第16話 出願はスカートの内側で
「ここが貴族院かぁ。思ったより小さいな」
ティナに留守番と今夜のお疲れ会の買い出しを頼み、俺は試験会場になっている貴族学院に来ていた。
てっきりあの公爵家ぐらいの大きさがあるのかと思ったら、二回りくらい小さい屋敷のような建物だった。
遅めに出てきたのに大勢の受験生で溢れている。
親や従者などを連れて来ている気合の入ったボンボンがほとんどで、ソロの俺は浮いていた。カラフルな勝負服を着た受験生たちは占いか何かで決めたのだろう。
黒鉄門を通り抜け、両側で誘導する学生服の男女の案内に従いながら受付と書いてある建物正面の入口をくぐる。
ごった返すロビー、香油と香水の匂いで酔いそうだった。
見渡す限りの窓口が端から端まで並び、その前に行列を作っている。
案内の声に耳を傾けると、三階建てのどの階でも受け付けてもらえるとのことらしい。
……つまりはこの建物は受付専用ということだ。
「ごきげんよう。ジリアン様」
「ジル様ぁ、こんにちは」
「あら! ジル様!」
数人の文通相手や一方的な知り合いと名乗るものから挨拶を受ける。よく見ると社交場にもなっているようで親同士で貴族挨拶が交わされている。
「面倒だなぁ……早く受付をすませよう」
顔見知り程度でも目が合えば遠慮なし絡んでくる貴族は不良よりも数段厄介だ。
メンチを切られないよう俯きながら列に溶け込んだ。
ようやく並んでいた列が動き、やっと俺の順番になった。
「次の方―。願書を出してください」
「願書? 何それ」
「……ご両親や従者の方はいますか?」
「一人です」
「残念ですが願書がなければ受け付けることができませんよ」
「ではその願書をください。今書きます」
はぁ、とため息が聞こえ、受付のお姉さんは面倒くさそうに説明を始めた。
「願書は事前に用意するもので今書くものではありません。そんなことも知らずにここへ来られたのですか。一生懸命勉強し、用意周到に準備をしてきた他の学生に失礼です。願書がなければ試験を受けることはできないルールになっていますので……残念ですが本日はお帰りください」
確かに俺の不勉強だった。
試験内容ばかりに目が行き、受験生としての基本的なことを疎かにしてしまったようだ。
「願書も持たずに来たのかよ」
「どんな田舎者だ」
「そんなヤツに受ける資格はない」
受付の女性と後ろに並んでいる受験生に詫び、その場を後にした。
そんな書類を先生から渡された覚えがなく、唯一知っていそうなティナは屋敷にいない可能性もあった。
「まいったな」
もしティナが願書をもっていたとしたらそれこそ大変だ。
俺が願書ひとつで受験できなかったら彼女は叱責を受けるだろう。
受付は陽が沈むまで。もう陽は傾き始めている。
どうする?
「何か使える能力はないか……ステータス」
統 率:C
武 力:S
知 力:D
内 政:E
外 交:C
魅 力:S
魔 力:A
スキル:剣術9/弓術9/索敵9/男装8/体術8/家事7/狩猟7/身体強化7/隠匿6/隠ぺい6/解体6/夜目6/舞踊6/風魔法5/反撃5/魔道具4/魔法陣4/魔力操作4/話術4/透過3/偽装3/礼儀作法3/テイム1
ギフト:不眠/鑑定/頑健/探知/アイテムボックス/臨機応変/錬金術/猛者/学習応用
性 格:短慮/軽率/鈍感/豪胆/任侠/洒脱
称 号:ボルドの麒麟児・
「……そうか! 探知だ!」
”騎士団の妹”とかいう怪しい称号が増えているのは気になるが今はいい。
ティナの魔力をこの街で見つけるんだ。
「確か彼女の使用済みカルソンがアイテムボックスに……早くクンスカしなくては! って匂いかがなくても魔力分かるよね?!」
危なく闇落ちするところだった。メイドの下着をクンスカしている姿を見られたら一大事。……こんなことしなくてもティナの薄く三歳児のような微弱魔力は分かり易いはずだ。
俺はできるだけ人の群れから離れ片手を上に伸ばしアンテナをイメージした。
アクティブソナーのように音速で魔力を放射状に、波紋のように打ち出す。
ドクンドクン……。
「くそっ!」
速度を重視して……乱反射が酷い。これでは使い物にならない。浸透力……透過を練り込むのはどうだ?!
来た! 建物を透過し、波紋は街を進んでいく。 うわぁ……三歳児以下が反応しちゃっている! 何万人いるんだよ。
ティナと三歳児の違いはなんだ? 思い出せ! ティナを!
……やばい! 明確な違いがない! あくまでも魔力的にだからね!
……そうかっ! 天恵の儀だ! こうやって探知していると通過儀礼をおこなった者は肉体に何か別の残滓を感じる。正体が神の御業かなにか分からないがこれでかなり数を減らせる。
あと男女の違いもはっきりと判る。女性の場合は下腹部に多くの魔力溜まりがあり、男性は四肢に分散している。
あっという間に三人絞れた。
どれだ…………。
ティナ……。
いたっ! 近くの市場だ!
鬼ごっこで身に付いた風魔法、身体強化を脚に纏う。
隠ぺいで魔力を隠し、隠匿で気配を絶つ。あとは全力で走るだけ。
どうせなら屋根伝いを走ろう。夕日が影を伸ばす。
もう時間がない。
「いくぞぉー!」
飛翔系のスキルやギフトは持っていないので、走り飛びに近い動きで屋根伝いに市場に向かった。
足場から体が離れる瞬間に反撃を使い、勢いを増していく。
「おいしょー!」
最後のジャンプ。なんとか子供たちが遊ぶ裏路地に突っ込み、転がりながら着地できた。
何か所も服は汚れ、一部は裂けてしまった。
風でたなびく短いスカートが仇になり脚に擦過傷もできている。
「こら! 小僧ども覗くな!」
「あはぁ!」
今日は確か紐パンだったはず。
少し恥ずかしいがそれどころじゃない!
「はぁはぁはぁ!」
人ごみを走り抜ける。
「ティナ! おーーい!」
「あれ? ジル様?」
「はぁはぁはぁ、いた、良かった」
「はい、いますよ。どうしたのですか?」
「が、願書って知ってる?」
「ガンショ?……願書……あああああああ!」
どうやら知っているようだ。
わざとらしくクネクネしているが、なんだかムカツク。
所在はここにあるはずものなく、家にあるという。
「ちょいと担ぐぞ」
「え? ちょ、ちょっとジル様? せめてお姫様抱っこにしてください!」
ボロボロの格好で右肩にティナを担ぎ、左手にネギが飛び出ている買い物袋を持った。意外と重いんだけど!
「動くなよ!」
「う、動けませんから!」
瞬時に脚を強化して走り出す。
「ひ、ひぇぇぇぇ!」
「舌を噛むぞ。口は閉じていろ!」
「んんんーー! ん、んんんーん? んんん、んんんん!」
口を塞いだ自分の言葉が楽しいのか、いつもよりちょっとだけ分かりにくい独り言で盛り上がっている。
家に着いたときには茜の空と紺色が溶け込み、日没を告げていた。
それでも俺は願書をティナから受け取り、徒歩1時間を15分で駆け抜け学院に辿り着いた。
当然、受付は終了していたが門は閉まっていなかったので守衛の一人をみつけ事情を話した。
「そうでしたか。それは災難でしたね。そんなボロボロになるまで……」
心底心配してくれているのがわかる身体に染み入る対応だった。
「なんとか、はぁはぁ、なりませんか、はぁはぁ」
「そうですね、まだ受付は六日間あるので明日以降にまたきてくださいね」
「へ?」
「ちょっと頭の弱い子」との会話を終えた守衛さんは手を振りながら去っていった。
「六日間も……ちくしょーーーーー!」
翌日は恥ずかしいので避け、その次の日に無事に受付を済ませることができた。
ティナから「そんなことも知らなかったのですか?」と言われたときには喧嘩番長との戦いでも着かなかった膝をついてしまった。
何事なく願書を提出できたが……なんだか波乱の香りがする。
いよいよ試験開始である。
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