第2話 海賊令嬢と婚約
ゴンザーガ侯爵に言われて庭に来たのはいいけど……。何を話せばいいのだろう。
ここで一つの失態に気づく。アイリス嬢の手を握ったままだった! 手汗でダラダラの手で握ってしまうなんて!!
「す、す、すみません。ゴンザーガ侯爵令嬢! 不躾に手を握ってしまって……」
必死に謝る。アイリス嬢の柔らかい手をずっと握っていたい気持ちだったけど、それはアイリス嬢に我慢を強いることになる。こんなボクの手なんて……。そのうち婚約の話はなかったことになるだろうけど、この人に悪い思い出として残りたくはなかった。多分、手遅れだけど少しはマシにしたかった。
「アイリス」
「え?」
アイリス嬢の反応に驚いたボクは少し顔を上げて彼女の目をみる。彼女の方が頭一つ分くらい背が高いので、彼女と目を合わせようとすると見上げる形になる。
琥珀色の眼にボクの姿が映る。澄んだ眼に不安げな表情の自分の顔が見える。それを見て少し気持ちを立て直す。この人の前でこんな顔していてはダメだと思ったからだ。表情を見ると不機嫌そうに見えた。仕方ないと思いながら彼女の言葉を待つ。
「アイリスと呼んで。私と貴方は婚約するのだから」
アイリス嬢の言葉を聞いてボクは目を丸くする。婚約の話はなかったことになると思ったからだ。
「ア、アイリス様は、こ、この話が嫌ではないのですか? 相手はボクですよ?」
ボクは疑問を口にする。彼女なら慌ててボクと婚約しなくてもいいように思えたからだ。きっとそう遠くない未来、ボクなんかじゃ比べものにならないくらい魅力的な人が彼女の隣に立つだろう。ボクはその光景を見ていられるだろうか?
「この話は父であるゴンザーガ侯爵が
凛とした様子で話すアイリス様が少しだけ不安そうに表情を歪める。
そうだった。アイリス様はもうとっくに婚約者がいてもいいのに、この歳まで婚約できずにいる。それがこの人を傷つけないはずがなかったんだ……。
この人とボク。傷つくならボクがいい。この人がボクのために傷つくなんてことはあってはならないと前世の記憶が言っている。この人がボクから離れたくなるその日まで、この人のそばに居たいと思った。きっとものすごく傷つくだろうけど、その対価はもうすでにもらっているような気がした。
だからボクはアイリス様の前で跪いて右手を差し出す。
「私、イアン・ネヴェルスはアイリス・ゴンザーガ侯爵令嬢に結婚を申し込みます。貴女のそばで貴女のために生きることを許して頂けないでしょうか?」
--そして、貴女のために死ぬことを。
最後の言葉は胸にしまう。重すぎる言葉のような気がしたからだ。最後の言葉も含めて今言ったのは愛されなかった前世でもし愛してくれる人がいたのなら、言いたかった言葉だ。そして実行したかったことだ。でも、だからこそ愛されなかったような気がする。人を愛したいのなら、相手から差し出されるのを待つのではなく、自分から差し出さなければならないことを前世の自分は分かっていなかったことに、たった今気づいた。
ボクの言葉を聞いたアイリス様はボクの右手を取り言葉を返す。
「私、アイリス・ゴンザーガはイアン・ネヴェルスの申し出を受けましょう。貴方の願いを受けるに値する者であり続けることをもって、その証と致します」
こうして、ボクとアイリス様との婚約が結ばれることになったのだった……。
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