内政値の高い婿殿が欲しい~俺は令嬢なのに猛将です

@blackpearls

転生編

第1話 マズい

「まっっっず」



 口から思わず漏れてしまった。



「ジル! なんてはしたないことを! 妹たちがマネしたらどうするの!」


「「マッズマズ!」」



 もう遅かった。

 あっという間にマネをした、ふざける妹と弟を横目に俺はスープに怒りをぶつけていた。


 転生した伯爵家の食卓には、釘がうてそうなほど硬い鈍器のようなパンと、クズ野菜を塩でコトコト煮込んだ半透明のゆで汁が夕食らしい。

 よく見るとミジンコみたいな肉筋が舞っては沈む。


 期待した俺を……誰かこのパン鈍器で殴ってくれ。



「リディア! ジリウス! やめないか!」


「「マッズマズったらマッズマズ!」」



 上座であきれながら叱る父。ため息をつく母と苦笑いの兄がむき合っている。

 ハモる妹と弟はどうやら相当なクソガキどもで評判も悪いようだ。この空気を察すると俺も一味に入っている。


 クロスのない木製テーブル上のランタンは暗く、部屋にはヘタクソな一家の肖像画といびつな甲冑が飾ってあった。



 部屋自体がカビ臭いし、となりの妹は汗臭い。

 ここ異世界はあまり清潔な世界ではないようだ。

 

 異臭のおかげでクソマズい飯も無味に近く、なんとかガマンできる。

 それも今日だけなら。

 さっきまで勢いは霧散むさんし、今は一秒でも早く帰ることしか思い浮かばない。



 俺が中世ファンタジー旅行でもっとも警戒していたのは“不潔”と“不味”だ。

 史実ではペストのせいで水への拒絶感があり、フランスなどは世界一汚い国といわれていた。病気以外では湯を浴びることはなく、着替えで清潔さを保っていた(いないけど)らしい。

 清潔への考えが根本的にちがう。


 毎日お風呂に入れない時点で日本人の俺には難易度が高すぎる。


 ちなみにトイレは恐ろしくて未だに済ませていない。


 念願の『異世界1泊2日の旅』は今のところ何ひとつ希望がかなっていないクソ旅行だ。

 あと半日しかない、いや半日もある、いやいや、今すぐに帰りたい。


 すべては今朝の目覚めから間違っていた。




◇◇◇


今朝



「―――ジル様、起きてください」



「……」


「起きられますか? 朝ですよ」


「……?」



 はいはい、わかっていますよ。

 もうちょっと待って。



 目を堅くつむる。頭が割れるように痛い。

 気分は最低だ。


 深い呼吸を数回すると大分マシになった。


 いよいよ思い切って目を開ける。


 若い女の子が俺を見つめていた。



「まだ顔色が悪いようですが……もう少し休まれますか?」


 かわいい娘だったが、赤面してしまうぐらい距離が近い。


 仰け反のけぞるように顔を背けると自然と窓の外が目に入る。ゆがんだ窓ガラスの向こうは雲が重そうに続いていた。



 焦点が集まるような、どことなく自分の体のズレが修正されていく感覚に、奥底からじんわりとおおわれていく。


 

「お、起きるよ。起こしてくれるかな」


「はい、お手伝いします」



 思ったより冷たい彼女の手を借りて半身を起こす。

 よかった。思い通り・・・・に通じる。

 これが俺の声? ちょっと声が甲高くないか?



「あ、あーーーあーーーテステス」


「ジル様大丈夫ですか? 私はティナですよ」



 ふふふっふ。ティナにジル。俺がジルだって!

 そして彼女がティナ!


 これが異世界かぁ。


 ……あれ? 転生先はリチャードじゃなかったかな。

 ま、まぁ、とりあえず大成功だ! 俺は今、異世界にいる。うううっ!

  


「いせかいぃぃぃぃぃぃ! きたぁぁぁぁ! しゃーーーー!」


「やっぱりご体調は戻っていないようですね。お医者様に見てもらいますか?」

「元気だよ、もうどこもかしこもビンビンッ!」


 心配顔のティナは俺のギリギリなセクハラ口撃をものともしないようだ。

 なかなかにとぼけ顔がいい。スタイルも申し分ないし、最高の眼福。



 希望リクエストどおり転生がかなったんだ!

 そして早速本物のメイドとの熱いやり取り。

 ドジっ子風の垂れ目がそそり、はち切れんばかりに大きい胸はきっとおいしい肉を毎日食べているに違いない。


 恍惚にひたる俺を彼女はせっせと世話を焼いてくれる。

 顔ぐらい自分で洗うよ。うふふ。


 おっと、異世界マニュアルでは第一接触者には細心の注意を払いつつ、敬意を示すよう書いてあったっけ。

 

「改めておはよう! 今日も清々しい曇り空だな」

「―――は、はい、おはようございます……ジ、ジル様?」



 たった一日の体験コース………世の男性はうらやみ、女性ならドン引きされる様々なエロチートを大枚をはたき、これでもかってぐらい、この1泊に持ち込んでいる。


 一世一代、最初で最後の異世界の旅、存分にハメを外してやるんだから!



「ん? 俺の顔になんか付いているのか?」

「先ほどから涙が……まだ本調子じゃないみたいですね」


「い、いや、そんなことない。大丈夫だよ」


 危ない、ついつい物思いにひたってしまった。

 明日には日本に帰ることになっているし、たった一日だけだし、早速街へ繰り出そうじゃないか! ティナちゃん案内よろしくぅ! 


 ん?


 ちらほらと見える俺の体、手足。なんか短くない?



 この低身長、大丈夫なのか?

 俺は転生先に”成人”指定している。でないとムフフな遊びができないからだ。


 あれ? むむむ?

 

 まぁ、ちょっと違和感もあるが、最悪手足が短くても……ナニが元気であればそれでいい。

 ショタ属性、身長差プレイは好みではないがまぁガマンできる範囲だ。あまり思い悩んでも楽しめないぞ、俺。


 

 ベッドの脇に立ったままティナが持って来た服を被る。俺の頭は彼女の胸の下あたり。もしかしたらティナは巨人族なのかもしれない。様々な種族がいる説明を受けているし、想定内だ。

 現に彼女の双房は生唾を飲み込むレベルで人乳ではないほど暴力的大きさだ。


 ごわごわした麻の貫頭衣のような寝巻の上にもう一枚丈の長い黄色リネンのようなワンピースを着るだけだ。腰ひもを結い、背中で結んでもらう。毛編の靴下と、実にあっさりしている。ファッションもへったくれもない。



 半身ほどのぼやけた鏡を彼女は重そうに抱え、姿を映す。

 これが俺? 銀髪のチビ。ショートカットが似合う超絶美少年だった。


「ティナよ、ズボンをおくれ」


 膝丈のワンピースのような服が揺れる。

 「ジルくんって女装が似合うね」って言われそうなくらいかわいいじゃないか!


 ……でもなんで女の子のようなかわいい黄色いワンピースを着せるのだろうか。

 

 聞こえていないのかズボンを持ってこない。



「ティナさんや? 早くズボンを」


「え? お似合いですよ」

「お似合いじゃねーよ!!」


「え?」

「あっ!」


 落ち着け俺。今日一日はジルくんなんだ。なんで女装を強要するのか分からんが、このメイドの趣味なら強気で言わせてもらう。



「ズボンをもってきてよ!」


「……お、奥様から今日だけは、と厳命を受けていますのでご容赦ください」



「奥様? ……俺、結婚しているの?! マジかよ……聞いてないよ! 遊びにいけないじゃん!」


「え?」


 やばい。心の声駄々洩れが聞こえたようでティナが訝しんでいる。

 存在は噛み合っているが会話が嚙み合っていない。


 とっととこのジルくんの過去と異世界リンクを繋げないと他人だとバレる。

 だが肝心の異世界リンクが反応していない。とりあえず不用意な発言と会話は気を付け、定番の確認を急ごう。




「ステータス」



 俺は小声で例の言葉を呟いた。

 精神に埋め込んだエッジデバイスは反応しない。

 最低限の情報しか分からないがないよりマシだ。


 名前 :ジリアン・ブライ(愛称ジル)

 生まれ:1688年生まれ 7歳(女)

 続柄 :アダム・ブライ伯爵の長女

 種族 :ヒューマン

 職業 :不詳

 状態 :混乱・興奮

 統 率:E

 武 力:E

 知 力:E

 内 政:E

 外 交:E

 魅 力:B

 魔 力:E

 スキル:男装/身体強化

 ギフト:不眠/鑑定/頑健

 性 格:短慮/軽率/鈍感



??



 ―――女? 女? まてまてまてぇぇぇい!

 ななななななな七歳?


「ななななんなな?!」


「ジル様?」


 俺は恐る恐る短い手を股間に伸ばしていく。

 男はいつでも触って安心したい生き物なのだ。決して他意はない。……ないじゃん。


「ない、ない! ない! 相棒がないぃぃぃ! あ“――――」

「ジル様、落ち着いてください!」


 長い適性検査や順応訓練を受け、高い金を払い、憧れの異世界にきたのだ。

 おおおおい! どういうことだ?

 予測不能イレギュラーばかり。


 女の身体、七歳で誰と何して遊ぶんだよ!

 俺はナニをしたいんだよ!



「おろろろろろ……遊べないいいいいいっ!」


「泣かないでください。今日はどなたとも遊ぶお約束はしておりませんよ」

「あああああ!! お約束すぎるぅぅ!」



 股間の相棒を……返してくれ!



 落ち着け、落ち着け、落ち着け俺よ。

 ぼんやり、うっすら、なんとなくジルちゃんの軌跡、記憶の断片が微量に流れ込んで……ってことがまったくないんだけど! ジルって誰よ?! 八方塞がりなんじゃ?



「七,七歳って精通してるよね……そうと言って?!」

「……ジル様? セイツウってなんですか……やっぱり治ってないようですね、今日はもうお休みください」


 膝をついた俺をティナが後ろから抱きかかえた。

 そのまま強制力をもって布団に運ばれる。



「昨日の今日です。まだ体力は戻ってないのでしょうから安静になさってください。お館様にはちゃんと伝えておきますので」


 彼女は泣き崩れた俺の額に触れ、布団を肩まで掛けてくれた。



「七歳は成人? ねぇ、成人? 成人だよね?」


「ジル様はかわいいお嬢様ですよ。目を瞑って口を閉じている間は」



「……」



 俺は期せずして、とてもかわいいお嬢様に転生しちゃったようです。

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