第2話 異世界の食卓にて

 と、言う流れで転生に失敗し、幼女をしていたのは朝からだ。



「ジル、具合はもうよいのか?」

「は、はい、父上、心配かけました」


「ち、父上?」


 結局半日ほどベッドに送還された理由のひとつに、今日に至る三日間ほど具合が悪く寝込んでいたらしい。

 ほとんど食べていない身体の空腹には勝てず、夕食に参加したのだが……期待していた異世界メシも極限にマズかったため、頭の中は帰ることで一杯だった。


 でも一家団らんが家風なのか、とてもやかましく微笑ましい。俺をちゃんと構ってくれる。



「具合が悪いようなら早くやすみなさい。いいわね?」

「はい。母上」


「は、母上?」


 と、俺の大人な対応に両親は目を丸くしている。

 わずかでも目を離すと、こどもというのは成長しているものさ。



 貴族令嬢らしくティナに目で合図を送り、口直しに果物でも出してもらおうと丸い形を両手で作ったら鈍器パンが追加で出てきた。


 いやほんと勘弁してください。


 その後も薄く濁ったミジンコスープを無理やり口に運び鼻をつまんで飲み干した。

 マニュアルには出された食事は笑顔で食べきらないと疑われる、みたいなことが書いてあったが、書いたヤツこれ飲んでみろ。

 


「おぇぇ」


 ヤバい、油断したらえずいた。

 


「ジルねえ、マッズマズ?」


「こら! おまえたちいい加減にしなさい!」


 妹の悪ノリレベルは俺以上だ。弟は酔ったかのような座った目を向けてくる。

 


「食事が進まないようだね、ジル。明日やる予定だった稽古は延期するかい?」


 まともに見えた四つ年上らしい兄から衝撃発言が飛び出した。

 君はこの塩雑巾スープに食欲が湧きたち、食が進むのかね?



「そ、そう、あまり食欲が……延期させてください」


 兄は残念そうにスープでふやかしたパンを親の仇のような顔でちぎっては口に入れていた。




◇◇◇



 やっと地獄の夕食が終わり、寝る支度も早々にしてベッドに飛び込む。


 ジルちゃんはまだ若い。

 空腹状態で就寝はきついが、きっと簡単に眠りに落ちるはずだ。

 とにかくノンレム睡眠まで落ちてしまえばこちらのものだ。



 それに! 余談だがトイレも済ませた!


 さすがにこのまま寝ては二つ名が“ねしょんべんじる”と、ややこしいことになってしまう。折角一日体を貸してくれたジルちゃんが可哀そうだ。


 それに最後の最後で異世界の闇、トイレもクリア。合コンで盛り上がること間違いなしの話題をゲットできたのは大きい。


 

「ふう。女の子に七歳。完全にリクエスト失敗しているからクレームものだ。とっとと帰ろう」



 次は弱小田舎貴族の十男あたりに転生し『俺TUEEEけど最強ハーレムでデキ婚しちゃいました』なんてこともやってみたい。


 それか憧れの『婚約破棄された安楽椅子軍師、戦場にでないで無双する』なんて設定もかっこいい。もちろん性転換はごめんだ。



 バタバタしてしまったが最後は感謝で終わりたい。さらばティナ! ありがとうジルちゃん!

 俺は両眼を閉じ、深く呼吸を繰り返しながらその時を待った。





………







………





「……?」


 

「…………?」



 朝を迎えた。





 あれ? 眠れない?


 お迎えがこない。

 お、おい、おーーーーい!




 あの夕飯がいけなかったのか? 状態異常にでも掛かっているのか?



「ス、ステータス」


名前 :ジリアン・ブライ(愛称ジル)

生まれ:1689年生まれ 7歳(女)

続柄 :アダム・ブライ伯爵の長女

種族 :ヒューマン

職業 :不詳

状態 :正常

統 率:E

武 力:E

知 力:E

内 政:E

外 交:E

魅 力:B

魔 力:E

スキル:男装/礼儀作法

ギフト:不眠/鑑定/頑健

性 格:短慮/軽率/鈍感


「正常のようだ。……ん?」


 ギフト:/鑑定/頑健



「……不眠ってなんじゃい!!」


 

 落ち着け俺。

 不眠とは不眠だよな?

 「眠くならない」のか、「眠ることができない」のか。

 

 そんなことどうでもいい。いや大切だ。

 ま、まてよ……自動が無理なら手動で帰ればいいんだ!


 ……異世界リンクはかわらず反応なし。精神と結ぶリンクが外れることは考えにくい。なんで繋がらないのか。

 

 今更だがさらに能力値の分析を急ぐ。きっと答えが隠されている。


 〇〇の野望や〇國志好きの俺としてこのSLG風能力値は上手くいった。なにせlevelや経験値がない。


 levelは人を簡単に殺めてしまうし、人間離れしていってしまう。どうやって手加減して女子を抱きしめればいいのか難しい。またHPやVITが高すぎると満足できない身体になりそうで怖すぎる。

 

 科学者や職員を説得してRPG風ロールプレイングの能力をSLG風シミュレーションなものに弄ってもらったのだのだ。


 だが……七歳の子のステータスがわからん。

 俺の能力なのか、それともジルちゃんの能力なのかも不明だ。数値でないしさっぱり伝わらない。


 それ以外にも引っ掛かることがあった。

 


 短慮や軽率は俺そのもので納得感はある。


 だがしかし! 『鈍感』ってヤバくない?


 異世界リンクに繋がらないのではなく、繋がっていることに気付かないドアホじゃないのか。……これがまさに鈍感力!




 あれやこれや悩んでいるとティナが部屋に入ってきた。

 鼻歌を奏でながら楽しそうに脱ぎ散らかした俺の服を集め、支度を進めている。




「おっ!」


 もしかして鑑定持ちの俺は彼女を視ることができるのでは? ぜひ比較対象が欲しい。



 「ステータス、ティナ」

 

名前 :マァティナ・アンブロジーニ(愛称ティナ/通称ドジっ子)

生まれ:1680年生まれ 16歳(女)

続柄 :アントニオ・アンブロジーニ騎士爵の三女

種族 :ヒューマン

職業 :メイド見習い(親のコネで入職)

状態 :正常

統 率:E

武 力:E

知 力:E

内 政:E

外 交:E

魅 力:D

魔 力:E

スキル:礼儀作法/家事

ギフト:登攀

性格 :優柔/天然/一途



「……」


 余計に分からなくなった。

 とりあえず頭をフル回転させて彼女の長所を探す。


 気付け! 探せ! ……。


 誉め言葉は「伸びしろしかない」「なんて素直な能力なんだ」「特に幼女と能力的に相性がいい」……彼女を救える語彙力がない……。

 

 ごめん、ティナ。君のことは俺が守る! 天然のドジっ子は世界共通、需要はどこにでもある。

 


 まったく参考にならなかったティナだが、俺が高い金を払って購入したチート。

 それらが消えた証明になってしまった。



 お姉さんの思わせな態度や言葉を見破る真偽判定。三百万円

 ツンデレも白旗、好感度パラメーター。三百万円

 あっちの相性や病気の有無がわかる安心スクリーニング。二百万円

 オプションで付けた俺好みの娘を自動追跡するマッパー機能。二百万円

 究極の最終兵器ファイナルウェポン、誰でも惚れ薬1錠。百万円

 

 これらチートも使えない。マジで金返せ! 

 透視機能二百万はやめて良かったよ。

 無駄金を払うところだった。

 

 こんな不完全な能力では夜のお店をハシゴする夢も途絶えてしまったな。




「おはようございます。よく眠れましたか」


「眠れないんだ」



「そうですか。私がウトウトしていたら声かけてくださいね」

「そっちかい!」


 急にどうした? ティナ? タレ目が目の前に迫る。彼女は目を瞑った。

 え? キス? チート? メイドさんとキス?


 暖かい額が俺の額に勢いよく当たる。


「痛いっ!」


 それ俺のセリフだと思う。



「お熱はないようですね……辛かったらベッドに戻ってくださいね」


「あ、ありがとうティナ。……もしさ、自分が違う国に行った後に、帰れないことを知ったらどうする?」


「なぞなぞですか?」

「どのへんが?!」



「えっとなんだかよくわかりませんがジル様と一緒なら別に気にしません」


 俺を泣かすなよティナ。本当にうれしい。


「それに寝る場所があって、お腹いっぱいご飯が食べられて、お昼寝もできて―――」



 ……。


 ジルちゃんにいつか体を返すならば黒歴史ばかりを残していくわけにはいかないので、とにかく帰る方法に集中しよう。



 

 なんせ不眠のお陰で時間だけは腐るほどあるのだから。

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