第15話 喧嘩上等

 美女の騎士。

 これはもう垂涎の展開である。


 勝てるが分からないが剣を合わせてみたい。

 俺の好奇心が勝った。



「ぜひ―――」

「待てジル!」



「兄さん? どうしたの?」



 憧れの女騎士はすでに木剣を探り当て、二本手に持ち感触を確かめている。

 兄はその彼女を睨み、何やら敵意をぶつけているように見えた。



「団長、妹がもう合格ならいいじゃないですか?」


 団長? 二十歳そこそこにみえる凛々しい美人騎士が団長だと?


「強者と相まみえる。これが騎士としての矜持です。邪魔は許しませんよ」

「なんて横暴な。いくら団長でもこれはあんまりです」


「スコット、あなたのでる幕ではありません。弱者は大人しく下がりなさい」

「……!」


「さあ、舞台は整いました、ボルドの麒麟児の実力みせてもらいましょう!」


 うわー、妹を庇う兄。これ胸アツ展開だ! 兄さんありがとう。こんな他流試合やってみたかった!

 相手は騎士団長とはね……あの兄を弱者と言い切った。


 さっきから武者震いが止まらない。


「兄さん、ありがとう。私は大丈夫。ブライ家の誇りにかけて戦います!」

「えっ!? ジル、そうじゃ―――」


 あれ? 感動する場所なんだが? 兄は何か言いたげだが、彼女の剣は答えを待ってくれなかった。

 初撃は躱したものの、その後の二発・・をもろに肩と腕に喰らった。


 こいつ!


 両剣は旋風のように連撃を回転に合わせ打ち込んでくる。たった二度もらっただけなのに左腕が上がらない。


「くっ!」


 バック転でどうにか退避するが、俺のいた地面と木剣を掛けてあった武器棚が吹っ飛ぶ。

 間を無理に詰めてこないのは、俺の重心がカウンターを想定していることを見抜いているからだ。


 やりにくい!


「油断していると殺しますよ? うふふ」


 俺を挑発しているのか? 体術と一体になった双剣使い。でも動きにブレがある。なにか臭う。


 お互い攻防の中で踏み込む、躱す、線になり、円になるが、蛮勇のような力任せの一撃も間に彼女は入れてくる。

 その力んだ無呼吸の息継ぎを狙うが、ここにも違和感を覚えた。


「ほらどうした、それだけか? 雑魚がぁぁ!」

「っ!」


 考える隙を与えてくれない。口角が上がり、目がつり上がっている。

 口調まで荒々しく変貌する。さっきと同じ人間とは思えない。


 少しでも思考を切り替えようとすると、今度は俺の得物を狙い始める。

 ただの木剣がマンゴーシュように絡み、ソードブレーカーの如く執拗にこちらの剣の弱い箇所が破断されていく。


「オラァァ!」


 嫌らしいことに掛け声と剣戟をずらしながら、的確に急所だけは刺突に切り替てくる。

 避けるとつま先で砂を掛けられ、石礫も飛んでくる。


 違和感の正体はこれだ。


 彼女は根っからの”喧嘩師”だ!


「くそっ!」

 

 またいいのを何発かもらってしまった。変則すぎて対応が遅れてしまう。


「これもダメかっ!」


 ばら撒かれた木剣はいつの間にどれも使い物にならなくなっている。



 こいつ、マジで戦い方が汚い!


 腿への下からの攻撃に思わず足を上げる。折れた剣で受けようと身体を反るが裏目に出た。



 「なっ!」


 片目に何かが飛び込む。俺の視界が塞がれ、死角から突かれて脇腹に隠せないほどのダメージを受けた。


 片手とは思えないほどの威力。


「ぐぁ!」


 糞女ぁぁぁ! 飛ばして来たのは何かを含んだ唾だ。激痛、そして視界が歪む。

 ただ光明もみえた。



「ははは! 早く治療しないと左腕は使い物になら―――」



「だと思った」


 会話の最中、呼吸の間合い、意識の割り込み、集中力の切れ間を正確無比に狙ってくる。


 清々しいほどの卑怯。

 憎々しいほど狡猾。


 それが分かれば簡単にカウンターを合わせられる。

 剣には剣を、喧嘩には喧嘩だ!

 

 タックルと見せかけて地面を転がり掌底を肝臓に差し込む。

 避けてもアバラ2本はもらった。


「グホッ!」

 

 裏拳にみせて剣の柄でこめかみを打つ。


「っぃ!」


 喉にカウンター受けるが、なんとか踏ん張った。

 咄嗟、呼吸ができなくなるが逆に踏み込み鼻を潰すように殴った。


「ブッ!」


 鼻を潰したのに倒れない。

 なんだこいつ!

 楽しいじゃないかっ!


「ぜぇぜぇぜぇ」

「はぁはぁはぁ」


 騎士団の団長が騎士道に反する技の数々。

 清廉せいれんなスコット兄さんの怒りや敵意は、生理的に彼女の汚れた戦いを受け付けないのだろう。

 


「ぜぇぜぇ、ゴフォッ、ペッ。さて、そろそろ私の時間ターン、だ」


 「」のタイミングに合わせ顔を蹴り上げるが、彼女は吹き飛ばず、首をらしダメージを抑えたようだ。

 少なくない衝撃で美しい顔をゆがませ、さらに鼻血を垂れ流した。


「ちっ! さすが麒麟児。戦い慣れし―――」


 俺のターンだと言っただろ? ゼロ距離から剣をぶん投げ走る。

 顔と脇を庇って左に傾くのは予想通りだ。


「ガッ!」


 飛び膝が執拗に鼻を狙いえぐる。後ろへ逸らすことは許さない。

 綺麗な金髪に申し訳ないが両手で鷲掴わしづかみしているので後頭部までダメージが通ったようだ。


 女が身体強化を使っていることを確認すると、一度鼻を狙うと見せかけて顎へ掌底、そのまま喉輪のどわを決め、鈍い音と共に地面に頭を叩きつけた。


「ゲッ!」


 これで終わると思ったら大間違いだ。無言で髪をつかんだまま手前に起こす。

 ブチブチブチといやな音は無視し、また後ろに倒し、戦意を叩きつけながらくじく。

 周囲に止められる前になんとか落としておかないと、この先はお互い体の機能を失う泥仕合になる。


「ゴガッ!」


 マウントを取ってそのままえりを掴み肩と肘を入れ突込絞しめで頸動脈を圧迫した。いわゆる頚動脈洞反射落とすというヤツだ。

 その間も絶え間なく耳に掌底を入れていく。


「う……う……」


 意識を奪うまでやるのはタップがないのと、彼女の絡みついた右腕は諦めず俺の足に悪さをしようとしていたからだ。

 あとは忍耐の勝負。



「……」


 フッと彼女の体から力抜けた。

 彼女が落ちたようだが、急いで全身を触りくまなく調べる。女らしい身体の内側は鋼の筋肉だった。

 武装解除を急ぎ、暗器あんきを取り外していく。


「ぜぇぜぇぜぇ、もう無いようだな」


 後ろに回り上体を起こしながら、意識をもどすように喝を入れた。


 かっっっつ!





「う、うっ……。私……負け……?」


「いえ、いい殺し合いファイトでした」


 ここで心配などをして相手を汚すことなどしない。

 散らかった暗器をみて自分の負けを悟ってくれたらしい。


 恐ろしい相手だった。初撃で左腕が半壊し、木剣を散らして罠を張られ、刺激物の唾を使った手などは喧嘩番長と呼ぶにふさわし搦め手、そして実力の持ち主だった。



「はぁはぁはぁ、ジルさん、本当に楽しかったです。ブライ家が本物硬派ということを知ることができました。また精進したらお相手をお願いします」

「ええ、こちらも。本気で目を抉りにくる人はなかなかいませんから」


 お互いの健闘をたたえ、強者にしかわからない安堵の抱擁を交わす。

 

 彼女は鼓膜が破れ、鼻が曲がり、顎の骨とアバラ、鎖骨も折れている。

 俺もアバラ、肝臓、腕の靭帯断裂、脱臼、片目が見えなくなり、爪が剥がれ、最後の悪あがきでアキレス腱を痛めた。

 

 直ぐに治療師がやってきて何度も回復魔法をかけてくれて全快したが彼女も俺もこっぴどく怒られた。

 落としたから勝ったようにみえるが、あのまま続けていたらどうなっていたかわからない。



「ジル! 大丈夫かい?」

「はい、ご心配おかけしました」



「ジルが一生残る傷でも負ったら母上に僕が殺されるからね。その前に僕があの女団長を殺すけど」



 兄のドン引き発言もあって、他の団員たちの暖かい見守り感から一転して、労いを受けた。


「満場一致で合格だよ。ジル、おめでとう」

「ありがとう兄さん!」


 皆が拍手をしてくれる。喧嘩番長団長なんか顔を赤くして目が潤んでいるぞ。

 これで少しは認めてもらえただろうか。父さんやったよ!

 騎士団に合格だ!

 


「騎士団はジルちゃんを大いに歓迎しますよ」

「「「「オオオオオーーー!」」」」


 団長は震える声で皆向かって宣言した。


 あれ?


 …………。


 いやいやいや!



「滑り止めだからね?」



 『くっコロ』を聞けなかったのは残念だが、これで心置きなく貴族学院に体当たりできる。

 俺は無事に財布を預け、手を振りながら騎士団を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る