君とうたた寝
そばあきな
君とうたた寝
フラッシュをたかれたような夕日の光が目に入り、机に広げていたノートから顔を上げる。
気が付いたら、太陽も随分と傾いていたようだった。
教室の時計に視線を移すと、最後に時間を見てから早十数分が経過している。
一度、彼の様子を見てみようと、俺は音を立てないように自分の席から立ち上がり、教室にいるもう一人の座る席へと足を進めていった。
どうやら、窓際の彼の席はカーテンで遮っていたおかげで夕日の光は当たっていなかったらしい。
ゆっくりと肩が上下するクラスメイトの彼の寝顔は、起きている時よりもわずかに穏やかに見えた。
「五分だけ寝かせてくれ」と言って机に突っ伏した彼を起こさないようにと、明日の予習をし始めたのだが、時計を見るに約束の五分はとっくに過ぎてしまっていたようだ。
俺と彼しかいない放課後の教室は、この十数分の間に別のクラスメイトが入って来ることはおろか、誰かが廊下を通る気配すら感じなかった。
俺と彼だけがこの世界に取り残されてしまったようにも思える今の状況は、いつか見た悪夢の一つを思い出しそうで、ほんの少しの憂鬱と、置いていかれてしまったような寂しさを感じた。
「一人にしないでよ」
小さく呟き、存在を確かめるために眠る彼の左手にそっと指を絡ませる。
しばらくそうしていると、持て余していた寂しさは少しずつ薄れていった気がした。
「……何してんだ?」
いつの間に起きていたのだろう。
どこか気だるげな彼の瞳は開かれており、前髪の間からまっすぐ俺を見つめていた。
「どうしたの?」と尋ねると、彼が自身の左手を見ながら口を開いた。
「それはこっちの台詞だ。なんだこの手は」
「恋人つなぎだけど?」
「これが何かを聞いてんじゃねえよ。理由を聞いてんだ」
「………………なんとなく?」
俺が思うあざとさ全開の表情で首をかしげてみせると、目の前の彼が心底嫌そうに顔をしかめた。
「凄い顔してるよ」
「誰のせいだと思ってるんだ。僕相手に寂しさを紛らわせようとしてくるなよ」
なんで言ってないのに分かるんだ、と思う。
しかも、酷く嫌そうな顔をしているのにも関わらず、俺の手を離さないでいてくれている。
そういうところが本当に嫌だなと、張り付けていた穏やかな笑みを崩す。
そんな俺から視線を外した彼は、窓の外に言葉を吐き捨てるようにして口を開いた。
「よかったな僕が相手で。僕じゃなかったら、その台詞は勘違いされていたぞ」
その、どこかズレた彼の言葉に、思わず笑みがこぼれてしまう。
視線の合わない彼の瞳に焦点を合わせ、俺は呟いた。
「君が相手じゃなかったら言わないよ」
その言葉は本心だったのだけれど、目の前の彼にはあまり伝わらなかったようだった。
俺の姿を認識しているのかいないのか、特に表情を変えないまま彼は口を開く。
「凄いな。何喋っても口説き文句になるなんて」
――本当、絶妙にズレていて面白いなと思う。
まあ、別に伝わらなくてもいいしなと、俺も窓の外を見ながら、この後彼をどう寄り道に誘おうかについて考え始めていた。
君とうたた寝 そばあきな @sobaakina
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます