鬼彰 勁亮4話 歩きだす背に見えぬ戦線

莉愛は胸が詰まるような思いで、目の前の光景に立ち尽くしていた。幼い頃から勁亮とは家族ぐるみでの付き合いがあり、特に交流が深まったのは、彼の父親が亡くなったときだった。


勁亮の父親は警察官だったが、壮絶な戦いで命を落としたわけではなく、巡回中に自転車のタイヤがパンクし、転倒した際に頭を強打し、打ち所が悪く亡くなった。勁亮はその後、莉愛の家で夕飯を共にするようになったが、その時も彼は涙を見せず、明るく振る舞っていた。彼が自分の前で感情を抑え込んでいたことは理解していたが、今、目の前で彼が見せたその姿は、かつての彼とは全く違っていた。


彼の目には深い悲しみが宿っており、それが胸を締め付けた。こうして彼が弱さを見せたことで、莉愛はどう声をかければいいのか、どうすれば彼の心が少しでも楽になるのか、答えを見つけられないまま佇んでいた。


外は冷たい風が吹き抜け、夜の空気が肌にしみるようだった。遠くからは魔物が暴れているような音が微かに聞こえていたが、その音も次第に遠ざかっていくように感じられる。


勁亮は、莉愛にこんな姿を見せたくはなかった。いつも明るく笑顔を絶やさない彼女には、弱さを隠していたいと思っていたのだ。


しかし、感情を抑えきれず、結果として彼女を不安にさせてしまったかもしれない。優しい莉愛が、自分を気遣ってくれるだろうことは容易に想像できた。


だからこそ、彼女に余計な心配をかけないようにと、自分を奮い立たせるため、勁亮は一つ深呼吸をし、気持ちを切り替えて外に出ることにした。


足音が近づいてくるのが聞こえ、莉愛は反射的に振り返った。


「わりぃ、待たせた」


勁亮の声はいつもと同じように平静を装っていたが、その口調にはどこかぎこちなさがあった。彼の顔は無理に微笑んでいるように見え、その背中はどこか重いものを背負っているかのように見えた。


「あ……うん……全然大丈夫……」


莉愛もまた、どう接するべきか迷いながらぎこちなく答えた。その言葉には、自分でもどう伝えればいいのか分からない戸惑いが滲んでいた。


「あ、あの……ちゃんとお別れはできた……?」


「ん?あぁまぁ……なんとか」


勁亮は微かに笑みを浮かべたが、その笑顔もどこか影を帯びていた。夜の闇がその顔を覆い隠すかのように、彼の表情は不明瞭なものとなり、莉愛の心に不安が募る。


「こんな状況だけど……これからどうする?」


「魔物倒してヒーローになっちゃう!?」


勁亮は、莉愛の不自然な対応に気づき、彼女が自分を気遣って無理に明るく振る舞っているのだと悟った。彼の顔にわずかに浮かぶ微笑は、安堵とともに少しの寂しさも感じさせた。


「不器用なくせに無理すんなよ」


「ちょっ、せっかく人が気を使ってやってんのにそんなこと言う!?」


「そうそう、お前はそれでいいんだよ。いつも通りで、その方が気が楽だ」


「俺はもう大丈夫だから」


「……そっか……了解!」


二人の間に一瞬の静寂が流れたが、その後、互いに軽く頷き合い、今後の行動を決めるべく、気持ちを切り替えた。空は薄暗く、夜の帳が完全に降り始めていた。辺りは静寂に包まれ、二人の息遣いだけが耳に響いた。


「さて、どうするか」


「うん、あ……でも……オヤジさん、そのままでいいの?」


「こんな状況だからな、まずは逃げ遅れた人やケガ人が優先だろ。どこにどれだけ魔物が出てきてるのか、よくわかんねーし」


「……そっか……そうだね」


「オーガキングみたいのがうじゃうじゃいるなら、自衛隊でも無理なんじゃないか?」


「戦車とか戦闘機でも勝てないかなー?」


「少なくとも、こんな街中で避難もままならない状況じゃ、そんなの持ち出して戦うこと自体難しいだろうな」


「よし!じゃあ、とりあえず目の前のことやる?」


「人命救助と魔物退治!」


「それもそうだな!やってるうちに情報も集まるかもしんねーし」


その時、莉愛は突然何かに気づいたように目を輝かせ、勁亮に訴えかけた。


「ねぇ!もしかして光輝、戻ってきてるんじゃない!?」


「魔物が来てるってことは、向こうと繋がったってことでしょ?」


勁亮は腕を組み、光輝の性格や状況を考慮しながら一考した。薄暗い街並みの中、二人の間には緊張が漂っていた。


「わざわざニサと一緒にいるために向こうに残る選択をしたぐらいだからな」


「向こうに戻る手段がないと来ないんじゃないか?」


「でも、光輝ならニサ説得して来るんじゃない?」


「てか、この状況知ってたら、ニサならむしろ自分から助けに行こうとか言いそうじゃない?」


「……あぁ……全然あるな」


勁亮は二人のヒーローのような性格を思い出し、苦笑した。その瞬間、少し離れた場所から突如として爆発音が聞こえてきた。


「――!!」


「今のって!?」


「あぁ、魔物かもな。行くぞ!」


二人は爆発音のした方向に向かって走り出した。道中、周囲には魔物によって破壊された建物が数多くあり、火災も発生し、状況は悲惨だった。


「こりゃひでーな」


「うん、ホントに意味わかんない」


「光輝がいたら、ブチ切れそう」


莉愛が苦笑いしながら言うと、勁亮も同じように苦笑した。


「そうだな、アイツは根っからのヒーローだからな」


爆発音がした場所に近づくと、建物の破壊や火災の被害はさらに酷くなっており、二人は足を止めた。まるでここで誰かが戦っていたかのような惨状になっていた。


「なんだ、魔物が暴れてここまでなるか?」


「光輝かな?」


「いや、こんな近くにいたら流石に魔力で分かるはずだろ」


「――!」


少し離れた位置から足音が聞こえ、二人は目配せをし、一旦身を隠し、戦闘態勢に入った。


「たく、暴れすぎだよ」


魔物かと思い、見た方向には特殊部隊のような格好をした男が、ぶつくさと文句を言いながらこちらに向かって走ってきた。


「避難できてない人いたらどうすんだよ、あの脳筋女!」


「俺らのせいで死人なんか出たら、言い訳できねぇぞ!」


勁亮と莉愛は、足音の正体が人間だったこともあり、姿を現した。外見的にも、この状況について何か知っていることがあるかもしれない、少しでも情報が欲しい二人は彼に接触を試みた。


「……え……おいおい……ホントに人いんじゃん!」


「大丈夫ですか?ここは危険なんですぐ避難しましょう」


「俺のアビリティですぐ移動できるので、安心してください」


勁亮はその人物の言葉に対してすぐには反応せず、眉をひそめた。彼の言う「アビリティ」が何なのか、今の状況がどうなっているのか、その全てがまだ霧の中に包まれている。

自由に魔法が使えない世界とはいえ、自分にできることはまだある。


その人物は勁亮の様子に気づかないふりをしながらも、2人を早く避難させなければと焦り始めていた。この状況で妙な反応する2人ではあるが、余計な詮索をされる前に行動に移す方が賢明だと考えた。


二人の間に一瞬の沈黙が流れたが、その中で次の行動が求められていた。


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