、猛火で皮膚は赤黒いケロイド状態になっている。
何て執念だ。
「はぁはぁはぁはぁはぁ。ははは……出てこないとこいつらが死ぬぞ?」
最初に隠れた資材の陰に隠れたが悪手だった。
眠り続ける人々に彼の剣が迫る。
「ど、どうするアレックス」
「……」
ドンッ!
扉が吹き飛ぶと同時に煙が流れ込む。
「ゴホッゴホッ!」
「だれだ?!」
「グゲッ! グギャァァァ!」
何かが起っているがまるでみえない。
マーカスの断末魔だけが聞こえた。
「終わりましたよ」
晴れたその場に甲冑を着た美しい金髪の美女が生首を持って立っていた。
間一髪。ここに来る前に騎士団に急報を頼んで正解だった。
「クリスさん!」
「騎士団長様!」
クリスさんは笑いながら剣を納める。
「なんとか間に合ったようですね。どういうことか詳しく教えてください」
「は、はい」
私はリンダにもわかるようにできるだけ最初から話した。
みるみるクリスさんの顔色が変わっていく。
「……まさか……そんな……」
「ジルは大丈夫なの?」
私が応える前にクリスさんはリンダに言い聞かせる。
「きっと大丈夫です。彼女は世界最強ですから。……城に向かいましょう」
「はい」
◇◇◇
Side:ジル
「この屋敷だ! 爺さん」
「おう、正面から乗り込むのか」
数人の門番は気を抜いていたらしく、あっさりと倒した。
屋敷といってもさほど広くなく、鍵のかかっていない玄関を開ける。
「爺さん、二階だ!」
中央の階段を駆け上がると、数人の護衛が立ちふさがった。
「皆、止まって! ジルさんだね?」
廊下の奥から少年が現れた。
「おい! 小僧、ジュリーを返せ!」
「何か誤解があるようだね。挨拶が最初だと親に教わらなかったかい?」
「……ジリアン・ブライだ」
「ノアだよ。お爺さんは?」
「儂はただのジジイじゃ。観念せい」
彼はそこそこ広い部屋に俺たちを迎え入れた。
粗末な椅子とテーブルが並んでいる。
「ジル、こいつが諸悪の根源じゃ。さっさと殺してしまえ」
「爺さん、まぁ、待てよ。ジュリーの身の安全が優先だ」
「僕の護衛が並んでいるけど仕方がない措置だから許して欲しい。彼女は隣で拘束している。わかるだろう? まず誤解を解かないとね」
「聞く耳を持つな! こやつは少年ではない、国家転覆を企む別の何かじゃ!」
「ちょっと、お爺さん、別の何かはあっているけど国家転覆を企んでいるのはそっちじゃないか」
ノアは自ら転生者と名乗ったようなものだった。
それにしても爺さんは何か慌てているようにみえる。
「うるさいガキじゃ!」
爺さんは暗器を投げた。
ノアは軽く躱すと後ろに下がったが、爺さんが詰めている。
「死ね!」
「はっ!」
勝負は一瞬でついた。
いつのまにか爺さんとノアの体位が入れ替わり、無力化してしまった。
「手癖の悪い爺さんだね。スレーター公爵から僕を殺すように指示を受けているんでしょ」
「ぐぬぬ……離せ! ジル! こやつをころ……ぐぐんん」
ノアは見たことのある捕縛術で爺さんを縛ると轡を噛ませた。
「ふぅ。さぁ、話の続きをしようか」
「ノア……おまえ……警察出身か?」
「ちょっとちがう。公安だよ」
彼の護衛の一人が爺さんを抑えている。
俺はまだ、正解が分からない。
「おほん。最初から話そう。君は手違いでジルになったんじゃない」
いきなりのハードパンチ。
情け容赦ない真実を軽く告げやがった。
少年の姿をしていても口調と仕草がオッサンになっている。
「おい、もう一度いえ」
「君は遊びのつもりでジャンプしたのかもしれないが、実はそうじゃない」
「……俺がキレる前にきちんと全部、すべて、丸ごと話せ! クソ野郎!」
「このNo.624は君が飛ぶ二年前に発見された。他の異世界と違って文明は発展しておらず、世界は広いがどの国の国土も狭い。ようは地球に比べたら未開の世界なんだ」
それと俺への作為の繋がりが分からない。
「こういった後発の異世界は貴重で、技術や利器を安易に持ち込まないよう我々は厳重に監視をしてきた。……ところが野心に溢れた一人の男が我々の目を盗み、この国の重鎮に乗り移ったのだ」
「……だれにだ?」
「スレーター公爵だよ」
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