鬼彰 勁亮3話 光差す沈黙の中の冷たい手

「あんた魔力尽きてるでしょー!ここ地球なんだから計算して使いなさいよ、バカだなー」


渋谷莉愛(しぶや りあ)の明るい声が響き、勁亮はその声いつもと変わらない笑顔に驚きと安堵を覚えた。彼女は光輝や勁亮と共に異世界ムアルヘオラに転移し、幾度も共に戦った戦友だ。勁亮にとっては幼馴染であり、彼女の明朗快活な性格には何度も助けられてきた。


「おまっ莉愛!なんでここに!?」


「え、言ってなかった?近くのカフェでバイトしてんの」


「お前はホント…」


彼女の登場によって、戦闘の緊張感が一気に和らぎ、勁亮は思わず笑みを浮かべた。今まで張り詰めていた緊張の糸が切れ、彼は力が抜けたように地面に座り込み、背中越しに彼女を見た。


「なんか悪口言われた気がする!」


「言ってねーよ!助かったよ、マジで危なかった」


勁亮は冗談交じりに答えたが、心の中では本当に命拾いしたと感じていた。目の前には未だ巨躯のオーガキングが動きを封じられているが、莉愛が現れたことで、状況は完全に変わった。


「ふふん、こっちででっかい怪物が暴れてるって聞いてすっ飛んできたんだよー。感謝しなさい!」


莉愛は鼻高々にそう言い放ち、勁亮はその余裕たっぷりの態度に少し呆れながらも、目の前の状況を再び冷静に見つめた。


「莉愛、コイツ一撃で倒せるだけ魔力残ってるのか?」


「ちゃんと節約して来たし、軽くだけど回復もしたから、まだある程度残ってるよ!」


「回……」


勁亮は「回復」という言葉に引っかかり、問いただそうとしたが、莉愛がそれを遮るように勢いよく叫んだ。


「いっくよー!!」


「バァァァストォォ!」


「ちょっまて!」


莉愛の掛け声と共に、魔力で作られた鎖が激しく発光し始めた。勁亮は巻き添えを食らわないよう、慌ててその場を離れ、駆け出した。


「エンド!!」


その瞬間、鎖が大きな音を立てて爆発し、辺りに砂埃が舞い上がった。勁亮が振り返ると、そこにはオーガキングの姿はなく、幻想的に輝く光球がいくつも浮かんでいた。


「あぶねーな!俺が離れてからやれ!」


「勁亮なら避けられるでしょー」


「それより!早く早く!!あれに近づいて!!」


莉愛が光球を指差し、勁亮を急がせた。


「えっ?これ?なんだこれ?」


勁亮は言われるがまま光球に近づき、その光が自分の身体に吸い込まれていくのを感じた。瞬間、魔力が回復していく感覚が全身に広がった。


「お、おぉ!?どういうことだこれ!?」


「私もよくわかんないんだけど、魔物倒すと魔力が出てくるっぽいんだよねー。多分、強い奴ほど回復できるんじゃないかなー」


勁亮は莉愛の話を聞き、彼女が言っていた「回復してきた」の意味がここでようやく理解できた。


「お前、ここに来る間、魔物を倒しながら来たのか」


「そそ、最初はゴブリンが出てきてね、騒ぎってほどじゃないけどザワザワしててさ。でもあんま目立ちたくないし、ゴブリンくらいならSAUが来て倒してくれるかなーって様子見てたんだけど」


「あぁもちろん、人が襲われそうだったらすぐ出てくつもりだったよ?」


「それでね、あのデッカイ蜘蛛のモンスター……なんだっけ、名前忘れた」


「アルケニーか?」


「そうそう!アルケニー!アイツが出てきたから、流石にヤバいと思って速攻倒したのよ。うぅ思い出すだけでも気持ち悪い」


「それにみんなもう逃げてたし」


莉愛は肩をすくめて話を続けた。


「そしたらあの光る球が出てきて、魔力回復したから、それで気づいたの」


「向こうじゃ魔力切れなんて気にしてなかったから、全然気づかなかったよ」


勁亮は莉愛の話を聞き終え、彼女が知っている情報がこれだけであることを理解した。そして、自分が世話になった店主の元に戻る決意を固めた。


「そうか、つまりお前もよくわかってないんだな」


「そりゃそうでしょ、意味わかんないもん」


「てか、どこ行くの?」


「ん、俺がお世話になってた人のとこ、やっと静かになったからな」


勁亮の少し寂しげな笑顔に、莉愛は疑問を抱きつつも、彼の言葉に従って歩き出した。


「?」 「へー、ちゃんと内面見てくれる人がいたんだー」


「うるせー、ちゃんと敬語使えよ。俺の恩師だ」


店の中に入ると、目をつぶり静かに横たわる中年男性の姿が目に入った。腹の傷は深く、もう手遅れなのは明らかだった。


「あ……」


「オヤジ、やっと静かになりましたよ。まだ午後の仕込みは終わってないですけど、こんな状況なんで今日は店じまいにしましょう」


勁亮は、オヤジの冷たい手をそっと握りしめた。生きていた時と変わらない、硬くて大きなその手。しかし、もう温もりは感じられなかった。


「まだまだ教わることたくさんあるんだけどなぁ……」


自分を責める気持ちが再び胸を締め付けるが、同時にオヤジとの思い出が一つ一つ浮かび上がってきた。『ありがとう』と言いたかった――でも、もうその声は届かない。それでも、彼は静かに、オヤジの顔を見つめながら呟いた。


「今まで……ありがとうございました……」


勁亮は静かに微笑みながら、涙を浮かべた

その顔を見た莉愛はそっと店の外に出た。

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