第3話:2人の独り言
リアカーを引いて森に入っていったマドカは、森に入ってすぐのところで立ち止まっていた。
「ふぅーふぅー。やっぱりリアカー持ってるとしんど~い」
急いで暢気なノドカの元に向かい、ゲンコツをお見舞いして叱る。
「いくら安全だからといって、お前だけで森に入るな!」
ノドカはゲンコツを食らった場所をさすりながら
「は~い……」
としぶしぶといった感じで返事する。
それから俺たちは帰りの道を急ぐが、予想通り道中で森は暗闇に包まれた。
この暗闇の中、リアカーを引きながら進むのは危険すぎるので野営するしかない。
「ノドカ、今日は野営だ。準備しろ」
そう言ってテントと焚火を設置する。
後のことはノドカに任せ、俺は焚火の燃料を拾いながら魔物感知用の罠を仕掛けていく。
ノドカはリアカーに積んでいた食料を使って料理しようとするが、包丁を持ってきていない。
そのためノドカは買ったばかりの太刀を包丁代わりに料理をしているだが、ぶつぶつと何かを呟いている。
「初めての獲物が、よくわかんない食料肉とかひどいよぉ」
……聞かなかったことにしよう。
夕飯を食べ終わると、明朝に出立するために今日は寝る。
「俺が見張り番をするから、お前はテントで寝ろ」
「え?カイルさんはいつ寝るんですか?」
「1日くらい寝なくても問題ない。それに俺が寝ていたら魔物を追い払えない」
「それはダメですよ!武器も買ったし、私だって魔物くらい追い払えますって!」
「武器を触ったことすらない奴が何を言っているんだ。ダメに決まっているだろ」
「じゃあ魔物を見かけたらカイルさんを起こすのは?」
「ダメだ」
「むぅ!それじゃあ……」
「何を言われてもダメだ!お前は黙って寝てろ!!」
言い訳ばかりするノドカに、つい俺は苛立って怒鳴ってしまった。
「っ!怒鳴ることないじゃないですかっ!わかりました、寝ますよ!私は役立たずですからねっ!!」
俺に釣られたのか、ノドカも怒りながらテントに入っていった。
ノドカがテントに入った後、俺は焚火近くにあった木に座って一息つく。
大人げなく怒鳴ったことを少し後悔している。
だがそれ以上に、ノドカを危険な森に放置するのが恐かった。
もし俺の反応が遅れたら?
もし起きたらノドカがいなかったら?
不安を隠すように焚火を眺めていると、テントの中から声をかけられる。
「カイルさん。そろそろあなたのことを教えてくださいよ」
いつもなら黙って寝ろと言ってすぐに会話を打ち切るが、今日はつい返事をしてしまう。
「……どうしてだ?」
「……多分今回もなにか意味があって怒ったんでしょう?それくらい私でも分かりますよ」
「意味なんかない」
「それは嘘ですね。カイルさんは私の安全になると、真剣に怒ってくれるんですよね。昔何かあったからじゃないですか?」
普段は明るく抜けている彼女の言葉とは思えないほど、図星なことを言われて俺は黙るしかない。
「言いたくないのは分かります。でもこのまま仲が悪くなるのは嫌なんです」
このまま彼女と分かり合えないままでいいのか、自分を貫いて黙るのが正しいのか、色んな考えが俺の頭を横切っていく。
「……もし言いたくなったら……」
「これは俺の独り言だが」
諦めかけたノドカの言葉を遮るように、俺は言葉を重ねる。
「俺はとある貴族に仕える騎士爵の息子だった」
今まで誰にも話したことのない自分のことを、ポツリポツリと紡いでいく。
「だがとある戦争で父親が戦死した。その後すぐに故郷も戦場になったからよその土地に逃げたんだ」
今の時代、どこでもある話だった。
「逃げた場所では生活が苦しくてな。1年も経たず母親も流行り病で失った」
手ごろな枝を、焚火に投げ入れる。
「戦場へ向かう父親をもっと必死に止めていたら。もっと早く母親の病気に気づいていたら。そんなことをばかり考えていたら、いつのまにか身近な人がいなくなることが恐くなっちまったんだよ」
自嘲的に笑いながら、焚火の中で今まさに燃え尽きようとする枝を見つめる。
「こういう性格だと自分で分かってからは、身近な人を作らないように生きてきた。それなら二度と失う恐怖を感じないからな」
俺はボンヤリと、ソロで活動するために大剣を使い始めたことを思い出す。
「そんな時にお前と出会ったんだよ。後はお前も知っての通り。これで俺の独り言は終わりだ」
話し終わった後、俺は暗にノドカを身近な人だと認めたも同然だと気付き恥ずかしくなってくる。
それを誤魔化すように、俺は枝の束を焚火に投げいれた。
枝が燃える音が長く続いた後、ノドカが話始めた。
「それじゃあ今度は、私が独り言を言いますね」
いつもより鼻にかかった声で、ノドカが話を始める。
「実を言うと私、異世界人なんです」
……俺も噂話程度で、異世界からやってきた人のことを聞いたことがある。
だから知識が変に偏っていたり、黒髪黒目という珍しい容姿だったのかと納得する。
「私はその世界でごく平凡に勉強していただけの人間で、父親は見たことありません」
どこか寂しそうな声で、ノドカは話し続ける。
「あぁ父親は亡くなったのではなく、私が産まれた時には母親と別れていただけです」
俺も似たような経験はあるが、最初からいない辛さは残念ながら分からない。
「忙しい母親を楽にしようと、色んなバイト……。お店を手伝ってお金を稼いだり、家の手伝いをしていましたね」
今の拠点は綺麗に磨き上げられているが、俺が1人の時はめちゃくちゃ汚かった。
それはノドカが全ての家事を受け持ってくれているからだ。
「その日もお店のお手伝いのために、外へ出ると事故にあったんです」
自分が死ぬ時の記憶を思い出したのか、ノドカは再び鼻にかかった声になっていく。
そこからは、今まで溜め込んでいた不安や心配が爆発したかのように話し始めた。
「〇〇ちゃんと△△ちゃんは元気でいるのかな」
「お母さんは悲しんでいないかな」
「バイト先の人は困っていないかな」
「元の世界に帰れるのかな」
途中から嗚咽交じりになり、最後には大声で泣き始めた。
俺はただ黙ってノドカの話を聞くしかできない。
甘い慰めや無責任な言葉は、ノドカの毒にしかならないから。
泣いては話してを繰り返していたノドカは、いつしか安らかな寝息を立て始めた。
出会ってから今まで、ノドカは明るく元気な姿しか見せてこなかった。
だが、その影で不安や心配は大きく膨らみ続けていたのだろう。
今日の独り言で、少しでもその不安や心配が安らいだらいいなと感じつつ俺は見張りを続けていく。
せめて今日くらいは、その心配や不安がない眠りにつけるように。
話を聞きながら枝を入れていた焚火は、大きな人なって俺を照らし続けている。
そして夜が明けた。
いつも通り明るく振舞うノドカと共に、帰りの道を進み続ける。
野営していた地点が予想以上に進んでいたのか、昼くらいには拠点に戻ってこられた。
「ノドカ、今からならダンジョンの浅い階層に行けるがどうする?」
「ダンジョンですか?しかも今から?」
「1日でも早く強くなるに越したことはないからな」
「んん~やめときます!今日は剣の感覚を掴みたいですし、素振りもしてみたいです。それにリアカーに積んだ荷物の整理もしたいんですよね~」
「そうか。それじゃあ俺は仮眠をとる。素振りをするなら家の中でしろ」
俺はそう言って布団にもぐり込むと、疲れからかすぐに意識を手放した。
意識を手放す直前、ノドカが何か言っていた気がする。
「もう寝ちゃった?……素振りを家でしろって、本当、カイルさんは私を甘やかすんだから。そういうあなただから安心して付いていってること気づいてるのかな?」
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