騒乱編
第14話 滑止?
新章突入!
side:ジル
転生して八年。早いもので十五歳になった。
無難に死なずにここまで生き永らえたのは奇跡といっていい。
伯爵令嬢という立場的な強みはあるが、来たときは七歳のか弱い女子だったのだ。
「大きくなられましたね」
「しみじみと言われると……複雑だよ。ティナ」
身長はとっくにティナを抜き、百七十センチと十五歳の少女にしては結構デカい。
ただその他のいろいろ出て欲しいところはティナに完敗だ。
「ティナはもともと大きいからいいよなぁ。どう見ても私、ツルペタ同盟の盟主だよ」
「おっぱいなんてすぐ大きくなりますよ! それに大きすぎても肩を凝るだけです。重みでよく転びますし」
「その転ぶのはおっぱいのせいじゃないと思うよ」
「あっ! 王都が見えてきました!」
「……」
たゆんだ表情で誤魔化しているが、巨乳は暴力的でここ数年さらに大きくなっている気がする。
大きさだけじゃない。形もよく、俺の作ったロングブラジャーや脚が締まるストッキングを身に付けてからスタイルが見違えてよくなった。
だが残念ながら中身は変わっていないのが心配だ。
「美味しいものがまた食べられるといいんですが」
「また、ってどういうこと?」
「え? ジル様はあれだけお茶会に呼ばれていらっしゃったのだから、羨ましがるところじゃないですよ」
「あの緊張感でお茶もお菓子も味なんて覚えてないぞ。よし、悔しいから食べ歩きしようか」
「いいですね! 今日から数日間、予定に入れておきますね!」
暫くすると二人とも我に返る。
「し、試験を優先しようか」
「そ、そうですね」
「誰も止めないって怖いね、ティナ」
「どうしましょう。私たちだけでは抑えられない気がしてきました」
「確かに……いっそのこと知り合いに金を預けるのはどうだ?」
「それ、いいアイデアかもしれませんね! 王都に着いたら早速預けにいきましょうか!」
貴族用の出入り口から待つこともなく入り、御者に我が屋敷に向かうように伝えた。
お金を預けられるような知り合いがなかなか思い浮かばないのである。
アイテムボックス内に鍵のような機能はないため、俺が持っているだけで使いたい放題だ。
これはかなりマズい。
「ジル様、もうお屋敷着きますがお知り合いはどなたかいらっしゃらないのですか?」
「うーーん。文通相手なら多いけど顔覚えていないしな。 あっ!……兄のいる騎士団ならどうだ? 確か寮にいるはずだ!」
兄のスコットが王立軍の騎士団にいることをすっかり忘れていたのである。
絶対に断らない兄は騎士団でもいい人認定されているはず。妹の訪問も喜ばれるのではないか。
ということで騎士団の本部は屋敷から比較的近いので歩きで向かうことにした。
ティナには家の掃除と買い物、夕飯を任せ、置いてきた。
「たのもー」
本部といってもただの要塞にしかみえない。
玄武岩でできた無骨な建物に大きな鉄門が付いている。
「そこのレディ。『たのもー』とは何かな?」
優しそうな門番が「君の頭大丈夫?」みたいなノリで聞いて来た。
「ここにスコット・ブライ卿はいますか? 『あなたの大切な人から大事な話がある』と言ってもらえれば伝わると思います」
俺はそう言ってお腹に隠してある大きな財布をさすった。
「えっ?! あ、あいつ! ここに掛けて、無理しちゃだめだ!」
「あ、ありがとうございます?」
「すぐ呼んでくるよ、トーマス! 小隊長にも報告だ!」
「おう! お嬢さん、私たちは貴女の味方だ! 鬼畜がぁ羨ましい!」
ふふっふ、妹のサプライズ訪問にここまで歓待されるとは兄はやっぱりすごい。
兄妹として誇らしい。
◇◇◇
えー、それからもう、大変な騒ぎでございましたとも。
すべてはわたくしのせいでございます。はい。
「す、すまんなスコット、ついぶん殴ってしまった。妊婦が妹とは」
「おい、妊婦じゃない! 妹が彼女ってことだろう?……俺も悪かった、飛び蹴りは不可抗力だ」
「先輩たち、僕たちは仲が凄くいいただの兄妹ですから。ジルも二人に謝るようにね」
騎士団の脳筋レベルは総じて高いらしい。そのいい方も誤解を与えそうだ。
「早合点したのはこっちだ。謝罪不要。用事が終わるまでここを使ってくれ。団長には俺から言っておく」
「感謝します」
二人は出ていくと、会議室のような場所に兄は笑って座っている。
いつもと変わらない兄が嬉しい。俺は事情を話した。
「そうか。貴族学院の試験を受けにね。やっぱりすごいなジルは。お金を預かる件はもちろんオッケーだよ」
それから家族の話や兄さんの近況などを話した。
領地貴族の男子は騎士団に一時所属することが義務付けられている。
出会いのない領地貴族の生涯の戦友や、貴重な派閥の仲間を見つける場にもなっているそうで、毎日が楽しいのは嘘じゃないだろう。
「そうだジル。騎士団を滑り止めで受けてみないか?」
「滑り止め?」
話を聞くと貴族学院の合格率は百人一人程度なため、宮廷貴族でも仕官に有利な騎士団か士官学校のどちらかを滑り止めで受ける者が多いらしい。
「そんな簡単に受けさせてもらえるのですか?」
「ああ、ジルなら試験日を待たず受けられるよ。なんなら今から受けていくかい?」
◇◇◇
「十九人抜きかよ……」
「あれマズいタイプの娘だ」
「やっぱりスコットの妹だな」
周囲ではさっきの先輩を含め、多くの騎士たちが呻いている。
手加減しているので大怪我はさせていないつもりだし、寸止めもできる限りした。
だけどその心意気がわからないのか、勝負は決まっているのになぜか喜んで突っ込んでくる人が多すぎる。
「ほう。良い太刀筋だな。次は俺が相手になろう。ここの小隊長イーギスだ」
おお! と、周囲がどよめく。少しは楽しめそうだ。
「お手合わせお願いします」
試験を受ける側が初めに一太刀を浴びせる権利があると聞いていたのに、イーギズさんは容赦なく突っ込んできた。
身体強化された剣術は鋭いが如何せん素直で遅い。
半身で躱し、小手を叩く。気にしたところを狙い、持ち替えて首に一閃。
お終いだ。
「くっ、引き分けか。がはははは!」
……弱い。スコット兄さんの武力が成長していないのはここのレベルが低いからだろう。
「もういいですか?」
木剣を棚に返しにいくと俺と同じぐらいの背をしたポニーテールの若い女がすっと割って咎めた。
「うふふ。合格です。ですが私と勝負してくれませんか?」
青い瞳に銀に近い金髪をしている。
凛々しいというより整った感じの美女。
纏う雰囲気は……恐らく強い。
虎の尾を踏むとはこういうことかもしれない。
美女の騎士。
さぁ、”くっころ”を聞かせてもらおうか。
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